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クリフ視点

「クリフ、これ代官から来た資料。目を通しておいて。王家の保養地の話だから」

「分かった」


バークマン侯爵の次男、クリフ・フォン・バークマン。シャーロット・フォン・チェリッシュ公爵の婚約者だ。

同い年の公爵は今日も執務に忙しい。引きこもり気質で極力屋敷からは出ない様にしているが、出ないからといって仕事がない訳ではない。こうして執務机には山になった書類があり、一つ一つ目を通してハンコを押して行く。机の上では闇魔法の【シャドードール】が小さい身体で走り回っている。側では家令のセバスチャンが書類を整理している。僕の執務と比べると地獄の様に多い書類だ。それを1人で処理している彼女は、平均的な10歳とはかけ離れているのだろう。


「保養地の屋敷が完成したのか」

「これでようやく陛下をお呼びできるわ。視察すら受け入れられなかったもの」

「領主館にっていうのも手だけど、2度目だからね」

「流石に不敬になってしまうわ。来月くらいに陛下の視察を受け入れようと思うわ。準備をお願いして良い?」

「分かった。必要な物をリストアップしてマイクに頼んでおくよ」

「頼むわ。……ふぅ」


シャーロットは体を伸ばしてため息を吐く。疲れているのか顔色もあまり良くない。


「お館様、少しお休みになっては如何ですか?朝食後からお昼を挟んだとはいえ、働きすぎですよ」


セバスチャンは言う。確かに領地運営は大分軌道に乗っているとはいえ開発中だ。報告書も大量に送られてくるし、時間を見つけては養子にしたエドウィンの様子を見に行っている。隙間時間さえ自分のために使っていない今のシャルに休息などない状態なのだ。


「昨夜もあまり眠れなかったのでしょう?領地開拓も大切ですが、領主であるお館様も大切です」

「そうね……」

「今日は早めに切り上げて領地内を散策したらどうかな?僕も一緒に行くよ」

「それは妙案でございます。ご一緒にお茶でもしてきては如何ですか?」

「……じゃあ、そうしようかな。着替えてくるわ」


シャーロットはそう言って執務室を出た。

20分後には外に出る支度が出来ていた。普通のご令嬢なら1時間は平気で掛かるものだが、ドレスもアクセサリーもこだわる程なく、ほぼ決まった物しかない。メイド長のアグネスももう少し仕立てようと提案するが、そこにお金を使うなら開発に使うと言う彼女に困り顔だ。確かに現在のチェリッシュ領は絶賛開拓ラッシュ。金はいくらあっても良いという状況だ。とはいえ彼女の采配のおかげで資金は潤沢にある。すこしくらいドレスを仕立てるのに使っても問題ないはずなのだが……


開拓が進むチェリッシュ領中枢都市、通称『シャリー』。中心にある広場では出店が並び、多くのお客さんで賑わっている。その周囲にはたくさんの店も並び、カフェもいくつかある。王都で有名なカフェもあるが、シャルは出店のスイーツを選ぶ。


「カフェでなくて良いのかい?」

「カフェは正式な視察の時にするでしょ?出店はこういうお忍びの方がいいかなと思って。まあ、カフェだって不定期にお忍び視察は入れてるけどさ」


こういう時も仕事の事しか頭にない辺りはシャルらしいが、今は休憩中だという事を忘れていないか?『休憩』の意味を知らないのかと本気で思ってしまう。


「まあ、領主様!」

「こんにちは。2つ頂戴」

「かしこまりました!」


なんの前触れもなく領主様がお忍びで来たとあって周囲は驚き軽い騒ぎになっている。


「みんな、そんなに畏まらなくて良いわよ。私も今はプライベートだし」

「ありがとうございます。こちらをどうぞ」

「ありがとう。何か困っている事はない?」

「いえいえ!こんなに素晴らしい待遇を設けてくださっている領地で安全に商いを出来ているのですから!困る事なんて起きませんよ!」

「どんなに待遇を良くしても、冒険者を多く受け入れるとトラブルも起きやすいもの。何かあったら衛兵が対応するだろうけど、我慢しないで言ってちょうだいね」

「ありがとうございます!」


確かに冒険者が多い街は荒れている事が多い。血の気の多い者が多いからだろう。そういう問題を無視している領主もいるが、シャルは自分も冒険者だからかそういう問題を放置しないと公言している。まだ半年しか経っていないのもあるが、それでも冒険者の起こす事件は少ない。ひとえに領主であるシャルのおかげだろう。


「領主様!」


屋台のスイーツを食べていると、衛兵が走ってきた。


「どうしたの?」

「はっ!先程、バークマン領への道中でセレスト嬢がもぐりの冒険者数人に襲われたと一報が入りました」

「……へぇ」

「シャル。ここは広場だ。殺気を抑えないと領民が倒れてしまうぞ」


僕の言葉で思わず溢れ出したシャルの殺気が引っ込んだ。幸いにも経験豊富な冒険者の多い街だからか倒れる領民はいなかった。中々ない殺気の重さに驚いてはいる様だが。


「セレストは無事?」

「は、はい!ご無事だと報告を受けております!指一本触れられる事なく、宿に常駐している警備隊に捕縛されたとの事です!もうすぐ件の冒険者が到着します!」

「そう。じゃあ、到着したら教えて。私が尋問するわ」


ニコッと微笑むシャルの笑顔が怖かった。

詰所に冒険者が到着したと聞いたシャルと僕は詰所にある地下牢に向かった。そこには3人の冒険者が入れられていた。


「こいつらがセレスト嬢を襲った冒険者達です」


衛兵に言われる。冒険者達は僕達を見て完全に舐めた態度になった。


「ガキが何の用だ!」

「さっさとここから出せ!」

「そうだそうだ!俺達はただ生意気なガキを教育してやろうとしただけだ!」

「……どうやらアンタ達の『教育』をしないといけない様ね」


そう言ってシャルは広場で出したのとは比にならない殺気を放った。冒険者達は一瞬にして泡を吹き白目を剥いて失神した。


「尋問しなくても供述してくれたわね。ここでしばらく収監して、奴隷商に売って鉱山奴隷にしてもらいましょう」

「奴隷商には連絡しておく」

「お願いね、クリフ。公爵お抱えの冒険者を襲ったのだもの。本当は処刑でも良いんだけど、今チェリッシュ領は鉱山も人員不足だからね。有益な鉱山奴隷にしておきましょう」


『人は宝よ』と言ってシャルは踵でコンコンと床を踏む。


「殺さず、精神的な崩壊をギリギリ回避する程度にお願い。精神的に追い詰めすぎて鉱山奴隷として使い物にならなくなったら困るからね」


すると、冒険者達はズズッと影の中に引き込まれて行った。いや、確かに僕も『人は宝』と言う意見には賛成だ。民がいなければ領地は運営できない。領地運営が上手くいかなければ国は崩壊する。だが今回の場合の『人は宝』は少し意味が違った気がする。


「……まあ、気分転換になったなら良いのですがね」

「あはは……」


セバスチャンには報告しなくても闇魔法で情報は共有されている。殺気を放つと多少はすっきりもするのだろう。屋敷に戻ったシャルの顔色は少し良くなっていた。

数日後、冒険者ギルドから除名された元冒険者達は僕が手配した奴隷商によって鉱山に送られた。その時の彼らは憔悴していて、影を見るだけで怯えていた。これ、鉱山で採掘作業出来るか?無理な気がするが、健康上は問題もないので平均的な金額で買い取られて行った。その収益は領地の開拓資金になるので、領地としても役に立つのであった。


予約投稿です。誤字脱字がありましたら連絡お願いします

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