帝国崩壊
帝国領帝都の一角にあるドライヴァー公爵邸では、葬式でも行われている様に暗い。執務室には正装をした男性と、泣き腫らした目に普段着のドレスを着た女性。そして執事がいた。
「レックスが王国の捕虜にされるなんて……」
「奥様。どうか気を確かに……」
彼女はドライヴァー公爵の妻だ。可愛い息子を死地に送り、そして王国の捕虜として奪われてしまった。その悲しみはいかばかりかと執事も気遣っている。
「帝国の騎士であり続けるよりはマシだろうが、相手は噂のチェリッシュ公爵。その護衛騎士になっていると聞く。建前上はそうかもしれないが、本音は強力な監視下に置かれているという事だろう。現在のチェリッシュ公爵は闇魔法使いだと聞くからな」
一人息子を王国の捕虜として取られてしまい、ドライヴァー公爵は失意の中にいた。すると、後ろの窓がコンコンと叩かれた。振り返ると黄金の鳥が窓を叩いていた。
「何だ?」
よく考えれば無用心な話だが、この時の公爵は自棄になっていた。これで死んでも構わないという状態だ。不審な黄金の鳥を窓を開けて引き入れる。鳥は公爵の執務机に降り手紙を一枚落とすと、また窓から飛び去って行った。
「今のは……」
幻覚でも見ていたのか、という様な様子で言う夫人。公爵は手紙の封蝋を確認して目を丸くする。そして急いで手紙を開けて読み始める。
しばらく無言の時間だけが過ぎていく。そして……
「……これは最後のチャンスかもしれないな。チェリッシュ公爵。貴女の慈悲に感謝する」
ポツリと公爵が呟くと、手紙は黒いもやに変わり公爵の手に纏わり付くと右の中指に指輪となって現れた。
「これは……!」
「……私は出てくる」
公爵はそう言い残し、屋敷を出発した。その目には迷いはなく、強い意志と決意を宿していた。
「お伝えします!帝国で反乱が起きました!城にいた帝国騎士は全員死亡、皇帝は一家と共に帝国貴族によって捕縛されました!」
「早いわね。どのくらいの反乱になったの?」
「帝都にいる帝国民の殆どが参加。帝国貴族の約7割が反乱軍に入り、反乱軍を率いたのはドライヴァー公爵です。反乱軍に入っていない貴族も皇帝を庇う者はいなかったそうです」
「ただ皇帝を見限っただけなのか、もしくは保身に走ったのか……」
「前者である事を祈りたいですね。後の処遇が面倒ですから」
「反乱軍の貴族は王国で待遇するとして、反乱軍に入っていない貴族達の本音が知りたい所じゃのぉ」
陛下はチラッとシャーロットを見る。デスヨネー。
「……全員一か所に集めて尋問したら良いのでは?そこに王国貴族全員集めておけば私が目立つ事もありませんし」
「頼りにしておるぞ、公爵」
陛下の悪戯っぽい笑顔にシャーロットは苦笑いをする。私の闇魔法を嘘発見器か何かと思っているんじゃない?まあ、物騒な尋問をしないで済むから良いけど。
そんなシャーロットを見てバークマン侯爵はクスッと笑う。
「すっかり引き篭もりは治った様ですな」
「本当は引き篭もっていたいんですけどね……」
「引き篭もりたくても引き篭もれない状態じゃからな」
最近は大半を領地で過ごせるだけ良いと思っておくことにしている。前世を考えると引き篭れなくても楽しいし。
領地には馬車で戻る。レックスがいるから転移ゴーレムは使えない。クリフ達を領地に連れていくのに使った馬車を使って移動する。流石にレックスだけだと体裁が悪いという貴族の都合でメイドを一人帯同した。
彼女の名前はアラーナ。歳はシャーロットと同い年の10歳。シャーロットにとっては母違いの妹になる。そう、シャーロットには妹がいたのだ。あの父の性格からして男の子が生まれない状態で放置していたわけがない。そう思ったシャーロットが色々調べた結果、どうやら外に何人かの子供がいたようだ。殆どが妹。そして数日前にようやく弟が生まれた。父にとっては待望の男の子だった。彼を産んだ妾さんと話し合った結果、エドウィンと名付けられてシャーロットの養子として迎え入れる事にした。婚約者であるクリフにも相談したが、『良くある事ですよ』と言ってすんなり受け入れてくれた。年齢的にも弟である事は明白だが、せっかく男の子が生まれたというのもあり、これも運命と受け入れる事にした。女の子達は希望者は全員チェリッシュ領で受け入れて教会の学舎で勉強をさせてカーディナル商会などで働く事になっている。当然かもしれないが、全員希望した。何しろ学費や当面の生活費はシャーロットが工面するのだから。住む場所も領主館の脇にある寮を使わせる事になっている。かなりの好待遇に疑う人もいたが、父とは違うのだ。そんな極悪非道なことはしない。
