エドウィンの領地視察
新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
ドライヴァーに到着した俺達はドライヴァー公爵の出迎えを受けた。シャーロット母様とドライヴァー公爵は遺跡へ。俺とバークマン侯爵は街の散策に乗り出した。
ドライヴァーの街は職人街。そして鉱山もあるからか筋骨隆々な炭坑夫が暮らしている。チェリーは大衆食堂や洗練された飲食店、屋台もお洒落なものが売られていたりする。食材も王都と遜色ないレパートリーを誇っている。ドライヴァーはどちらかと言うと肉とスタミナ重視の食堂が多い。出て来たものを全力で掻き込む様にして食らう感じだ。何と言うか屋台も野性味溢れる感じと言うか、『漢の街』という印象だ。
街の中も、チェリーは冒険者の街と言っても色々と視野も広がり始めたハイランクの冒険者が多い。家族も持っていて、『危険な場所に突っ込み、明日生きているとは限らない命知らず』と言うより『大切な者を守るために戦い、必ず生きて帰る』と言う考えで仕事をする者が多い。それ故にあまり世間一般的に言われている粗暴な冒険者は少ない印象だ。ドライヴァーは義理と人情、男気溢れる人が多い印象。チェリーと比べると酒場も多い。夜になると喧嘩による事件も多いらしい。アングラ感はあるが、それでも領主が優秀なせいか、刑を受ける事件は意外なほど少ないらしい。
「やはり職人さんが多いですね」
「うむ。見事な技術だ。どの店も素晴らしい職人だ。それに……」
バークマン侯爵は辺りを見回す。
「街そのものも本当に綺麗になった」
「そうなんですか?」
帝国時代のこの街は話でしか知らないからなー。
「帝国は昔、街に城壁を作らせなかったと話したことがあるだろう?」
「はい。帝国への反乱の意思がないことを示す為に作らせなかったと聞いています」
「この近辺は強力な魔獣が多いからな。この街も魔獣に踏み荒らされる事が多かったのだ」
「城壁がなければ、当然そうなりますよね」
魔獣は入り放題だし、突然入ってきたら逃げ遅れた人は犠牲になるだろうし、考えたくもない光景が広がっていたのだろうという事が簡単に想像がつく。
「帝国が滅び王国になってから、この街はチェリッシュ領になった。チェリッシュ公爵はすぐに城壁を作り安全地帯を作ったのだ。そして荒れた大地を舗装し、建物も建て直し、こうして立派な街を再建したのだ」
「どのくらいの時間がかかったんですか?」
「エドがまだ生まれてまもない頃からだからな。5年はかかっているか。チェリーの街もまだ出来上がっていなかったからなぁ」
そういえばアグネスに部屋からチェリーの街を見せてもらっていた時だって建築ラッシュだったもんなー。あの裏でここの開発もしていたのか。凄いな、母様。転生者とはいえ、人に恵まれなければ出来ることではない。
「控えめに言ってもチェリッシュ公爵は才女だ。あの父親の子とは思えぬ程にな」
「僕の実の父ですね?」
「うむ。まあ、外面の良さに私も騙されてしまっていたがな」
バークマン侯爵は苦笑いをしている。チラッと聞いている話では、父は母様が『公爵を継げない女だ』と言う理由で放置していたと聞く。外面だけはよかったのもあり、陛下さえ騙し、領地運営も虚偽の報告をしていたらしい。そしてそのおかげで妾にも困らず、アラーナを始め、俺達の兄弟は結構いた様だ。男は俺だけだけどな!そんな子達も今はチェリーで学び、商会などに派遣されている。
ふと足元のシャドーがざわめいているのに気がつく。周囲を警戒させていたので、何かあったのかもしれない。すると正面からボロを纏った少女が走ってきた。
「た、助けて下さい!」
少女は俺の足元にひれ伏して言う。突然過ぎて驚いたが、その様子からただ事ではない事だけは伝わった。
「どうした?」
「お、追われています!奴隷商に!」
すると一人の男が歩み寄ってきた。
「これはこれは、うちの商品が申し訳ございません」
「貴方が奴隷商人ですね?」
「はい。これはうちの商品です。お買い上げでないのであれば、お返しください」
そう言って奴隷商人が手を伸ばした。すると影からシャドーが伸びてきて手を払った。
「なっ!」
「悪いけど、この子を渡す訳にはいかないよ」
俺は奴隷商人を見て言う。
「帝国の時代は知らないけど、王国ではこの子は違法奴隷だ」
「な、なぜどう思われるのですか!?」
「この子はどう言った理由で奴隷になっているのですか?」
「借金奴隷だ!王国でも借金奴隷は違法ではない!」
