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セバスチャン視点

チェリッシュ公爵の屋敷に私が家令として雇われて約2ヶ月が経ちました。城での執事長を辞する時に国王陛下から労いの言葉を頂きました。もったいないお言葉を賜り、私としてはそれで十分でした。しかし、そこで陛下は私に公爵家での家令勤めを提案されました。結婚しておらず城に住み込んでいた私は、長年勤めた褒美として屋敷を下賜されてそこで余生を過ごす予定となっていました。そんな私にもたらされた提案に少々驚いたものの、特にお断りする理由もなかったので受け入れました。国王夫妻が公爵令嬢を気にかけていらっしゃるのは知っていましたからね。どうやら外面だけ良かった前公爵の嘘に騙されたとはいえ、ご令嬢に辛い思いをさせてしまったという負い目もあるのかもしれませんね。

ここでの勤めが決まったと知った時の城の使用人達から向けられた視線は『驚愕』と『哀れみ』『同情』でした。彼女の噂は聞いていました。どうやら闇魔法使いの様だと。使用人達の間では、だから公爵は領地に閉じ込められていたのだともっぱら噂になっていました。他にも『領地で勤めていた使用人は全員、ご令嬢の不興を買い殺された』『領民は飼育しているワイバーンの餌になった』など、真偽不明の話しが聞こえて来ていましたね。誰も知らない話ですが、表向きは私は風魔法と生活魔法、空間魔法が使えるとなっていますが、実はもう一つ闇魔法が使えます。多くの場合において『闇魔法使い』は偏見を持たれてしまいます。なので城に仕える時は闇魔法が使える事を隠してお仕えしました。陛下は薄々気が付かれていた様ですが、直接はお話しにはなりませんでした。私と陛下側付きのチェスターとは同期で実力は同じくらいです。彼が側付きに選ばれたのは実家の爵位が彼の方が上であるという事もあるでしょうが、おそらくですが私が闇魔法も使えると知っていたからではないでしょうか。側付きになるとスキルを開示する決まりがありますからね。私を公爵家に派遣なさったのにはそんな事情もあるのかもしれません。


私が王都の公爵の屋敷に行くと、そこには城勤めをしていた経験のあるメイド長もいました。私より先に城を辞していたのですが、陛下が呼び戻したのだそうです。恐らく、彼女も闇魔法使いだからでしょう。屋敷の中は可愛らしい白とピンクの薔薇の柄で統一されていました。お嬢様が魔法で屋敷を直したそうです。

屋敷に配属された当日、バークマン侯爵と共にご挨拶に伺いました。初めてお会いしたお嬢様は本当に可愛らしい少女でした。とても噂になっていた様な恐ろしいご令嬢とは思えません。あまり外出なさらないそうで、そのためか肌は色白。綺麗に手入れされた髪。緑色の瞳は年齢の割に大人びてる様に感じますね。そしてそのお歳とは不釣り合いな魔力量とその制御能力に驚きました。足元から出ている触手はシャドーゴーレムの触手でしょう。シャドーゴーレムは特殊なゴーレムで、その体を変幻自在に変えられます。また執務机の上ではシャドードールが走り回っています。机の上に積まれた書類をシャドーゴーレムと共に処理している様ですが、こんな事をするシャドードールなど見た事もありません。私にも無理です。私は闇魔法を使える事を隠していましたからね。練度の違いかもしれませんが、それにしてもこれは規格外です。

ご挨拶すると微笑んで挨拶を返してくださいました。少し微笑んでいましたが、人見知りでしょうか。少し緊張しているのが分かります。僻地に閉じ籠っていたご令嬢であれば当然でしょうね。大人しく椅子に座り執務を行えるだけの基礎学力があるだけ良いのでしょう。

お披露目会の準備のためにドレスのオーダーメイド店に向かう際、馬車にお乗せするのに手を差し出せば少し驚き、そしておずおずとその小さな手を任せて下さいました。こんな事すらしてもらえずに育っているのでしょう。陛下やバークマン侯爵にも『ご令嬢である自覚を持たせてやって欲しい』と仰せつかってはいますが、こういう所なのかもしれませんね。荷物も一声掛けなければご自分で運ぼうとなさいます。それが当たり前だったのでしょうが、社交の場ではそれをしてしまうと教養を疑われてしまいます。

