領地にて
朝日が昇り、窓から日が差し込む。私は目を覚まし、ベッドから出た。すると足元の影から触手が伸びてきてシャーロットを着替えさせる。今日は気温も少し高く、春の訪れを感じる暖かさになっている。ドレスも春物に衣替えした。と言ってもやったのはシャドーゴーレム。『そろそろ衣替えだねー』なんて思っていると、その意思が伝わるのか洋服箪笥の中を替えてくれるのだ。お役立ちゴーレムだ。ありがたい。堕落しそうだけど。
少しすると部屋のドアがノックされ、セバスチャンが入ってくる。
「失礼致します。お館様、朝食の準備が整いました」
「ありがとう」
セバスチャンは『お嬢様』から『お館様』に呼び方を変えていた。私はどちらでも良いのだが、貴族社会ではそうもいかないらしい。
食堂に向かうと、一人で使うには大きすぎるテーブルの上には一人分の食器とカトラリーが並べられている。席に着くと、セバスチャンが後ろに並べられた食事を取り分ける。その間にアグネスが紅茶とジュースを注いでいる。ミルクたっぷりで甘めのロイヤルミルクティは私のお気に入りだ。白い皿には焼いたトマトとマッシュルーム、ベーコンにスクランブルエッグがよそわれている。
「いただきます」
そう言ってミルクティを一口。そしてナイフとフォークを持ってスクランブルエッグを一口食べる。少し甘めでバターの良い香りがする。思わず頬が緩む。焼いたトマトやマッシュルームもとても美味しい。ベーコンは趣味も兼ねて私が作ったものだから言うに及ばず。というか、そのうちにシャドーゴーレムも真似して作れるようになってしまった。シャドー達も各属性魔法を使えるから料理も出来る。
以前にエイベルから『お前のシャドーゴーレムは料理のスキルがあるのか?』と聞かれた事がある。答えは『否』。流石にシャドー達は持っていない。作ろうと思えば合金のゴーレム達には付けれるけど。シャドー達が料理上手なのは私が料理スキルを持っているからだ。シャドーは術者と一心同体故、術者が出来る事はシャドー達も出来るのだ。普通は出来ないらしいのだが、シャドーと意思疎通が出来る時点で色々とお察しなのだろう。『ゴーレム使い』のスキルを持っているので、それも影響しているのかもしれない。このスキルを持っている闇魔法使いは前例がないらしいから比較対象がいないのだ。
朝食を摂り終えれば、執務室で今日の仕事内容を聞く。今日は教会が完成したので、クラーク枢機卿を迎えての視察と完成式典。と言ってもクラーク枢機卿と数人の聖人・聖女、私とクリフ達だけだ。それが終われば冒険者ギルドとカーディナル商会とモニーク武具店の工事状況の視察。加えて何件かの宿屋と食事処の建築も視察する。
城壁は今まで歪な曲線を描くものだったが、開拓のしやすさを優先して四角に作り直した。その中を碁盤の目を意識して開拓する。案内もしやすいし分かりやすい。真ん中に大きな広場を建設し、そこを中心に十字に大通りを作る。それぞれの突き当たりに主要な施設を建設。門から真正面には領主館。領主館から見て左は冒険者ギルドと役所。右には教会と学舎。
その他は背中合わせに建物を建築し、2台の馬車がすれ違える程度の広さの通りを作る。その両脇には歩道を作り、2丁ごとに横断歩道を作る。大通りは歩道も馬車道も広く作り、馬車は2台づつ通れる様にする。全ての道には光魔法の【ライト】を付与した魔石を街灯として配置。裏路地にもしっかり設置する。それは犯罪を減らすため。薄暗く人の顔も認識出来ず人の目も届きづらい様な場所では犯罪も起きやすい。なので裏路地と言っても人が2人すれ違える程度に広く取ってある。そして街灯には装飾代わりに鳥の偵察ゴーレムを配置している。これは監視カメラの代わりだ。犯罪を未然に防ぐための抑止力として配置している。対外的には『魔獣が侵入してしまった時、領主にいち早く連絡するため』という事にしている。
またバークマン侯爵、バカラ男爵と話し合った結果、交易の為に公共事業で交易用の道を作る事にした。馬車を通すのに舗装された道が必要になる。またチェリッシュ領で使う街灯が好評で、それを道に設置する。また途中には宿屋をいくつか設置し、そこには元冒険者を配置して経営をしてもらう。そうする事で盗賊の被害を減らそうという計画だ。何しろ質の良い武具や素材を交易するのだ。盗賊達が集まってくるに決まっている。しかもチェリッシュ領でやろうとする者は腕に覚えのある盗賊になる。防衛は過剰な程が良い。という事で偵察ゴーレムも設置決定だ。
これだけの事業を人の手だけで行うと何年掛かるか分からない。というわけで大量のゴーレムを生み出す事になった。草案の段階からこうなるのは想定済みなため、コツコツと制作に励んではいた。しかしそれでも足りず、領地で朝から晩までずっと作り続けていた。ようやく必要量に達したと知った時は感動したものだ。話を聞いたバークマン侯爵とバカラ男爵から大量の魔石が届いた。お礼に貿易道路の街灯に使う魔石は負担させてもらうと。街の中は魔石の魔力が切れてもすぐに交換出来るから小さいもので良いが、交易道路はそう簡単にはいかない。当然多くの魔力を持つ大きな魔石を必要とする。それの調達は中々大変なのだ。それを分かっていて両家は調達してくれたのだ。ありがたや~ありあたや〜。
