結局、気になって
「ふう……」
ドアにもたれかかりながら、深い息を吐く。
怖い思いをしただろうから、せめて一晩くらいは一緒にいてあげたほうがいいのかもしれないけど……。
「うん……僕には、無理だ……」
この僕が女の人と一緒にいるだなんて、それこそ絶対にあり得ない。
もう……女性なんかと、関わり合いになんてなりたくない……。
「あ……木下先輩のおかず、ちゃんと冷蔵庫にしまわないと」
そう考えた僕は冷蔵庫におかずを入れると、明日も朝が早いのでシャワーを浴びて早々に布団に入った。
だけど。
「…………………………寝れない」
不審者がいたり隣の女の人に泣いて縋られたりしたから、興奮してしまって眠れなくなってしまった……。
ま、まあ、このまま布団のなかでごろごろしていれば、そのうち眠くなるだろう。
そう考えて僕は目を瞑る…………………………やっぱり駄目だ。
さっきから頭の中に、隣の女の人のあの泣いている姿が浮かんできて、気になって眠れない。
「ハア……さすがに、もういないだろうけど……」
僕は念のため、隣の部屋の前に誰もいないか確認するため、ドアを開けて覗いてみる……っ!?
「……ヒック……グス…………」
隣の女の人がドアの前でしゃがみ込みながら、泣きじゃくっていた。
だ、だけど、僕が部屋に逃げ帰ってからかれこれ一時間以上は経ってるはずだよね……。
ただでさえ、今日は寒い日なのに……。
「あ、あの……風邪、引きますよ……?」
気がつくと、僕は女の人に声を掛けていた。
よせばいいのに。
放っておけばいいのに。
「……もう、いいよ」
自暴自棄になってしまっているのか、女の人はそう言って目も合わさずに顔を背けてしまった。
確かに、あんなに一緒にいてほしいってお願いされたのに、僕は逃げ出したんだからこんな反応も仕方ない、か……。
でも……よく見ると女の人は手がかじかんでいて、さっきの恐怖とは別に、寒さで震えている様子だった。
「ほ、本当に、部屋の中に戻ったほうが……」
「……戻る?」
「っ!?」
キッ、と睨まれ、僕は思わず身体をわずかに仰け反る。
「戻るってどこへ? 部屋の中に?」
「あ、そ、そうです……」
「戻ったからってどうだというのさ! どうせどこに逃げたって、居場所を見つけ出して、追いかけてきて、追い詰めて、ありとあらゆる嫌がらせをして、私の居場所を奪っていくくせに!」
「ちょ、ちょっと!?」
涙で顔を濡らしながらも、怒りに満ちた表情で女の人は詰め寄ってきた!?
「どうせあなただって、私なんていなくなればいいって思ってるくせに! 私なんて……私なんてえ……っ!」
「…………………………」
散々叫んだ挙句、女の人は僕の胸襟をつかんだまま、胸の中で号泣してしまった。
だけど……僕は、そんな女の人を突き放すことができなかった。
事情も分からないのに同情なんてできないし、そもそも僕は女の人に触れたくない。
なのに……この女の人の、大粒の涙に塗れたその瞳を見て。
僕は、何故か同じだと思ってしまった。
◇
「グス……」
それからどれくらい経ったのかは分からないけど、女の人はようやく落ち着きを取り戻してきたようだ。
「そ、その……大丈夫、ですか……?」
言ってから気づいたけど、大丈夫かだなんて、僕はなんて的外れな質問をしてるんだろう……。
大丈夫じゃない何かがあるから、ここまで感情を露わにして泣いているのに……。
すると、女の人はス、と僕から離れ、黒縁の眼鏡を取ってグイ、と腕で涙を拭った。
「ご、ごめん、なさい……」
「い、いえ……」
ペコリ、と頭を下げる女の人を見ながら、さて、どうしようかと思案する。
やっぱり面倒になる前に、ここで別れて自分の部屋に帰るのが多分正解だ。
だったら。
「……今晩だけ、なら……」
「っ!?」
……僕は今、何を口走った?
なんで、考えていることと全く違う言葉を口にしてるんだよ!?
「……い、いいんですか……?」
すると女の人は、顔を上げておそるおそる尋ねた。
でも……その瞳は、やっぱり断られるんじゃないかって諦めの色を浮かべていて。
傷つきたくないから、その覚悟を決めるためにキュ、と唇を噛んでいて……。
「え、ええ……その、ど、どこに……?」
僕は頷いて肯定の意思を示し、自分の部屋と女の人の部屋を交互に指差した。
正直、どちらを選択したとしても、そもそも知らない相手と夜中に部屋で二人っきりなんて、女の人からすれば危険極まりないだろうし、かといってこのまま外で朝まで一緒にいたら、絶対に寒さで風邪を引く。
うう……どうしてこんなことに……。
すると。
「あ……そ、それじゃ、あなたのお部屋に伺ってもいい、ですか……?」
おずおずと尋ねる女の人は、やっぱり不安なのか、ぎゅ、と自分の服の裾を握りしめていた。
「は、はい、どうぞ……」
……僕も、なにが『どうぞ』だよ……。
とはいえ、これ以上ここにいても仕方ないので、僕はドアを開けて女の人を招き入れた。
「あ、て、適当に座ってください」
「は、はい……」
僕はエアコンのスイッチを入れると、部屋が暖かくなるまでの間にお湯を沸かす。
マグカップは……うん、一つしかないから、僕はガラスのコップでいいか……。
マグカップとコップの中にインスタントコーヒーの粉を入れ、湧いたお湯を注ぐ。
「あ、あの……」
「は、はい!」
声を掛けると、緊張しているのか女の人は背筋を伸ばしで勢いよく返事をした。
「コーヒーにミルク、入れます……?」
「お、お願いしましゅ!?」
あ、舌噛んだ。
僕は冷蔵庫から明日の朝に飲む用の牛乳パックを開け、マグカップに注ぎ、砂糖をスプーン一杯分入れた。
「ど、どうぞ……」
「ありがとう、ございます……」
女の人はおずおずと受け取ると、息を吹きかけて冷ましながら、コーヒーを口に含んだ。
「はあ……あったかい……」
今まで寒かったこともあって、女の人の頬がピンク色に染まる。
それを見た瞬間、僕は思わずドキリ、とした。
これまでは隣同士なのに、顔もまともに見たことなんてなかったから分からなかったけど……この女の人、すごく綺麗だ。
黒というよりも鮮やかな瑠璃紺に近い艶やかな髪のロングに、その黒縁眼鏡のレンズから覗く珍しい紺碧の瞳、整った鼻筋に桜色の柔らかそうな唇。
「……わ、私の顔になにかついてますか……?」
「え!? あ、い、いえ……」
ぼ、僕は何をまじまじと女の人の顔を見つめてるんだよ……。
そ、それよりも。
「それで……さっきのあなたの部屋の前にいた不審者……その、お知り合い、とかですか……?」
僕は女の人におずおずと尋ねる。
警察を呼ぶことをためらったってことは、普通に考えたら身内だってことだもんな……。
だけど。
「……(フルフル)」
女の人は、悲しそうな表情でかぶりを振った。
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