隣に住む女の人と不審者
「あーあ、昨日の合コン楽しかったのになー」
部屋の隣に女の人が引っ越してきてから一か月後のバイト先で、一緒に並んでハンバーグをバンズに挟んでは包装している佐々木先輩が、僕のほうをチラチラと見ながらこれ見よがしに言ってくる。
「それはよかったですね」
「チョット優太冷たくない!? もっと色々乗ってこいよおおお!」
ああもう……面倒くさいなあ……。
「ハイハイ、また今回も先輩がフラれたんですよね?」
「うぐう!? そんな傷口に塩を塗るような真似を!?」
胸に手を押さえながらオーバーにそんなこと言ってるけど、本当はそんなことないくせに。
「それより……そんなに合コンばかり行って、“木下”先輩に知られたら叱られますよ?」
「いいんだよ! “佳純”の許可はちゃんともらってんだから!」
そう言ってドヤ顔でサムズアップする佐々木先輩。ちょっとイラッとするなあ。
なお、“木下”先輩というのは、佐々木先輩の彼女で僕の一つ上の先輩だ。
といっても佐々木先輩と僕は一浪してるから、佐々木先輩と木下先輩は年齢が一つ違いの同級生で、僕は木下先輩と同い年。
だから、木下先輩は僕に『お願いだから“先輩”って呼ばないで!?』って懇願してくるけど、僕はありがたく“先輩”と呼ばせてもらっている。
「それより、今日は俺の部屋に佳純も来るから、優太も来いよ」
「あはは……さすがに、仲睦まじい二人の先輩の邪魔をするほど、僕は無粋じゃないですから」
「……一週間分のメシ、俺の分と一緒にタッパーに詰めてくれるってよ」
「わかりました、寄らせてもらいます」
いや、僕だって本当は行きたくないけど、背に腹は変えられないからね……。
「ヨッシャ! んじゃ、佳純に伝えとくわ。つーことで、コッチのハンバーガーも頼むわ」
「…………………………」
そう言い残し、佐々木先輩は手をヒラヒラさせながら控室へと向かってしまった。
い、いや、背に腹は変えられないからね……。
ということで。
「“光輝”、優太くん、待ってたよー!」
「おー!」
「……どうもです」
佐々木先輩の住むアパートに到着すると。玄関を開けて笑顔で出迎えてくれた木下先輩に、佐々木先輩が嬉しそうに抱き着いた。いや、僕もいるんですけど……。
「ホラホラ、今日はお鍋だから! ちゃんと帰りにポン酢と私のカルピスサワー買ってきてくれた?」
「もちろん! な?」
「え、ええ……」
ガシッ! と僕の肩を組み、佐々木先輩はこれみよがしにレジ袋を持ち上げた。
「よしよし、愛い奴め」
そう言って、佐々木先輩と僕にヨシヨシしてくる木下先輩。
「せ、先輩、その……」
「あ……そ、そっか……ゴメンね?」
「いえ……」
木下先輩は、本当に申し訳なさそうな表情で謝る。
僕は……佐々木先輩と木下先輩、それに店長くらいは何とか人付き合いができるようになったといっても、それでも、まだ女の人に触れられるのは受け入れられないから……。
「そ、それより早く中に入ろうぜ!」
「そ、そうだね!」
ああもう……恩人とも呼べる二人にこんなに気を遣わせるなんて……僕は、最低だ……。
でも……僕の心が、身体が、どうしても受け入れられないんだ……。
それから、僕達はお鍋を囲みながら日付が変わるまで談笑した。
佐々木先輩が合コンの失敗談ばかり語り、それを木下先輩がサワー片手に爆笑しながら聞いている。
僕はといえば、その隣で黙々と鍋を食べていた。
だけど、こんな優しい二人の仲の良い姿を眺めているのは、心地よかった。
◇
「木下先輩、ありがとうございました」
「うん! 帰ったらちゃんと冷蔵庫にしまうんだよー!」
一週間分のおかずが詰まったタッパーの入った袋を持ち、僕は深々と頭を下げた。
これだけあれば、上手にやりくりすれば十日はもつかも。
「佐々木先輩も、ありがとうございます」
「んあ? 別に俺はなんもしてねーだろ」
そう言って佐々木先輩は手をヒラヒラさせるけど……この材料費は佐々木先輩が出してくれていることを知っている。
あはは……こんなに応援してくれてるんだ。僕も前を向けるようにならないと……。
「それじゃ、失礼します」
「気を付けてねー!」
「頼むから犯罪行為だけはするなよ!」
最後おかしな忠告をする佐々木先輩は無視し、僕は家路に着く。
さて……帰ったら言われたとおり冷蔵庫にしまって寝ないとな……。
そして、アパートの前に到着すると。
「っ!?」
僕の部屋の前……いや、あれは隣の部屋、か?
怪しい人影が二つあり、僕は警戒する。
ま、まさか泥棒!? それとも、あの女の人を狙って!?
僕はスマホを取り、わざと大声で話す。
「もしもし、警察ですか! 僕のアパートの部屋の前に、不審人物がいるんです!」
「「っ!?」」
その声を聞いた不審な人影は、身体をビクッとさせたあと、慌てて階段を駆け下りて走り去っていった。
「ふう……」
スマホを握りしめながら、僕は深く息を吐く。
本当は警察なんて電話してないから、とりあえず騙されてくれてよかった……って。
「と、とにかく、変なことされてないか確認しないと!」
僕は急いで階段を上がって僕の部屋……の手前の部屋を見ると……っ!?
「あ……」
「…………………………」
隣の部屋の女の人が、無言で扉を開け、こちらを覗いていた。
だけど、その身体は震えていて、眼鏡越しに見えるその瞳は確かに涙で濡れていて……。
「け、警察呼びましょう、か……?」
「っ! (フルフル!)」
女の人は、その長くぼさぼさの髪を勢いよく左右に振って拒否を示す。
で、でも、あれは明らかに不審者だから、警察を呼んだほうがいいと思う、んだけど……。
「そ、そうですか……」
ま、まあ、この人がいいって言うんなら、これ以上僕がどうこうする話じゃないか。
それに、これ以上首を突っ込んだりなんてしたら、絶対に面倒なことになるのは間違いなさそうだし……。
「そ、それじゃ、戸締りに気をつけてくださいね……って」
「…………………………」
女の人は、震える手でコートの裾をつまみ、まるで「行かないで」ってお願いするかのように、僕の顔を覗き込んだ。
「……すいません、離してもらえますか?」
努めて抑揚のない声で、僕は無慈悲にそう告げる。
僕は……この女の人と、関わり合いになりたくないから。
だけど。
「……お願い、します。今晩だけでいいですから、一緒にいてください……」
「…………………………」
顔をくしゃくしゃにしてただ頭を下げ続け、聞こえるかどうかっていうほどのか細い声で懇願する。
それでも。
「……失礼します」
「あ……っ」
僕は女の人を振り払い、素早く自分の部屋の中へと逃れた。
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