国王訪問
オンディーナ王国の外れの方を治めている大貴族、チェリッシュ公爵が亡くなった。彼は王都で暮らしており、国王の国政補佐をやっていた。まだ若いがその手腕は素晴らしいの一言で、国に収める税金も滞納もなく貴族の間では人気が高かった。年に何回か夜会も開き、チェリッシュ公爵派の貴族がよく集まっていた。屋敷にある調度品は見事の一言で、使用人もしっかり教育されており、貴族達が見本にする程の家だった。それ故に早すぎる死を悼む者が多かった。
公爵の死後、国王は悩んでいた。件の公爵には息子がおらずたった1人の娘がいるのだが、その娘も体が弱くチェリッシュ領で療養しているという話だ。公爵を継ぐのは実質的にはその長女で、国王は悩んでいた。何しろ女公爵は前例がなく、ただの一度も顔を合わせた事がないご令嬢に国の最高貴族、公爵を継いでもらう事に反対する者が多いのだ。この場合、救済処置としてチェリッシュ公爵の派閥から丁度良い年頃の子息を選び婿養子にして公爵を継がせる。チェリッシュ公爵の派閥にはバークマン侯爵家がおり、そこの次男が確かご令嬢の少し上だったはずだ。あそこの家ならば安心して任せられる。体の弱いご令嬢だから養子を取る事も視野に入れた方が良いだろう。
兎にも角にも会ってみない事には始まらない。国王はお抱えの冒険者を同行させて行ってみる事にした。周囲は連れて来ればいいと言ったが、体が弱いという噂のご令嬢が移動に耐えうる子かも分からないため、自ら足を運ぶ事にしたのだ。確かご令嬢は第3王子と同い年の10歳のはずだ。国王にとっても娘の様な歳のご令嬢に興味がないとは言えない。産まれてすぐに母も亡くしている。使用人はいるだろうが、父を失いどれほど心細い思いをしているかと思うと気が気ではないのだ。
チェリッシュ領までは約1週間はかかる。国政は王太子になった第1王子に任せて問題はない。親馬鹿かもしれないが彼は優秀だ。一応は長子世襲だが、あまりにドラ息子だと世襲できない事もある。今の王太子は幼い時から『神童』と呼ばれていて、その上気遣いも出来る優しい子だ。第2王子も賢く、兄の国政を手伝うと言って日々市井をお忍びで歩き回り勉強している。第3王子は10歳になったばかりだが、とても優しく気立ても良い。いずれは爵位を与え国の直轄領を一つ任せようと思うが、この子なら大丈夫だろうと思わせる安心感がある。道中の領地での宿泊を経て護衛の冒険者達と共に公爵領を訪れる。
チェリッシュ領に近づくにつれて魔獣が多くなっていく。それもSランクの魔獣がうじゃうじゃと出てくる。確かにチェリッシュ領の周辺は強い魔獣が集まっていると噂だったし、それを求めて冒険者も集まっていると報告を受けていた。冒険者ギルドのギルドマスターからの報告とも相違はなく、ギルドと協力して討伐していると聞いていたからギルドに助成金も出して支援していた。
しかし領地までの道には休む間もなく大量の魔獣が現れる。討伐している冒険者の姿もなく。とても安全を確保しているとは思えない。それとも深淵で冒険者が討伐していて、それでもこうなのか?だとしたらこれは領主が領民を守るために王国に報告し救援を求めなければいけないレベルである。
「騎士もつれて来れば良かったか」
陛下は困った顔をする。お抱えの冒険者はSランクのダンジョンも攻略できるだけの実力を持つ者達だ。彼らと側付きの執事、そしてバークマン侯爵がいれば問題ないかと思ったが、思ったよりも魔獣が多い。怪我をする冒険者を見て陛下は目算を誤ったことを悔やんでいた。
「陛下。大丈夫ですよ。このくらいならいつもの事です」
護衛のために馬車に乗っていた魔導剣士のエイベルが言う。Sランクの冒険者パーティ “ 閃光 ” のリーダーだ。強いだけでなく思慮深く近接戦も心得ている。