「しかし、領主様は凄いですね。ここまで画期的な開拓はそうありませんよ」
クラーク枢機卿とお茶をしながら和やかにお話をする。場所は教会の中庭だ。誰でも使って良いというオープンな中庭では、子供達が安心して走り回れる様に芝生を作り、バラも棘のないものを植えた。お母さん達がお茶しながら井戸端会議ができる様に聖騎士や聖女達が常駐している。紅茶と小さなお茶菓子だけなら一日一回は無料。それ以上になると銅貨1枚が必要になる。
「未来を担う子供達のため、領民のために働くのは領主の義務ですから」
「素晴らしいと思いますよ。冒険者を多く抱える領地はどうしても犯罪も多くなります。その対策も考え抜かれています。しかもそれを全て税金で行うと言うのですから……」
「その代わり、税金が少し高いですけどね」
「それでも王都とおなじ小金貨1枚です。ここの冒険者は実りも良いでしょうから、そのくらいならどうにでも出来ますよ」
小銅貨(1)
中銅貨(5)
大銅貨(10)
小銀貨(50)
中銀貨(100)
大銀貨(500)
小金貨(1000)
中金貨(5000)
大金貨(10000)
小白金貨(100,000)
中白金貨(1,000,000)
大白金貨(10,000,000)
これがこの世界の通貨だ。一般的に領地の税金は中銅貨〜大銅貨と言った所だ。王都になると小金貨程の税金になる。腕の立つ冒険者が集まれば、ハイランクの魔獣も討伐される。それを売れば一ヶ月で税金を収めても家族を養えるだけの生活費は稼げるだろう。魔獣討伐だけでなく、薬草や香辛料の採種依頼もあるし、格安で教会に併設された学舎で読み書き算術も学べる。そうすれば商会や宿屋などで働く事も出来る。戦う者も、そうでない者も、笑顔で暮らせる場所を作る。それが私の目標でもある。
「『銀行』というシステムも素晴らしいです。冒険者は羽振りもいいですが、使いすぎる者も多い。ギルドカードを応用すれば預けている残高も分かりやすいですね」
「しかも残高に応じて表示の色も変わります。大銅貨は緑、中銅貨が黄色、小銅貨で赤です。文字が読めなくても光った色で大体分かるので便利ですよね」
私は試しに作ってみたカードを出して魔力を注ぐ。色は無色。これは小金貨以上が入っているという事。ちなみに、銀行には大白金貨で何百枚も入っている。
「ここから税金を引き落とす事が出来る。遠出の任務を受ける事がある冒険者には良いシステムです」
「保証なども充実しています。『冒険者の街』と言いながらも宿屋や食事処は常に需要もありますし、教会の学舎で読み書き算術を学べば商会などの働き口も考えられるとなればこぞってチェリッシュ領に人が集まりますよ」
「民家も考えないとダメですね。一軒家だけではすぐに埋まってしまいますし、領地も無限ではありませんからね」
いっその事、公営住宅でも建てようかな?領主運営の住居で、安いけど3人家族が限度。そのくらいの広さならいけそうな気がする。三階建てくらいで計画しておこうかな。
するとクラーク枢機卿は少し笑っていた。
「何か?」
「いえ、最近は領地運営について考える事も多いのでしょう。よく考え込んでいる事がありますね」
「確かに多いですね。寝ても覚めても領地の事ばかりです」
「領民としてはこの上ない幸せですが、セバスチャンやクリフ殿は心配していましたよ。仕事人間だから過労で倒れないか、と」
荒野だった領地を開拓する事一ヶ月。土地の整備と教会の建設、ギルドや主要な商会と武具店を急ピッチで進め、少しでも早く冒険者を受け入れるために宿屋も食事処も建てている。最初は陛下の好意もありエイベル達がしばらく常駐する。そこから評判を聞きつけた冒険者達を受け入れていく事になる。休んでいる暇はなく、保管している素材は惜しげもなく売却。ギルドだけでは買い取りきれないので国にも買い取ってもらい資金調達をする。その間にゴーレムが足りなければ増産するためにダンジョンアタックして鉱石を採取する。もちろん領地運営が始まれば増えていく執務もこなし、開発の進捗も偵察ゴーレムを使って見る。バークマン侯爵やバカラ男爵との会議もあるし、城に参上しての貴族会議もあった。当然報告書が必要になるし、いくら代官が作るとはいえ一度は目を通しておく必要もあるし、報告するためには内容の把握も必要だ。
いくら時間があっても足りない私のここ1ヶ月は『あれ、引き籠もりスローライフは何処に行ったの?』という状態だった。
「もしかして、今日お茶に誘って下さったのは.......」
「はい。クリフ殿に頼まれました。倒れる前にお願いしますと」
確かに今倒れたら迷惑がかかってしまう。
「では、お言葉に甘えてゆっくりしましょうか」
「そうですよ。領主様はまだ10歳です。もう少し周囲を頼っても、誰も文句は言いませんよ」
この後セバスチャンに呼ばれるまでの間、ゆっくりとクラーク枢機卿とのティータイムを楽しんだのだった。
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