店に到着すると、早速お披露目会用のドレスをお作りになりました。お屋敷でのパーティーなどもしていなかった為かドレスもお持ちではなかった様です。アグネスはその話しを聞いて、全力でドレス制作を手伝っていました。事のついでだと普段のお召し物やドレスも数着作る事になさった様です。ほとんどお店の方とアグネスが決めていましたが、お嬢様は苦笑いなさっていましたね。何処か嬉しそうにも見えましたから止めませんでした。

それが終わると、お部屋のベッドに直行なさいました。……ドレスのままで。メイド長が慌てて着替えをお手伝いしようとすると、影からシャドーゴーレムの触手が出て来ました。そしてお嬢様の体を持ち上げてお着替えをしていました。お嬢様はすでに夢の中の様ですね。外出される事も珍しいそうですので、たまの外出もお疲れになるのでしょう。私はその異様な光景にお部屋を辞する事を忘れて、呆然とその様子を見ていました。はっと我に返って慌ててお部屋を辞しましたが。メイド長によると、あの後シャドーゴーレムが室内着をクローゼットから出して羽織らせ、そしてシャドードール達がリボンなどを整えていたとか。とても器用なシャドー達の様です。陛下の話しによると領地の使用人達は夜逃げをしてしまった様ですからね。シャドー達が使用人の代わりとなったのでしょう。

お夕食の頃にはお嬢様はお目覚めになられました。特に好き嫌いはない様ですので、料理長が腕によりをかけて作っていました。料理長に呼ばれてキッチンに向かうと、パントリーにはワイバーンの肉が保管されていました。そう言えば、領地に発生していたワイバーンを駆除していらっしゃったと聞きましたね。ワイバーンの肉に『飽きた』と発言していらっしゃったとか。なので夕食はミノタウロスのステーキにしました。お嬢様は『美味しい』と喜んで下さいました。

その日の夜、私はアグネスと共に闇魔法も使えるという事をお話ししました。まあ、闇魔法使い同士ですから気が付いてはいらっしゃったでしょうがね。ふっと微笑まれたお嬢様はふっと微笑んで『陛下が気を使ってくださったのね』とおっしゃいました。闇魔法はかなり面白い魔法です。極めればこれ以上便利な魔法はありません。影にアイテムを収納する【シャドーボックス】、影に従魔を控えさせる【シャドーサモン】、それの使用人版である【シャドーシェア】など。闇魔法使い同士なら【シャドーシェア】で文字通り『影に控える』事が可能なのです。

そして話し合った結果、私は何かあればすぐに駆け付けられる様にお嬢様と【シャドーシェア】することとなりました。領地には使用人がいません。いずれ公爵を継ぐ事になりますし、そうなると私とアグネスを帯同しないといけません。しかも屋敷に置かれた転移用ゴーレムを使って一瞬で行けます。闇魔法を使ったゴーレムだからか、影に入れるならゴーレムで移動できます。……この転移用ゴーレムも大概規格外ですね。

お嬢様の影の中は第2のお屋敷の様でした。シャドーゴーレムとシャドードールの気配がしますが、襲ってくることはありません。むしろ『同僚』の様に思っている様ですね。シャドーゴーレムは影の中で管理している物を見せてくれました。ワイバーンを筆頭として多くの魔獣の素材や武器、ポーション、エリクサーなど、希少価値の高い物も多くあります。なるほど。国への横領した貴族費返済の原資はここからでしたか。確かにこれだけあれば心配はありませんね。しかも私達用のお部屋も用意してくださっていました。領地の屋敷には使用人の部屋がないそうです。領地にいる時はこちらにいることになりそうですね。

お披露目会を機にバカラ男爵の三つ子の御子息ノア様、ノエル様、ノーマン様と『契約』し、影の中に入れられました。3人ともあの歳で素晴らしい才能の持ち主です。魔力の制御能力や短剣術にも目を見張るものがあります。

『契約』は闇魔法の派生で、人によっては呪いと同等に扱われるのですが、同じ主従関係でもその考え方は全く違います。呪いは理不尽に人の命を弄ぶものであり、呪いを受けた者が死んでも主人にはペナルティはありません。表現としては『使い捨ての駒』『奴隷』といった感じでしょうか。一方『契約』というのは、互いの信頼関係を持って成立するもので、主人に己の命を預けるというものです。互いの情報を、言葉を介さなくても共有出来ます。お嬢様の『影』に潜むという事は、「主人のテリトリーに侵入する」という事であり、特に闇魔法使い同士なら『契約』をしないと侵入出来ません。基本的に意思疎通が出来ていれば契約できますから契約書などは存在しませんが、私はチェリッシュ家に仕える時に契約書を交わしていました。裏切り行為を行うと『死』よりも辛い運命が待っていると言います。実際どうなるかは伝わってはいませんが、伝わっていないという事は伝える方法がないという事でもある。『知りたければやってみたら?』というわけですね。逆に恐ろしいので、『契約』というのは一定の効果を生んでいます。お嬢様は私に世話を任されました。影の中での生活は私とアグネスが世話をしていく事になりますね。