「この子が借金をしたのか?」
「親の借金に決まっているだろう!」
「だろうな。この年齢で借金をしているとは思えない。王国では『親の借金の肩代わりを子供にさせてはいけない』という決まりがある。つまり、この子が親の借金で奴隷になったなら、それはすなわち『違法奴隷』だ」
王国は奴隷の扱いに関しては厳しく取り締まっている。親が借金をしてしまった時に、その子供が返済のために借金奴隷にされる事が昔は多かったらしい。そこで当時の国王が法改正に踏み切ったのだそうだ。ちなみに配偶者も除外される。『借金奴隷は借金をした本人に限る』のだ。勉強しておいてよかった。読み書き算術の他に、セバスチャンからこの国の歴史とか領地の話とか教えてもらっていた。母様は使用人どころか父親さえ側にいなかったから、誰からも教えて貰えず独学でやっていた。だからなのか、何か気になることがあったら何でも教えてくれる。多少過保護感もあるが、実際ありがたいのも事実だ。
奴隷商人はぐぬぬっとなった。そして気持ち悪い笑みを浮かべる。
「仕方がねぇ……賢いのも考えもんだぜ、坊主。お前も奴隷になれ!」
次の瞬間、シャドーが影から触手を伸ばし奴隷商人を拘束した。
「なっ!離せ!」
「相手が悪かったね、おじさん」
「な、何者だ!お前は!」
「この魔法を目の当たりにして察せない人に名乗りたくはないかな。大人しく、僕の側付きの玩具になってくれよ」
「お、玩具だと!?」
「アラーナ。殺さない様にね。母様とドライヴァー公爵に報告しないとダメだし、こういう奴はちゃんと処刑しないと同じ犯罪が横行しちゃうからね」
俺がそう言うと、奴隷商人は影の中に引きずり込まれて行った。
「……ふぅ。さて、君はとりあえず教会に行こうか」
「教会から売られた……」
「それは帝国時代の教会だな?」
バークマン侯爵が声をかける。少女はコクッと頷いた。
「だったらもう大丈夫だ。今は王国になっているし、王国の聖職者が来ているからな。そもそも、チェリッシュ領では犯罪奴隷以外の奴隷は禁止になっている。借金があるなら仕事を斡旋してやればいいだけだからな」
現在のチェリッシュ領は犯罪奴隷以外は全て違法。借金がある者は、返済が終わるまではチェリッシュ領で仕事を斡旋する。返済が終われば同じ職場で通常契約に変更して仕事をする事も出来る。基本的に奴隷制度そのものがあまり好きではないシャーロット母様がチェリッシュ領で作ったシステムだ。王都でも運用される予定らしい。『また仕事を増やしましたね……』とセバスチャンにため息を吐かれていた。
「ところでバークマン侯爵。どうして手を出して下さらなかったのですか?」
「いや、手伝いも要らなかっただろう?」
「そういう問題ではないのですが……」
「ははは!まあ、危険と判断したら手を出すつもりではいたぞ?」
いや、そうだけどそうじゃない!まあ、良いか。無事だったし。
とりあえず教会に向かおうとしていた所で走ってくる足音が聞こえた。
「エドウィン様!」
「あ、ドライヴァー公爵」
タイミング良いなー、と思ったけど、よく考えたらシャドーで母様に『共有』されるんだっけ。忘れてた。
「申し訳ありません。お仕事の途中でしたよね」
「いいえ、ちょうど一段落着いた所でした」
「なら良かった!実は公爵のお仕事を増やしてしまう事件が起きてしまいまして……」
シャドーが奴隷商人を影から出す。奴隷商人は暴れている。まあ、しっかりシャドーで拘束しているし口も塞いでいるから問題ないけど。
「違法な借金奴隷を商品として所有していました。僕の側付きに調べさせていますが、どうやら相当量の奴隷を所有している様です」
「そうですか……。私の管理不足ですね」
「まだシステムが広がっていないのもあるでしょう。『借金奴隷だ』と言えば誤魔化せると思っていた様ですし」
「まあ、定着するのに時間はかかるでしょうね」
「母様!」
シャーロット母様が来た。抱きつきに行くと、ギュッとして頭を撫でてくれた。
「よくやったわ、エド。大手柄よ」
「ありがとうございます!」
「アラーナから報告も来ているわ。ちゃんとシャドーを使いこなしている様ね」
「はい!すごく便利です!」
『当たり前の様に闇魔法を行使する魔法使いがこの街にいたら、それはチェリッシュ家の関係者だ』と言われる程有名になっている。奴隷商人は目を丸くしている。この光景を見て初めて気がついたのだろう。俺がチェリッシュ公爵の息子だって。まあ、実は弟だけどな!
