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『影の支配者』の後継者

一方、その頃のチェリーでも一騒動起きていた。


「ヴァイオレット様!お待ちください!」

「嫌ですわ!」


陛下にとっては初孫であるヴァイオレット王女。彼女がチェリッシュ領の保養地に残ると言って聞かず、結局護衛の騎士を王家から1人、チェリッシュ公爵家から3人、側付きメイドが2人付ける事で許可が下りた。

それは良かったのだが、何しろ我侭なお姫様のため大変なのだ。公務もあるため国王夫妻と王子夫妻は王都に戻っている。クリフも公爵の公務を代行しているから忙しい。王族はヴァイオレット王女だけなわけで……


「殿下!転んでしまわれますよ!」

「大丈夫ですわ!ハリー!早く!」


姫は残るがエドウィンは遺跡の視察に向かうため数日いない。姫自身は『待っておりますわ!』と言っていたが、本人の目的はエドウィンではなかった。『年齢が同じ』という理由でハリーが遊び相手に選ばれる。それを分っていて、ヴァイオレットは保養地に残っていた。エドウィンそっちのけでハリーにほの字になっているお姫様だから。


「殿下!そちらはいけません!強い魔獣が出没します!」

「強い魔獣と言ったって、討伐できる程度でしょう?大したことはありませんわ!」

「なりませんぞ、姫」


メレディスが姫を抱えて森から離れた場所まで連れていく。


「何をしますの!」

「ここの森は王都の森とは訳が違いますぞ。主のシャドーがいなければ我々とて危険です。ご容赦ください」


ヴァイオレットは不満そうだが、メレディスの真摯な言葉に溜息をつく。


「まあいいわ。じゃあ、広場なら良いでしょう?」

「はい、街の中なら問題は御座らん。広場の周辺には美味しいスイーツのお店も多くございますからな」

「まあ!スイーツ!行きたいわ!」

「賜りました。ハリー殿もよろしいか?」

「はい。ありがとうございます」


何とか機嫌をとってくれた事に感謝をするハリー。女心なんてものはよく分からない。メレディスの手腕に王城の護衛騎士も感心していた。今後の参考にするだろう、絶対。

一行は広場に向かう。周辺にいくつかある喫茶店のうちの一軒に入る。ここはシャーロットもお気に入りの喫茶店で、よくお持ち帰りもしている。


「ん〜!美味しいですわ!」

「良かったです」

「ここのスイーツは一口サイズですから、たくさんの種類が食べられますわね!」

「はい。一口サイズのサンドイッチもありますから、少し遅めの朝ごはんにも良いんですよ」

「まあ!素敵ですわ!」


すっかり機嫌がよくなったヴァイオレット王女。今回注文したアフタヌーンティーセットはシャーロットが発案したもので、三段のお皿に上から二段がケーキ、一番下の段にサンドイッチを乗せたもの。それにコーヒーか紅茶、ジュースをセットにしたものだ。ヴァイオレット王女は果物のジュースを、ハリーは紅茶を頼んでいた。地味にこの世界には『アフタヌーンティーセット』というものがなかった。シャーロットが言い出して初めてこの喫茶店で始まったのだ。今では王都の喫茶店でも定番のものとなっている。

後ろでガシャン!と音がした。振り返ると若い冒険者数人が店員に絡んでいた。


「おいおい、ねーちゃん!服が濡れちまったじゃねーか!」

「も、申し訳ありません……!」


店員さんは慌てて零れたコーヒーを片付けている。ハリー達が入店した時にはいたが、大きな身体で足を組んで通路を塞いでいたので『危ないなぁ』とは思っていた。音がして直ぐに振り返って食器が割れているのと店員さんが床に座り込んでいたところから推察するに、あの客の足に引っかかって転んだという所か。


「どうしてくれるんだよ?弁償しろよ!」

「あ……」

「火傷してたらどうすんだよ!?」

「治療費ももらわないとダメだなぁ!」


店員は恐怖で声が出なくなっている。ただでさえ冒険者は威圧感がある。これでは余計に怖がらせてしまう。護衛騎士も警戒しているし、これは衛兵を呼んだ方が良いか……


「止めておあげなさい!」

「ちょっ!」


ハリーは慌てた。確かに迷惑な客だとは思った。普段ならメレディスがいるなら止めに入った。だが今は王女がいる。変なトラブルを起こしたくないから護衛騎士に衛兵を呼ばせようと思っていた。まさか王女殿下が突っ込むなんて思ってない。


「は?何だ、このガキ!」

「誰だって間違いくらい起こしますわ!それに、貴方達は冒険者でしょう!魔獣の血をしこたま浴びてるでしょう?コーヒーくらいなら問題ないでしょう!貴方達の汗臭さより良い香りですわ!火傷?そんなもの、仕事で負う怪我と比べたらコーヒーを溢されて出来る火傷なんて怪我のうちにも入りませんでしょう!?それを怪我とおっしゃって騒ぎ立てるなら冒険者なんてお辞めなさい!」