お嬢様と教会に行くと、信じられないお話を聞きました。教会は闇魔法使いを拒絶しているわけではないとの事でした。正確には闇魔法使いが教会に入れないのは魔導具が原因だったそうです。現在の教皇様がそれを嫌がり廃棄したとの事。お嬢様は察していたご様子でした。お嬢様の仰る通り、そもそも神が与えられた能力で教会に出入りできなくなるなどあり得るはずもないのです。盲点でしたね。今度はバカラ兄弟も連れて来ましょう。恐らくあのタイミングで枢機卿に伺ったのは、聖職者達の認識を改めさせるためでしょう。実際、教皇猊下が尽力なさっている事に協力する事で恩を売る結果になりました。……お嬢様はここまで予測していたのですかね?

そして夜会当日。お嬢様は正式にチェリッシュ公爵となられました。そしてクリフ様との婚約も発表されました。お嬢様の歩んできた人生を簡単に説明するだけで同情が集まる程度には先代様の行いは許されるものではありませんでした。そうしてチェリッシュ公爵の私兵、騎士団長としてジェイク・フォン・ベスビアス様を雇う事に決めました。口の利き方はともかく、真っ直ぐで誠実な方です。間違いないでしょう。その後もバークマン侯爵とベスビアス伯爵の協力もあり、数人の私兵を決めました。こう言う事は早い方が良いですね。そしてバークマン侯爵とクリフ様に頼み腕の立つ方を呼んでいただけるように頼んでいらっしゃいました。クリフ様の同級生の中にお目当ての方もいらっしゃるので、その方々とともに誘って欲しいと。確かに年齢の近い方々が仲間として近くにいると開拓も進めやすいでしょう。

数日後、クリフ様とともに同級生様達がお集まりになりました。セレスト・アストラ様、モーツァルト様は護衛も兼ねてクリフ様が人選なさった方々です。マイク・ド・カーディナル様とヴィンス・ド・モニーク様はお嬢様が勧誘して欲しいと仰っていた方々。なるほど、カーディナル商会とモニーク武具店を領地に招致なさりたかったのですね。お嬢様は私にクリフ様達を領地へご案内する様に仰いました。そのために用意なさった馬車はとんでもない代物でした。

空間魔法で馬車の中を広げられています。屋敷の大広間をそのまま持ってきたかの様なリビング。寝室は人数分あり、それも一部屋一部屋が広く出来ています。バークマン侯爵が説教していらっしゃいましたが、私はお嬢様のお気持ちが理解できます。

闇魔法使いは忌み嫌われます。それ故に食堂への入場や宿への宿泊を断られる事もあります。多くの人との軋轢を防ぐために私は闇魔法使いである事を隠しました。一方のバカラ男爵は、闇魔法使いであることを誇り、共存する道を模索し続けていらっしゃいました。

ではお嬢様はどうなのでしょうか。……お嬢様は諦めていらっしゃるように感じます。家令として影を共有させて頂き、そのお気持ちも手に取る様に感じます。そのあまりにも深い孤独を。お父上に愛されず、使用人達に見捨てられ、領民のいない領地でただ1人暮らしていた公爵令嬢。シャドーゴーレムやシャドードールがいた事もあり『寂しくはなかった』と仰っていました。執務を行っていらっしゃる時も、おおよそまだ幼いご令嬢とは思えない集中力を見せられます。代官のアンディ様も『お嬢様の仕事の速さには目を見張るものがあります』と仰っていました。そして領地を開拓するためにゴーレム製作にも勤しみ、領内を偵察し開拓の草案を作っていらっしゃる。

『寂しくない』と言うよりも『寂しさを感じる暇がない』の方が正しい気がします。己の『孤独』に薄々気が付いており、それを感じない様に仕事を詰め込んでいらっしゃるのでしょうか。……いえ、恐らく素でしょうね。無意識であるからこそ難しい。これからクリフ様をはじめとした同じ年頃の方々と領地を運営していくことになります。お嬢様の深い孤独が少しでも和らぐことを、家令として願うばかりです。


予約投稿です。誤字脱字がありましたら連絡お願いします

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