教会
次の日、シャーロットはセバスチャンの運転する馬車で教会に向かう。この国の宗教は一神教だ。創造神スターリングがアデニウムという世界を作ったのが始まりとされる。正直言ってそのくらいしか知らない。というか、書庫に宗教の本がほとんどなかった。歴史のお勉強程度の知識しかなかった。ここに来るにあたって、ある程度はセバスチャンに教えてもらったり書庫の本で調べたが。
「お嬢様。教会に到着しました」
セバスチャンのエスコートで馬車を降りる。前世でも印象のある教会そのもの。大きな扉を潜ると広いホールの両脇に大きな柱が何本も立ち、奥に向かって長い椅子が置かれ、その先には創造神の神像が置かれていた。天井からはステンドグラス越しに光が降り注ぎ、幻想的な空間になっていた。
「美しいわね……」
「ここは特に王都の教会本部ですからね。王家の結婚式もここで行われますし、その施設の設備は最高のものになっています」
「なるほどね」
周囲が少しザワつく。『闇魔法使いシャーロット』が教会に入っている事に驚いている様だ。
「.......ちなみに、闇魔法使いは拒絶されるの?」
「そう言われていますね。実際は分かりませんが。ですからノア達は屋敷にいてもらっています」
そういえばそうだったわね。私とセバスチャンが入れるという事は、闇魔法使い単色だと拒絶されるのかもしれない。もしくは全くのデタラメか……すると教会の奥から聖人がやってきた。
「どうして闇魔法使いが中に入れているのだ?」
「.......初めまして。チェリッシュ公爵家が長女シャーロット・フォン・チェリッシュです」
開口一番、名乗りもしない聖人に殊更丁寧な挨拶をする。
「質問に答えろ!どうして闇魔法使いが神聖な教会に侵入できていると聞いているのだ!」
「恐らく『全属性魔法使い』だからなのではないかと」
「嘘をつけ!お前は闇魔法使いだと有名だぞ!」
「これが証拠です」
シャーロットは冒険者ギルドのギルドカードを使ってステータスを表示する。
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名前;シャーロット・フォン・チェリッシュ
年齢:10歳
性別:女
種族:人族
体力:100,000/100,000
魔力:1,000,000/1,000,000
スキル:賢者/武神/ゴーレム使い/薬師/錬金術師/料理
称号:神に愛された者/父を見限った者/国王のお気に入り/王妃のお気に入り/
ダンジョンマスター/魔族の敵
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聖職者達は唖然としている。このステータスは誰でもびっくりするよね……
「か、『神に愛された者』……」
あ、そっちか。そういえばこの称号って何か特別な意味があるのかしら?目の前にいる聖職者の顔色が悪くなって行っているから何かあるのだろうが。
「さて、少々お話をしたいの。この教会の責任者はいらっしゃるかしら?まあ、いるのを知っていて伺ったのだけど」
「し、少々お待ちください!」
聖人が慌てて奥に向かう。そしてシャーロット達は応接室に案内される。私達を応接室に案内する様に指示された聖女は驚き、シャーロット達を胡散臭そうに見ていた。別に犯罪者じゃないんだからそんな顔しなくたって良いのに。
「……どうして称号の事をお教え下さらなかったのですか?」
セバスチャンにそっと聞かれる。
「まさかここまで効果のある称号だとは思わなかったのよ.......」
いや、正確には個人的にどうでもいい称号だったからだ。『転生者』の称号がないだけで安心していたのだ。説明が面倒だし、どうせ必要に迫られなければスキルも称号も個人情報だから見せる必要もないし、今回だってあんな言い方をされなければ使わなかっただろう。
「流石に聖職者には効果抜群だったのね」
「あたりまえですよ。と言いたいとこですが、育った環境を考慮すると自覚がないのもうなずけますね」
「宗教の知識が一夜漬けだものね」
部屋は華美な装飾が一切ない部屋だった。というか荷物置き場だ。埃っぽいしカビ臭い。
「おやおや。これは……」
「倉庫、だよね」
「こちらでお待ちください」
聖女は何食わぬ顔で頭を下げて出て行った。ああ、彼女はステータスを見てなかったんだな。
「これは、先が思いやられますね」
「仕方がないわよ。テーブルと椅子があるだけ良いわ」
シャーロットは魔法を使って倉庫の中を綺麗にする。テーブルと椅子も綺麗にすると、セバスチャンがテーブルクロスを敷き紅茶を準備する。椅子にハンカチを敷きそこにシャーロットが座る。
「ところで、『神に愛された者』って称号の意味って何?」
「一言で言えば『神の御使い』です。神の代理人であり、神の矛であり盾となる存在です。邪険に扱えば天罰が下ります」