彼に回復魔法をかけているのは、パーティで回復魔法を得意とする回復魔法使いのデクスター。戦闘において支援魔法も行使できるが、専門は回復魔法だ。
先程の戦闘で少々怪我をしたエイべルの手当てをする。深手ではないものの、疲労は蓄積する。回復魔法では疲労は回復しない。
「この辺は野宿には不向きです。出来れば領地内まで行きたいのですが……」
そう言うのは執事のチェスターだ。老齢の彼は陛下の幼い頃から仕える側付き護衛兼執事だ。元はバークマン侯爵家の分家次男なのだが、家は長男である兄が継ぐため、自分は年齢も丁度良いという事で陛下の元で働く執事になった。今では陛下が最も信頼を置く執事となっている。
「あと数時間で日が沈み始めます。何処まで行けるか……」
女剣士のキャシーは馬車を運転しながら言う。女性で初めて “ 剣聖 ” の称号を陛下から頂いた。
「無理はするな、エイベル。いざとなったらチェスターと私も前衛に出る。ここまでの連戦は久しいが、まだ腕は鈍っていないと思うからな」
バークマン侯爵は言う。彼は若い時に冒険者として登録しており、Aランクまでは行った男だ。チェスターも火と土の魔法を使え、その実力はAランクの冒険者と同等だ。剣も使えるため、前衛も出来る。エイベルの代わりを務める事は可能だ。強いて言えば、現役を引いて久しいのでそのブランクがどの程度かと言うのはあるが。
しかし確かにSランクの魔獣がしょっちゅう出て来る様な場所で野営は出来たら避けたい。このスピードだと領地までの距離を考えるともう一泊野営が必要かもしれない。これはバークマン侯爵とチェスターを出して討伐効率を上げるか……?
するとデクスターが外を見て黙る。【索敵】に反応があった。しかし魔獣ではない。
「何か反応がある。ちょうど正面だ」
「規模は?」
「5体だ。魔獣ではない」
「魔獣ではない魔力反応?」
キャシーは首を傾げる。程なくして金色の甲冑が目に入る。
「騎士です!」
「おお!迎えが来たか!」
陛下はほっとした。正直言ってありがたかった。5人の騎士が加わるだけで、戦闘での効率が違う。これは侯爵と執事を出して総力戦をしなくて済みそうだ。
「い、いえ、陛下!騎士ではありません!ゴーレムです!」
「ゴーレム!?」
公爵領から来たのか?それとも襲撃か?
エイベルとデクスターも馬車から降りる。ゴーレムは馬車の手前で立ち止まり整列する。そして真ん中にいるゴーレムが最敬礼をすると、他のゴーレム達がすぐに馬車を囲む。
「な!何を!?」
エイベルは戦闘態勢を取るが、ゴーレム達は何もして来ない。むしろ索敵魔法と回復魔法を行使しているのを感じる。エイベルの負った傷が回復していく。
「……どうやら護衛の様ね」
キャシーの一言で全員ほっと息を吐く。危険はないと判断し、ゴーレムの案内で一行は領地に向かった。ゴーレムの強さはとてつもなく、魔獣達を一瞬にして屠っている。しかも素材をしっかりと回収している。
「こんなゴーレム、見た事がありません」
「闘うゴーレムはあっても、素材まで回収するゴーレムは初めてじゃな。これは領地に着き次第、聞く必要がありそうじゃな」
これほどのゴーレムを製作できる鍛冶師を囲っていると言う話は聞いた事がない。一体誰が作っているのか。制御能力も凄まじい。これを制御しているのは誰なのか。これだけの制御力ならゴーレム使いのスキルはあるだろう。国王のお抱えにしていてもおかしくはない。是非とも会って話をしてみたいものだ。
領地は王都並に高く堅牢な城壁が聳え立っているが、詰所に衛兵はいなかった。閉ざされていた門が大きな音をたてて開いていく。中に入ると報告よりもかなり寂れている様に感じる。と言うか、建物も木々もなくだだっ広い荒野が広がっている。この地は客が来ることもなく、特産品もないという不毛の地ではある。それでも報告では魔獣が多く討伐されていて、領民も冒険者達がおり税収も平均的にあったはずだ。しかし、目の前に広がるのは人が住まなくなって長い年月が経過したと思しきボロボロの家。全く手入れがされていない道。雑草が生い茂る畑の跡。どう見ても報告とは異なる風景が広がっている。