「さて、私の領地で随分と楽しそうな事をしてくれているみたいじゃない?」
シャーロット母様はニコッと笑って言う。怖ぇ〜……。殺気が溢れてる溢れてる!彼は今更になって最も踏んではいけない地雷を綺麗に踏んでしまったのだと気が付いただろう。もう遅いけど。
「子供を商品にしちゃう様な不埒な輩に、『イチモツ』なんて嗜好品はいらないわよねー」
シャドーは奴隷商人にM字開脚させる。こんなに見て嬉しくないM字開脚ってあるんだな……。ってか、『イチモツ』って嗜好品だったんだー。シラナカッター。
いつの間にか母様の手にはバットが握られていた。イボが付いている、いわゆる鬼が持っている様な金棒だ。
「さぁて、どのくらい叩くか。『借金奴隷は違法』っていうのはチェリッシュ領だけなのよねー。でも、違法奴隷は裁かれてるわよね。……エド、違法奴隷の刑ってどのくらいだったか覚えてる?」
「はい。最低でも鞭打ち100回、最高で去勢の上で極刑です」
「正解。よく勉強してるわね」
嬉しいけど、嬉しくねー……。いや、勉強で褒められるのは嬉しいよ?けど内容が……
「という事で、間を取って『イチモツを100叩き』で行こうか!」
いやー、確かに公開処刑しないと減らないだろうからそれには賛成なんだけどさ、これは荒まじいなぁ……領民もドン引きしてるよ。まあ、これでこの系統の犯罪は減るだろうけどさ。奴隷商人はもがいている。叩かれる度に声にならない声を上げている。ありゃ痛てーわ……
「あ、貴女、やる?貴女にはこれをやる権利はあるわよ?」
俺の腕の中で怯えて震えていた少女に母様は言う。確かに叩く権利はあるな。俺だったらお言葉に甘えてやらせてもらうかも。
「……痛そうだから……やらない……」
「……可愛い……!」
うあぁ!何だよ!その可愛い答え!確かにそうだけど!そうなんだけどさ!君を奴隷にして私腹を肥やしてた奴だよ!?天使か!?天使だな!?
「ふふふ。エド、心の声漏れてるわよ?」
「あ」
しまった!思わず!少女は顔を真っ赤にしている。何だよ!更に可愛いよ!コンチクショウ!
「やれやれ……まあ良いわ。じゃあ、代わりに私がやっとくわ。こういうのは犯罪抑止力があるからね」
母様はそう言って、また金棒を振り下ろす。
周囲に集まった領民は次第に煽り始めた。帝国時代に有名だった奴隷商人らしく、見た目の良い少女を拐かして売っていたらしい。違法奴隷じゃねーか!借金奴隷でもなく、誘拐じゃねーか!一瞬同情して損した!