「……もしかして父上が死んだのってそれが関係してるとか?」
「あり得るでしょうね。朝、起きてこない主人を心配した使用人が呼びに行ったら死んでいたそうです。原因は分からないそうですが」
突然死か。そう言えば死因なんて聞いた事もなかったな。陛下達も教えてくださらなかったし。気を使ってくださったのかな。見た目だけは10歳だし。
紅茶が入る頃に入り口にいた聖人が慌てて入ってきた。
「大変失礼しました!この様な場所に案内をし……」
「大丈夫ですよ。少々手を加えさせていただきましたけど」
これを『少々』と言うかは怪しい。埃っぽさもカビ臭さもなくなり、荷物の山さえなければ倉庫だとは思えない。テーブルの上だけ言えば、ハイティーセットも置かれ貴族のお茶会だ。これを準備して空間魔法の【アイテムボックス】に収納している辺り、流石は城で働いていた執事だよね。
すると後ろから背の高い聖人が来る。
「これは……『神の御使い』シャーロット・フォン・チェリッシュ様。この様なご無礼をしてしまい申し訳ありません。枢機卿のクラークと申します。教皇の補佐をしています」
「初めまして。今回は突然の訪問をお許しください。事情も事情ですし、早急に話し合いをする必要がありましたから」
そう言うと、少しクラークの表情が曇った。
「どうぞ、お座りください」
「はい」
セバスチャンがクラークの分の紅茶を入れると、シャーロットが口を開く。
「前公爵、私の父が教会に対して失礼な事をしたのは存じ上げています。そのせいで教会が撤退したのも」
「そうですか……それでは話は早いですね。その当時チェリッシュ支部の枢機卿を勤めていたのは私だったのです」
「そうだったのですね。父が申し訳ございませんでした。私も正直言って父は私がこの世に生まれるために存在していただけで、それ以降の人生に必要な存在だとは思っていません。
まずは現在のチェリッシュ領について軽くお話しさせてください。現在のチェリッシュ領は領主館しかありません。教会などの施設はおろか、領民すらいませんから」
「なるほど。そこまでになっているのですか……」
「そしてまだ公表はされていませんが、1ヶ月後の夜会で正式に公爵を賜る予定です」
「ほぉ。10歳にして女公爵とはすばらしいですね」
「それは良いのですが、如何せん荒野を城壁で囲んでいる状態。裏を返せば一から開拓できると言う事でもあります」
「最大限良く言った表現ですね」
「はい。あの周辺は強力な魔獣も多く生息しています。それを考慮して私はあの領地を『冒険者の街』として開拓していきたいと思っています」
「なるほど。教会を誘致して怪我人の回復をして欲しいと」
「理解が早くて助かります。医療ギルドも考慮には入っているのですが、我が家は公爵家。いずれにしても上級貴族の治める領地には教会が必要ですし、王家の保養地の設置も行われます」
「ふむ。保養地設置はおろか、教会すら誘致していなかった今までの方がおかしかったと」
「おかしな父が治めていた領地ですので」
中級以上の貴族の領地には王家の保養地を設置し、数年に一度陛下に領地を見ていただくという決まりがある。父上はのらりくらりと躱していたらしい。それはひとえに陛下からの信用の賜物だったのだろうが、その信用を裏切った父上を許す訳にはいかない。
「教会での回復は公爵家が7割を負担します。また領民の子供達が最低限の読み書き算術をできる様になるために、教会に学び舎を併設しそこでの学業は公爵家で全額負担します」
「ぜ、全額ですか!?」
「はい。学びの機会は等しく平等に与えられるべきです。まあ雑費は自己負担ですが、教材や筆記用具などは公爵家で持ちます。その代わり税金は王都並みになるでしょうが、その分領民への還元を考えています」
前世で言う医療保険や義務教育の様なものだ。この世界での医療というのは回復魔法。教会では回復魔法1回につき小銀貨1枚。重症になれば大銀貨まではあり得る。つまり回復魔法1回なら銅貨3枚で受けられるわけだ。銅貨3枚なら酒場に行ってエールとつまみ1品の値段だ。それで受けられるなら冒険者にはありがたい。何しろ怪我をしてお金がなくて回復魔法を受けられなくて引退する者もいるのだから。
しかも冒険者には最低限の読み書き算術も出来ない者も多い。教会でそれを習うことも可能だが、小金貨1枚が必要だ。しかもそこに教材費や筆記用具を揃える費用もある。全部合わせれば中金貨〜大金貨が必要になる。しかしそれを税金で負担するとしたら。平民はこぞって子供を教会で学ばせるだろう。読み書き算術が出来れば詐欺に遭う可能性も下がるし、商家などで出稼ぎをする事も出来る。そうすればまともな仕事に就く事ができ、結果的に税金を納める事が出来る。