……いや、正しいんだけどな?正論を純然たる子供からぶっ放された奴らの顔は真っ赤だ。


「んだとテメェ!」

「ぶっ殺されてーのか!?」


冒険者が逆ギレしてヴァイオレットに襲い掛かった。するとメレディスが間に入って拳を止めた。ハリーも一応、王女殿下を庇いに出る。護衛騎士も殿下の側に来た。


「客人に手を出すのは止めていただこう」

「あ?何だテメーは!」

「公爵家騎士団だ」


公爵家の騎士がここにいるなど思っていなかったのだろう。冒険者は目を丸くしている。


「な、何で公爵家の騎士がこんな所にいるんだよ!?」

「ここは公爵のお気に入りの店。公爵のお客様をご案内するのは当たり前である」

「チッ!おい!行くぞ!


冒険者達がそそくさと退散しようとすると、喫茶店のドアが開いた。


「そうは行きませんね」

「エド!」

「エドウィン様!」


エドウィンが入ってきた。側には護衛騎士のレックスもいる。片手には大きな花束が抱えられている。


「先ほど戻りましたら、こちらに来ていると伺って参りました。ヴァイオレット王女、ただいま戻りました」


そう言ってエドウィンは最敬礼をして花束を差し出す。整った顔立ちのエドウィンがやると本当に格好良い。ヴァイオレットは頬を染めている。姫であるためこういう贈り物はしょっちゅう受け取っているが、これ程までに特別な渡され方はなかったのだろう。


「あ、ありがとう、ございますわ……!」

「王女に合う花を選んでいたら時間がかかってしまいました。そのせいでお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」

「いえ!王女として当然の事をしたまでですわ!」

「ありがたき幸せ。あとの事は私にお任せください。……このチェリッシュ公爵が長男エドウィンに」


ニヤッと笑うエドウィンが怖かった。小さな頃から一緒に遊んでいた幼馴染み。怒ったところなんて見た事もなかった。『薔薇の舞姫』と同時に『影の支配者』と言う異名も持つ公爵の息子とは思えないほど穏やかな性格に『これが次の公爵でいいのか?』とも思っていた。しかしエドウィンのもう一つの顔にハリーは『やっぱり、あの公爵の息子だわ……』と思っていた。

エドウィンがパチンッと指を鳴らすと、影から触手が伸びてきて冒険者達を拘束する。


「よりにもよってヴァイオレット王女殿下を襲おうとするなんて、君達も運が悪いねぇ」

「お、王女殿下!?」

「知らなかったんだよ!王女様だなんて!」

「相手が誰であろうと、冒険者にとって拳は武器そのもの。それを素人に振るおうとするなんてあってはいけない事だよ。しかも相手はまだ子供だ。一番やっちゃいけない事だよ。それに……」


