今の街、今の生活
「ありがとうございましたー!」
既に深夜0時を過ぎたファストフード店の中、フロアの掃除をしているとやっと最後の客が店を出て行った。
「“直江”くん、お疲れ様。もう上がっても大丈夫だよ」
「あ、はい……」
にこやかに声を掛けてくれた店長に対し、僕は表情も変えずにそっけなく返事をした。
「オイオイ! 相変わらず不愛想だな! ホラ、ちゃんと笑顔だろ!」
「“佐々木”先輩……」
ニカッと笑いながら少し強めに背中を叩いた佐々木先輩を、僕はジト目で睨んだ。
これだから、体育会系は……。
「ハハッ! 相変わらず、優太は顔に出やすいなあ!」
「う……」
そんな佐々木先輩に指摘され、僕は思わず顔を逸らした。これ以上余計なことを言われたらたまらないからね……。
「まあまあ、直江くんだってこの店に来たばかりの時と比べれば、大分愛想よくなったから」
「はあ……」
店長は慰めてくれてるのか、苦笑しながらそう言うけど、僕は曖昧に返事をした。
でも、まあ……あの頃に比べれば、僕も少しはましになったってこと、かな……。
「それより優太! 今度の合コン人数足らなくてピンチなんだ! 頼むから一緒に来てくれよ! 俺を助けると思って!」
そう言って、佐々木先輩は両手を合わせて拝む。
「……すいません。今回も……」
「うぐう……お前はこんなに困ってる先輩を見捨てるのかよお……」
佐々木先輩が僕に抱き着いて懇願するけど、それでも……僕には無理だ……。
「……本当に、すいません」
「ハア……そっか。しゃーない、今回も他の奴に頼むかあ……」
肩を竦め、苦笑する佐々木先輩。
本当に、僕にはもったいないくらい良い先輩だ。
思えば、入学式の時にフットサルサークルの勧誘で声を掛けられてから、だったっけ……。
僕も、まさか同じ高校のあの佐々木先輩が同じ大学だったなんて思わなくて、気まずくて、僕は足早に逃げ去ろうとしたのに、強引にサークルに入れられて。
それからこの一年半の間に、このバイトにも無理やり引き込まれて、事あるごとに合コンに誘ってきて。
それもこれも……僕の高校時代のことを知ってるから、こうやって気遣って、でも、押しつけがましくなくて……。
……おかげで僕は、あの街から逃げ出した時と比べて、最低限の事務的な会話ができる程度にはなったんだから。
「それじゃ、お疲れさまでした」
「おう! お疲れ!」
「直江くん、お疲れ様」
二人に挨拶をして、僕は店を出た。
この後は、いつものようにコンビニへ寄って明日の朝食用にパンと牛乳を買う。
もっと栄養のあるものを食べたいところだけど、残念ながら僕には料理センスが皆無だったらしく、試しに作ったら人が食べられるものじゃなかった。
実家からの仕送りには手を付けられないから、できれば自炊したいんだけど、ね……。
一応、学費に関しては奨学金で賄っているけど、アパートの家賃は両親が支払ってくれているし、生活費もそれなりには送金してくれている。
だけど、僕はそのお金に手を付けたくはない。
僕は……あの両親と決別したいんだ。
あの公園でアイツ……ひよりを完全に拒絶してしばらくした後、突然、ひよりの両親が家にやって来て謝罪してきた。
元々近所ということもあって、僕の家とひよりの家は家族ぐるみで付き合いがあったし、最近のひよりの様子がおかしかったので問い質したら、ひよりは全てを白状したらしい。
はは……両親があのことを知った時は……。
『なんで私達に言わなかったんだ』
これが、第一声だったっけ。
僕は何も言わずに、また部屋に戻って引きこもったけど、どういう思いであの両親はそんな無慈悲な言葉を僕にぶつけてきたんだろう。
僕に、全てを説明しろと?
『ずっと好きだった幼馴染で彼女のひよりに浮気されて、しかも、僕は親友に寝取られてしまいました』、そう告白しろと?
男として僕は駄目なんだと……惨めな思いをして当然なんだと、そしてそれを受け入れろと?
だけど、両親はそんな公開処刑のような真似を強いていることには、思い至らなかったんだ。
こうなってしまったら、僕と両親に溝ができて当然だ。
だって、あの両親を信用も信頼もできないんだから。
だから……大学生活はバイトをして自力で生活をして、かつ、何としてでも四年で卒業しないといけない。
もうこれ以上、わずらわしい思いをしなくてもいいように。
あんな惨めな過去から、誰にも縛られずに逃げられるように。
「ふう……」
安アパートの前まで帰ってきた僕は、自分の部屋……二階の一番奥の部屋を眺める……って。
「あれ?」
隣の部屋に灯りがついているのを見て、僕は首を傾げる。
というのも、その隣の部屋には誰も住んでいなかったはずなんだけど……。
「……新しい入居者、かな」
ハア……今までは隣がいなかったから、人と接することもなくてよかったんだけどなあ……。
少し憂鬱な気分になりながら、カン、カン、と金属の階段を上がって部屋へと帰る……と。
「あ……」
「……(ペコリ)」
タイミングの悪いことに、隣の部屋の人とバッタリ出くわしてしまった……。
でも、隣の部屋の人は無言で会釈をするだけで、顔を伏せて足早に立ち去っていった。
「……しかも、女の人かあ……」
もう、女の人となんて関わり合いになりたくないのに……。
手のひらで顔を押さえ、ガックリとうなだれながら僕は部屋の中に入った。
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