「……こう言ってはなんですが、思っていたよりも寂れていますね」
「エイベル。気を使わなくて良い。これは寂れていると言う次元ではない。開発されていない領地だ。チェリッシュ公爵は一体何をしていたのだ……」
相手は公爵。最大限言葉を選んで言ったエイベルにバークマン侯爵は苦笑いをして言う。そして車窓から外を見て眉根を寄せる。夜会でよく聞いていた話とはかけ離れている。この様子では領地を任された上級貴族の義務を果たしていなかったのは明白だ。
「税金も例年通りだったはずだし、領民も減ってはいなかったはずなのじゃが……」
「1人も見かけませんね」
チェスターと陛下は話す。確かに不毛な領地であるため多少寂れている領地というのはある。しかしここまでの場所は初めてだ。
誰ともすれ違わないと言う異様な雰囲気の中、国王の馬車は領主館に到着した。ゴーレム達は門の前で整列している。彼らの仕事はここまでの様だ。
「……間違いないのか?」
「ええ、そのはずなんですが……」
「正直言って、異様ですね……」
キャシーが言う。領主館はとても綺麗だ。隅々まで手入れが行き届き、庭は薔薇の花で埋め尽くされている。しかし生活音もしなければ人の気配もしない。
「……先触れは出したよな?チェスター」
「うむ、ちゃんと出しておいたぞ?ゴーレムが迎えに来たんだし、届いてはいるだろう。普通は使用人達が出迎えをするはずなんだがな」
デクスターの問いに答えたチェスターは眉根を寄せる。国王が行く場合は先触れを出し、屋敷の使用人達が出迎えの準備を出来る様にするのが普通だ。今回も当然出していたのだが、使用人達の出迎えすらない。
すると門が勝手に開く。少し重たい金属の軋む音。本来は領主館に訪れると陛下を先頭にしているのだが、この状況ではエイベル達を先頭として警戒するのは当たり前の事と言えよう。
「……妨害魔法がかけられていますね。【サーチ】が通りません」
「まあ、そうであろうな」
エイベルの索敵魔法は国内随一だ。それが通らないと言うのは、中々の妨害魔法だ。
すると両脇の植木の影が伸び上がった。エイベル達が警戒態勢をとる。影は執事の姿になってペコッとお辞儀をする。周囲にはメイド姿の影もある。
「……シャドーゴーレム?」
「執事の代わりをしているの?」
キャシーは警戒しながら言う。執事は玄関まで行き扉を開く。エイベル達を先頭にドアを潜る。ホールにいたのはまだ幼い少女だった。まだ5〜6歳程だろうか。肩に小さな影の人形がちょこんと立っている。
「……其方がチェリッシュ公爵の長女、シャーロット嬢かな?」
「……シャーロット・フォン・チェリッシュ……歓迎……」
小さなか細い声で少女は自分が公爵令嬢のシャーロットであると言うことを認めた。とりあえず生きていた事に国王はほっとしている様だ。聞いていたよりも幼い様な気もする。言葉もたどたどしい。この魔法は彼女のものか?地面から伸びた触手が彼女を守る様に蠢いている。
「ありがとう。その闇魔法は其方のか?」
「……私……使う……全属性……錬金術……闇魔法……好き……」
「ほぉ、闇魔法と錬金術とは珍しいのぉ」
「……歓迎……」
シャーロットはシャドー執事と共に廊下を歩いていく。チラッと振り返ってシャドー執事について行く。ついてこいという事か。ついていくと、一階の食堂に案内された。ここも綺麗に整えられている。シャーロットはパンパンと手を叩く。すると、影から少し大きめの人型が動き出した。
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