エドウィンは床に座り込んでいる店員に視線をやる。


「母様お気に入りの店の店員さんに、母様の領地の民に怖い思いをさせて……これは “ お仕置き ” だね?」


ニィッと笑ったエドウィンは足で床をドンドンッと蹴った。触手は冒険者達を影に引きずり込んだ。


「地下牢にお願い。王女殿下を襲ったんだ。『国家反逆罪』だし、流石に犯罪奴隷では済まないからね。ま、殺さなければ何しても良いよ」


そう言うエドウィンの声は普段の穏やかな様子とは違う。虫さえ殺さなそうな線の細い容姿からは想像も付かない冷徹な声色と態度だ。


「レックス。王都への輸送手配をして。今回は王都で裁かれるだろうし」

「かしこまりました」


レックスは頭を下げて喫茶店を出ていく。少しするとふぅと息を吐いて笑顔を見せたエドウィン。王女殿下を振り返る。


「エドウィン様……」

「今の魔法、皆には秘密にしておいてくださいね?」

「っ!は、はいですわ……!」


王女殿下に少しだけ顔を近づけて、唇に指を当ててウィンクをするエドウィン。ヴァイオレットは顔を真っ赤にしてうなづく。


「……女ったらし……」

「うん?なんか言った?ハリー」

「いえ、何でもありまセン……」


笑顔怖ぇ〜……ぜってぇに怒らせない様にしよう。


「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」

「は、はい!ありがとうございます!」

「良かった。彼らは母様が厳正な処分をしますのでご安心ください」

「はい!」


まだ子供のエドウィンだが、まるで大人の様な振る舞いで対応するものだから、まだ若い店員は顔を赤くしている。ヴァイオレットは少し拗ねていた。あちゃぁ……


「さて、ヴァイオレット様」

「はい」

「お手を煩わせてしまったお詫びです。私がとっておきの場所にご案内しましょう」

「とっておきの場所、ですか?」

「はい。ヴァイオレット様も気に入ってくださると良いのですが」


エドウィンはそう言って手を差し出す。ヴァイオレットは不思議そうにしながらも、そっと手を取る。エドウィンのエスコートで馬車に乗り込んだ。

向かうのは領主館。その裏にある庭だ。手入れの行き届いた薔薇が咲き乱れ、その真ん中に白いガゼボがある。


「まぁ!素敵ですわ!」

「気に入っていただけましたか?」

「ええ!もちろんですわ!城の庭にも薔薇は咲いていますけど、こんなに多くはうわっていませんわ!」

「良かった。ここは昔から母が手をかけてきたのだそうです。将来、ヴァイオレット様もこの薔薇を手入れする事になりますね」

「将来……」


ヴァイオレットは頬を染める。それを見てエドウィンはふっと微笑んでヴァイオレットの手を取ると、手の甲に軽くキスをする。


「今回は良かったですが、今後はあの様な危険な真似はしないでくださいね?お怪我をされては大変です」

「そうですわね……ハリー様も騎士もいるので大丈夫かと思って……」

「それでもです。第一、僕の婚約者をあんなならず者の視界に入れた事自体、気分が悪いのですからね。ヴィーに何かあったらと思うと……」


愛称で呼ばれドキッとするヴァイオレット。それと同時に怖いオーラがエドウィンから漏れ出している。これをヴァイオレットは知っている。怒った時に母上が出すオーラと同じだ。いや、それよりも重たい。


「わ、分かりましたわ!分かりましたから落ち着いてくださいまし!」

「おっと。失礼いたしました」


オーラはすぐに消えた。ヴァイオレットはほっとした。


「どんな事があっても貴女の事は僕が守ります。ですが、どうかご無理はなさらないでくださいね?」

「!は、はい、ですわ……」


薔薇より真っ赤になっているヴァイオレット。その様子を見ているハリーは側にいるメレディスにこっそりと耳打ちする。


「エドってこんなでしたっけ?」

「うむ。私も初めて知った。よくもまあ、ここまで歯の浮く様なセリフを次々と……」

「まぁ、機嫌が直って良かったんじゃない?」

「うわ!びっくりした!」


突然の予期せぬ声にハリーは飛び上がった。振り返ると、そこにはシャーロットがいた。


「お疲れ様、メレディス。報告を受けたわ。臨時報酬を出すわね」

「ありがとうございます」

「ハリーもありがとう。お爺様に報告はしておくわ」

「はい」


公爵に褒められて嬉しそうなハリー。シャーロットに気が付いたエドウィンが笑顔で駆け寄ってくる。


「母様!」

「はいはい。さっきのカッコいいエドは何処に行ったのかしらね?」

「え〜?なんの事ですか?」

「もう、とぼけちゃって」


恥ずかしいのかとぼけるエドウィンにシャーロットは苦笑いをする。そしてヴァイオレットの側に歩み寄り敬礼をする。


「我が領地での不始末、申し訳ありませんでした」

「いいえ、公爵が悪いわけではありませんわ。ああ言う愚か者は一定数いますもの。お察ししますわ」

「ありがたき幸せ」

「父上や陛下には私からも報告いたしますわ。無茶をしてしまった私も悪いですが、知らなかったとはいえ王女を襲うなんてあってはいけませんもの。国家反逆罪になってしまいますわ」

「はい。お願いいたします」


こうして王女は王家の屋敷に戻った。報告を受けたバークマン侯爵はハリーの頭を撫でた。


「侯爵として、お前の冷静な判断は誇りに思うぞ」

「ありがとうございます、お爺様」


少し複雑な顔をしたハリーは頭を下げる。バークマン侯爵は首を傾げる。


「どうした?ハリー」

「いえ……エドはやはり『影の支配者』の子息なのだな、と……」

「……エド、貴方何したの?」

「え?シャドーにならず者を地下牢に連れて行ってもらっただけですよ?」

「色々察したわ……アラーナ。殺したら駄目よ?どうせ死刑になるけど、こっちで殺したら見せしめにならないわ。……あ、そう」


エドウィンのキョトンとした受け答えに察したシャーロットは影にいるアラーナに話をし、そしてため息を吐いた。


「殺さない様には言いましたよ?」

「『殺さなければ何しても良いよ』って言ったんでしょ?」

「どうせ死刑ですし、何を証言したところで情状酌量の余地はありませんよね?」

「確かにないけど……」

「ならば煩いだけですし、口が聞けない程度にしておいた方がいいと思いまして」

「……貴方をそんな怖い子に育てた覚えはないわよ……」


私の様にはなって欲しくないと思って穏やかに、愛情深く育ててきたつもりなのだが、何処で間違えたのか…転生者である時点で色々積んではいるか。


「ははは!母によく似ているではないか!」

「バークマン侯爵……」

「まあ、この母をみて育てばそうなるよな……」

「クリフまで……」


落ち込むシャーロットの頭を撫でるエドウィン。色々ともう遅い様だ。


予約投稿です。誤字脱字がありましたら連絡お願いします

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