「……とりあえず、教会に行きましょうか。彼女にこの光景は刺激が強すぎるみたいですし」
「そうですね。……行こうか」
「うん」
こんな純粋な子にこの刑を最後まで見せるのは酷だ。俺はドライヴァー公爵の案内で教会に向かった。道中はシャドードールを出して少女の相手をさせる。闇魔法は怖がられると言われていたがシャドーに怯えた様子は見せなかったから出してみたら、少し笑顔を見せてドールと遊んでいる。楽しそうで良かった。
「子供を一人保護して欲しい」
「まあ!可愛らしい子ですね!」
聖女は未だに俺にしがみついている少女を見て言う。
「この人は王都の教会から派遣された聖女様だよ。大丈夫。金を積まれて奴隷商人に売るような聖職者じゃないから」
「もちろんですよ!お任せ下さい!」
少女は少しの間聖女を見ると、納得したのかコクッと頷いて聖女に抱きついた。
「まあ!甘えっ子ね!大丈夫よ。今日からここは貴女の家よ」
「……はい……」
これで大丈夫だろう。少しすると母様が来た。アラーナも出てきている。
「鉱山奴隷として奴隷商に引き渡しました。回復魔法はかけたから元通りだけど、もうイチモツは役に立たなくなっただろうね」
そりゃそうだ。タマヒュンなんてもんじゃねーもんな……
「私もやりたかったなー!」
「貴女は間違って殺しそうだから駄目よ」
「むぅ……」
アラーナは楽しくなって加減を誤りそうだもんな。
「聖女様。その子、お願いしますね。どうやらエドのお気に入りみたいですから」
「か、母様!」
流石に幼女とそんな事にはならないって!あ、俺、今5歳か。年齢は同じくらいか。いや、でも婚約者いるし!
「あらあら。かしこまりました」
「かしこまらなくて良いです!他の子と同じ様にお願いします!じゃないと目立っちゃって逆に可哀想ですし!」
「まあ!ご子息はお優しい方なのですね!」
逆 効 果 !
生暖かい視線が俺に降り注ぐ。困って母様を見ると、母様はクククッと笑っていた。謀ったな!くそぉ!
「もう!母様!揶揄わないでください!」
帰りの馬車で俺は母様に文句を言う。
「良いじゃない。可愛い子よ?」
「そういう問題ではなく!」
「それにあの子、多分元は帝国貴族の子女だと思うよ?」
「え、そうなんですか?」
「帝国が崩壊して王国になった後、5年の間に破産した貴族が数件いてね。何処の子女かしらね」
「どうして分かったんですか?」
「エドに迷いなく助けを求めたでしょ?」
母様いわく、あの状況でバークマン侯爵ではなく俺に助けを求めたのは、俺がバークマン侯爵の息子ではないと分かっていたからだろう、と。彼女は恐らく闇魔法に適正のある子。俺が闇魔法を行使できる者だと気がついて『当たり前の様に闇魔法を行使する魔法使いがこの街にいたら、それはチェリッシュ家の関係者だ』という事から、俺をチェリッシュ家の子息だと当たりを付けたのだろう。
「今では吟遊詩人の歌に貴方も出ているらしいし、私に養子がいるのは知られている。なら、状況的に貴方がその子息だろうと思ったんじゃない?そんな事をちゃんと理解できるなら相当な教養を与えられたんだと思うし、平民ではないわよね。転生者でもなさそうだったし」
「そうか。貴族の子女ならメイドの仕事も斡旋できるし、メイドのお勉強をしてうちとか城で雇われても良い」
「貴方が気に入ってるなら、側付きを増やしても良いしね」
「母様!」
確かに可愛いけど!でも出来たら妾はいなくて奥さんだけにしたい!
「女性はともかく、男性貴族は妾の人数がステータスになってるわよ?陛下も妾はいるし」
「もしかしてそこに子供も……」
「勿論いるわ。大体、お父様だってそうじゃない。だから貴方もいるんだし」
「そっかー……異世界って感じするなぁ……」
「女性の公爵って初めてだから前例はないけど、チラチラと話は来ているくらいよ?」
「マジで!?」
「私はクリフだけで十分よ。それに産むのは私だけなんだから、変な話だけど効率は悪いわよね」
「効率」
「誰の子を先に孕むかなんてやってたら誰の子だか分からなくなっちゃうし」
「身も蓋もねぇ!」
確かにそうなんだけどな!そうなんだけど!
「一妻多夫が流行らない理由が分かるわよねー」
「そうっすね……」
何か色々疲れた……
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