負け犬
「え……? ゆ、優くん……?」
ひよりが、目を大きく開いて僕を見ていた。
「優太、早く乗ろ!」
「そうだね」
初穂に腕を引っ張られ、僕はそのままバスに乗り込んだ……んだけど。
「ま、待って! 優くん、私よ!」
ハア……わざわざ追いかけてきて、何だっていうんだよ……
僕にはひよりと話すことなんて、何一つないのに。
「ねえ優太、知り合い?」
すると、初穂がしなだれかかってきて、僕に尋ねる。
まるで、わざと見せつけるかのように。
「ん? ……ああ、高校の元同級生だよ」
「うん……幼馴染で元同級生、だよね……?」
はは……なんだってここで、わざわざ幼馴染だって強調するんだろうね。
自分から、幼馴染の関係を手放したのに。
それにしても……あの視線、不快だな。
「あは、一度降りたバスに乗ってまた引き返すつもりなのかな? 要領の悪い元同級生なんだね」
「はは、そうかも」
和樹と浮気しているところを僕に見つかってしまうんだから、本当に要領が悪いんだろうね。
「それより、僕の初穂をそんな目で見ないでくれるかな、春日さん」
「っ!?」
抑揚のない声でそう言い放つと、ひよりは息を飲んだ。
「あは……優太、ありがとう。私も気になってたところなんだ。なんで知らない人が、私を睨んでるのかなあ、って」
そう言うと、初穂はクスクス、と笑った。
まるで、ひよりを小馬鹿にするように。
「……優くん、ちょっと趣味が悪くなったんじゃない?」
…………………………は?
コイツ、今何て言ったんだ?
あまりの怒りに、頭の中が真っ白になる。
僕の初穂を馬鹿にするようなことを言う権利が、オマエのどこにあるっていうんだ!
でも、そんな僕の様子に気づいた初穂は、ギュ、と手を握って微笑むと。
「あは、負け犬が何か鳴いてるね」
初穂のそんな言葉に、僕は思わずキョトン、として、そして。
「プ……あはははは!」
つい、大声で笑ってしまった。
そうだね! ひよりは確かに負けたんだ。
僕の中で、初穂に圧倒的大差をつけられて。
『まもなく発車します』
バスの中に、アナウンスが流れる。
「春日さんは、このまま引き返すってことでいいのかな?」
「ウーン、どうでもいいんじゃないかな? でも、優太の地元って、負け犬がバスに乗れるだなんてすごいね!」
そう言うと、初穂はこれ見よがしに僕の胸に寄り掛かり、頬ずりをした。
はは、ここまでするんだ。
「…………………………」
ひよりは射殺すような視線を初穂に向けたまま、渋々バスを降りた。
「あは、何しに私達に絡んできたんだろうね?」
「さあ?」
僕と初穂は顔を見合わせながら肩を竦めた。
「ハハ! つーか二人共、傑作なんだけど!」
「ホントホント!」
「……私の初穂先輩に対してあの態度、今度会ったら許さないけどね。あと直江くん、調子に乗り過ぎよ」
二人の先輩が笑い転げる中、武者小路さんだけはメッチャ睨んでくる……。
「優太……」
「初穂……ん……」
僕達はお互いの両手を組んで、おでこをくっつけて笑い合った。
バスの外で、なおも僕達を睨み続けているひよりを無視しながら。
◇
「んふふー、お団子美味しいね!」
一通り城の散策を終え、僕達は茶店でお団子を食べながら休憩している。
ちなみに、僕はみたらし団子で、初穂は三色団子だ。
「んー……えい!」
「あっ!」
僕のみたらし団子をジーッと見ていたかと思うと、パクッと食べられてしまった。
はは、こんなことをしなくてもあげたのに。
まあ、こんなやり取りも楽しくて仕方ないんだけど。
「しっかし、優太と初穂ちゃんのバカップルっぷりにも、ますます拍車がかかってきたなあ……」
「この二人なら仕方ないんじゃない?」
そう言って、佐々木先輩と木下先輩が肩を竦めた。
「私の初穂先輩が……初穂先輩が……」
武者小路さんが何かブツブツ言ってるけど……うん、無視しよう。
「あ、そうそう。明日なんだけどさあ、親父から車借りられたから、みんなでドライブ行こうぜ! 海まで行ったら、美味いモン食えるぞ!」
「うわあああ……! 優太、海だって!」
「はは、いいね。行こうか」
紺碧の瞳をキラキラさせながら見つめる初穂に、僕は笑顔で頷いた。
でも……初穂の瞳には、海よりも海の幸が映ってそうだなあ……。
「む……優太、ひょっとして失礼なこと考えてないよね?」
「っ!? そ、そんなことないよ?」
「あー! 絶対考えてるよ! 優太はすぐ顔に出るから分かるんだからね!」
「ご、ごめんごめん!」
プクー、と頬を膨らませた初穂にポカポカと叩かれ、僕は頭を抱えながら謝った。
くうう……ちょっとポーカーフェイスのスキルを身につけないと……。
「ハハ……だけど、二人共本当によく笑うようになったよな」
「うん……」
「……初穂先輩の笑顔を直江くんが引き出しているというのは、少し気に入らないわね」
佐々木先輩と木下先輩、そして憎まれ口を叩く武者小路さんが、柔らかい表情を浮かべながら僕達を見る。
「はは……でも、僕達がこうなれたのも、みんなのおかげです」
「はい……本当に、ありがとうございます!」
僕と初穂は深々と頭を下げた。
この……大切な人達に。
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