「しかし、そうなると税金を納めていない領民ではない者との区別が付かないのでは?」
「領民を管理すれば良いのです。領地に居を構えて税金を納めている。それを公爵家で一括管理します。便宜上、それを『戸籍』と呼びましょう。領地で暮らしたい者は専用の施設に向かって登録します。登録すると身分証が発行され、それを使って税金などを管理します。それは冒険者ギルドも招致するので、そこと協力して行こうと考えています」
「なるほど、教会でそのカードを確認したら領民であるのを確認出来る。貴族の子息や子女は例外として、各ギルドの何処にも属していない平民が身分証を持てずスラムの人間になってしまう問題も解決出来る。考えましたね」
「教会にも水晶はありますので教会で登録するのも手ですが、そういった執務にはギルドの方々の方が慣れているでしょう。初めての事ですから、そこは慣れている方々にお任せする方が良いと思いました。そのシステムが安定したら教会にお任せする事も考えるでしょうが」
何事も適材適所だ。新しい事をするのに慣れていない人を起用するとトラブルの元だし対応も出来ないだろう。
「……本当にあのチェリッシュ公爵のご長女様ですか?」
「残念ながら、間違いなく血は繋がっています」
「よくここまでまともにお育ちになったなと……」
「生まれてからあの男と顔を合わせたのは一度きりです。それが良かったのかもしれませんね」
「なるほど」
クラークはクスッと笑う。
「シャーロット様のためならば、是非とも協力させて頂きます」
「ありがとうございます!」
良かった!教会を招致できないと公爵としては困ってしまう。あとはギルドや商会の招致だ。
その後は美味しいスイーツを頂きながら談笑した。帰りにクラークは聖人・聖女を集めて今日の非礼を詫び深々と頭を下げた。シャーロットのスキルを知っているモノばかりではない。どうして『闇魔法使い』に頭を下げなければいけないのかと思っている者も多いな。……しょうがない。少し協力しよう。
「そう言えば、一つ確認したい事があるのですが」
「何でしょうか」
どうしても腑に落ちない事があった。教皇の補佐をしているクラークなら正確な情報をくださるだろう。
「闇魔法使いは本当に拒絶されるのですか?」
「……なるほど、その話ですか」
クラークは背筋を伸ばす。
「この際ですからはっきりさせておきましょう。そんな事実はありません」
「やっぱりそうですよね」
聖人・聖女達は驚きの声を上げている。セバスチャンも少し驚いた様だが、シャーロットは納得した。
「おかしいとは思ったんですよね。魔法の適性というのは神から与えられるもの。神から与えられたものが理由で教会に出入り出来ないなんてあり得るのだろうか、と」
「全くです。神は我々を差別しません。罪人にも相応の罰を与え、そして学びを与える。そんな存在が、魔法の適性で差別なんてしません」
「いつからそんな嘘が流れてしまったのですか?」
「事の発端は100年前の国王と王妃に遡ります」
クラークの話によると、当時の国王には王妃以外に愛してやまない女性がいたそうだ。重婚は許されず、妾は許されていたためその女性は妾となっていたそうだ。しかし国王はどうしても彼女を正妻にしたかった。そこで当時かなりズブズブな関係だった教皇に闇魔法使いを『神の意思に反する存在』と事実無根の説教をさせる事にしたのだ。当然異論を唱える者も多くいたが、そういう者は『国家反逆罪』として処刑された。その結果、王妃派の貴族は軒並み廃爵となり、反論しない者を周囲に置き『闇魔法使い』であった王妃も『神の意思に背く者=国家反逆罪』として処刑。妾であった彼女を後妻として迎えたのだ。
「その後、教会は闇魔法使いは立ち入り禁止とし、専用の魔導具で入場を規制する様になったのです」
「魔導具だったんですか……」
「はい。現在の教皇はその事実無根な差別をなくそうと尽力されています。故に魔導具は全て回収し廃棄しております」
「その割に聖人・聖女の認識が今一つね」
後ろで話を聞いている聖職者達の反応を見る限り、『教皇の尽力』は届いている様には感じないのだが。
「それは……大変申し訳ございません。枢機卿である私の教育不足です」
「……意地悪を言ってしまいましたね。現在の教皇様が着任してまだ1年しか経っていません。認識が改まるには時間が掛かるのでしょう」
「そう言っていただけると幸いです」
このタイミングで聞いたのも今後のためだし、これで少し改革が進むと良いが……
ちなみに屋敷に戻ったシャーロットは止める間もなく寝室に入りベッドに倒れ込んだ。そして一週間は部屋から出て来なかったのだった。早く領地の領主館に引き篭もる生活を再開したい。
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