決別
「優くん……」
……よりによって、ひよりに声を掛けられてしまった。
「……何?」
僕はジロリ、とひよりを見やる。
「……四年前のこと、本当にごめんなさい……私、本当に馬鹿だった」
「…………………………」
「私ね? 優くんともっともっと仲良くなりたいって思って、アイツ……和樹に相談したの。でも、それが間違いで、私はアイツに騙されて……それで……」
ふうん、騙された、ねえ……。
「そっか。でも、僕には関係のないことだよ」
「っ! ……うん、そうだよね。優くんは関係ない。これは、私とアイツの問題なんだから……」
愁いを帯びた表情で、ひよりが視線を落とす。
それにしても……ひよりは一体何を言いたいんだろう?
意図が全く分からず、僕は首を傾げるばかりだ。
というか、さすがにこの期に及んで僕とよりを戻したいだなんて、そんな恥知らずなことを言ったりはしないだろうし……。
「……とにかく、謝罪もなにもいらない。二度と僕の前に現れないでくれたらそれでいいよ」
僕は一切の感情を込めず、ただ事務的にそう告げる。
もう……こんな奴のために初穂が振り回されたくない。
でも。
「………………………………やだ」
「え?」
「やだよ! 私……もう優くんとこれっきりだなんて、絶対に嫌! 私……好きだもん! 優くんのこと、世界で一番好きだもん!」
「ええー……」
……まさか、本当にそんなこと言い出すとは思わなかった……。
「……でも、春日さんは二番以下の男を選んだんだよね?」
「っ!?」
放っておこうと思ったのに、僕は思わず口を出してしまった。
とはいえ、これはひよりをこれでもかって罵倒したいというより、ついツッコまずにはいられなかった、ってほうが正しいんだけど。
「ち、違う……! 私は和樹なんて選んでない! 私は優くんだけしか選んでないから!」
「ハア……」
なおもそんなことをのたまうひより、僕は溜息しか出ない。
いや、僕だけを選んでるんだったら、なんで和樹と浮気なんてできるんだよ……。
「……本当に、僕には春日さんの思考が全然理解できないよ。僕しか選んでないのなら、君にとって浮気して身体を許すっていうのは、どんな意味があるの? 教えてよ」
「そ、それ、は……」
で、そうやってツッコむと言い淀むんだから……まあ、自分勝手で都合よくて、卑怯だよね。
本当に、初穂とは大違いだなあ。
とにかく、これ以上コイツと話をしていたら頭が混乱しておかしくなりそうだ。
「……そろそろ僕の初穂が戻って来るから、そろそろ消えてくれない?」
「…………………………」
そう告げるけど、ひよりはうつむくばかりで一向に立ち去る気配がない。
……仕方ない。初穂には、場所を移動したってメッセージを入れておくかあ……。
「じゃあ」
僕は踵を返し、その場から立ち去ろうとすると。
「……私、知ってるんだよ?」
そんな言葉が、背中越しに聞こえた。
知ってる? 一体何を? ……って、そんなの僕には関係ないか。
そのまま無視し、歩を進める。
その時。
「優くんの彼女、“犯罪者の娘”じゃん!」
「っ!」
この馬鹿! なんだってこんなに人の多い場所で、そんなことをデカイ声で言うんだよ!
「……ねえ春日さん。さすがに言葉には気をつけようよ。言っていいことと悪いことの区別もつかないの?」
僕はひよりに対し、今までにないほど低い声でそう告げた。
でも……なんでコイツは、そのことを知っていたんだ?
「あはは! やっぱりそうなのね! あの女の名前をスマホで検索したら、写真付きで出てきたんだから!」
「…………………………」
あーもう! あのクズストーカーがネットに拡散するから!
一応、アイツを痛い目に遭わせてから大手サイトには削除依頼はかけたし、何なら武者小路グループの力も借りて消したつもりでいたけど……やっぱり全部消すのは無理かあ……。
「……それで、何が言いたいの?」
「決まってる! あの女は優くんを騙してるの! 優くんは、あんな女と一緒にいちゃいけないのよ!」
ハア……そんなことで、初穂よりも自分のほうが上だなんて勘違いしてるんだろうか……。
どうあがいたってひよりじゃ初穂に万に一つも勝ち目なんてないのに。
「……知ってるよ」
「……え?」
「だから、知ってるって言ったんだよ」
面倒くさそうにそう告げると、今度はひよりが困惑した表情を浮かべる。
「元々、僕と初穂はそのことがきっかけで知り合って、そして付き合ってるんだ」
「そ、そんな……“犯罪者の娘”なんだよ!? なんでそんな奴と一緒にいて平気なの!?」
信じられないと言わんばかりに、ひよりが僕に詰め寄った。
「いやいや。むしろなんで初穂と一緒になることに対して、そんなに不思議がるのかが分からないんだけど」
「だ、だって! そんな奴と一緒にいたら、優くんが不幸になる! そんな奴が、優くんの隣にいちゃいけないのよ!」
ハア……本当にコイツは、結局四年前と変わってないんだな……。
「だから! だから私は優くんを助けるの! たとえアイツを使ってでも!」
「っ!?」
コイツ……今、アイツって言ったよね。
コイツの言うアイツって、僕にはあのクズしか思い浮かばなくて。
「っ! クソッ!」
僕はひよりを無視し、その場から駆け出そうとするのに。
「優くん! お願い! あんな奴は忘れて、もう一度……やりなおそ?」
……駄目だ。
まずは、ひよりをなんとかしてから、だね……。
「春日さん」
「う、うん!」
ひよりの名字を呼んだ瞬間、ひよりは何かを期待するかのような瞳で僕を見つめる。
いい加減、名前で読んでいない現実に気づいてほしいけど……もう、仕方ないんだろう。
……ひよりも、僕と一緒で壊れてしまったのかもしれない、ね……。
でも……僕は君を、救うつもりはない。
だから。
「言っておくけど、初穂は“犯罪者の娘”かもしれないけど、彼女は罪なんて犯してない。僕を裏切って和樹と浮気した君とは違うんだ」
「っ!?」
「……もう、僕の前に現れないでくれ。本当に、迷惑なんだ。だって」
そう言って、僕は一拍置く。
そして。
「僕の世界一大切な女性が、君のせいでつらい思いをしてしまうから」
「あ……ああ……っ!」
「じゃ」
泣き崩れるひよりを置き去りにし、僕は一気に駆け出した。
初穂……君は今、どこにいるんだ!?
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