「お姉様、お茶が入りました」
「ありがとう、アラーナ」
アラーナは今はシャーロットのメイドをしているが、もう少し大きくなったらゴーレムの制作などを手伝わせようと思っている。
彼女は少々、いや大分と性格が問題で、平たく言えば『罪人の苦痛で上げる声にならない叫び声を聞きたい』と言って憚らないのだ。本当は父上の事も拷問してその苦痛に泣き叫ぶ声を聞きたかったらしい。見た目は虫も殺さない様な顔をしているから余計に恐ろしい。
実は元帝国騎士に装着させた魔導具を作ったのはシャーロットではない。アラーナだ。拷問の道具として本当は死なない程度に首を絞める魔導具を作ろうとした過程で出来たらしい。その実用性を図らずも身を挺して実証した者がいた。後にその場にいた王国騎士はシャーロットは首が絞まって苦しむ帝国騎士を、ただ黙って無感情な瞳で見下ろしていたと言っていた。実際は『本当に絞まるんだ……』と思っていただけだが。
後に『何か拷問用に作った魔導具で出来てしまった物があったら報告する様に』とアラーナに言って聞かせておいた。アラーナは良いお返事をしていたが、一応シャーロットの言う事は聞く子なので信じる事にする。
「……うん。美味しいわ。入れ方、上手になったわね」
「ありがとうございます!」
最初は濃すぎたり薄すぎたりしていたが、アグネスが入れた紅茶を日常的に飲ませて味を覚えてもらった。その方がレシピだけを知るより上達すると思ったから。珍しい教え方ではあるらしいが、特に城仕えのメイドは貴族の子女であることから日頃から貴族の紅茶の味を知った上で入れているという事になる。教え方としては珍しくても、必要な情報である以上は惜しんではいけない所だと思う。
「それにしても、帝国はこれから大変ね」
「帝族は全員処刑されましたからね」
そう皇帝を始めとした帝族全員が、反乱軍の手によって公開処刑されたのだ。断頭台に一人づつ上げられて、国民の前で処刑された。まだ幼い子供だけはシャーロットを介した陛下からの命令で処刑は免れ、バークマン侯爵が引き取った。最年長は5歳で既に選民思想が植え付けられ始めていたが、今から教えていけばその思想はなくなるだろう。バークマン侯爵は教育に関しては厳しいらしい。幼い頃から厳しく躾られたクリフは『嫌でも選民思想はなくなると思いますよ』と言っていた。その一方で子供好きな侯爵の深い愛情はクリフ達にも伝わっており、精神が歪む事はまずないだろうとの事。バークマン侯爵、根は優しいからなぁ。
「王都を現在の帝都に移す計画でしたよね?」
「ええ。今の王都は第2王子のコンラッド様が引き継ぐみたいよ」
「帝国が王国領になれば広大な領地になりますからね。第2都市は必要でしょう」
「しかも今朝の非公式謁見の時にチェリッシュ領を2つ分増やされるみたいなのよね」
「良いことではないですか!」
「開拓が.......」
「あぁ、なるほど.......」
結局、領地は増やさざるを得なくなった。バークマン侯爵の助言で、領地をいくつかの街に分けて運営して行ってはどうだと言われた。そうするしかないな……。
「領地が確定したら視察に回らないと駄目ね。ゴーレムを使って上空からの偵察もするけど、やっぱり直接見ないと分からない事もあるし」
「各地に教会を作りますか?」
「全部には作らないけど、半分にはね。帝国の宗教はあってない様なものだったみたいだし、根付かせるには時間がかかるでしょうね。勉強に関しても商家だとしても学園には通えていなかったみたいだし、平民の識字率が低いのも問題よね。戸籍のシステムとかも見直さないと.......」
「これはしばらく引き籠もりは難しそうですね」
「引き篭もりどころか、安眠も妨害されてるのよ.......」
もうしばらく安眠とはいかないだろう。早く穏やかな日常を取り戻したい.......
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