おもちゃの鍵
――ガチャ。
初穂と高橋刑事が取調室に入って二時間が経ち、ようやくその扉が開いた。
「初穂……お疲れ様」
「あは……ありがと……」
初穂はニコリ、と微笑むけど……その顔は明らかにやつれていた。
余程、ショックな話を聞かされたりしたんだろう、な……。
「お父さんの遺体については、司法解剖が終わり次第、すぐにご連絡します。ただ……面会については、おすすめしません」
遅れて出てきた高橋刑事が、複雑な表情を浮かべながらそう告げた。
「それは、どうしてですか?」
「……先程、柿崎さんにもお話ししましたが、死後結構な時間が経過していて、遺体の損傷がそれなりにありまして……」
「ああ……なるほど……」
高橋刑事の説明に、僕は頷く。
でも、面会するかしないかは、初穂の意思だ。
僕は彼女をチラリ、と見やると。
「……私、面会を希望します……」
「……分かりました。手配しておきます」
高橋刑事は深く息を吐き、頷いた。
「では、これで事情聴取も終わりですので、お引き取りいただいても大丈夫ですよ」
「はい……失礼します……」
「失礼します」
僕は、足元のおぼつかない初穂を支えながら、警察署を出た。
「初穂……」
「あは……だ、大丈夫……それより、部屋に戻ったら話を聞いてもらっても、その……いいかな……?」
「もちろん」
縋るような瞳で見つめる初穂に、僕は力強く頷く。
僕が……彼女を支えるんだ……!
タクシーを拾い、僕達のアパートへと帰る。
その間……お互い手を握りながら、終始無言だった。
「初穂……コーヒー、飲む?」
「ん……」
僕はマグカップを二つ取り出し、インスタントコーヒーを入れて熱湯とミルクを注ぐ。
初穂と一緒に暮らすようになってから、コーヒーを入れるのは僕の役目だ。
「はい」
「ん……ありがと……」
息を吹きかけて冷ましながら、初穂はコーヒーを口に含む。
「……お父様、自殺の可能性が高い、って」
しばらく沈黙が続いた後、不意に初穂が口を開いた。
「……そっか」
「うん……それでね?」
それから、初穂は事情聴取の内容について話してくれた。
初穂の父親……柿崎穂高は、〇〇県の山中で、たまたま山菜を採りに来ていた地元住民によって発見されたらしい。
発見当時は首を吊っていた状態で、時間が経っていたせいかその身体は腐敗が進んでいたとのこと。
地元警察が現場検証をした結果、その付近に遺書などは見つからなかったものの、着ていた服装や背格好などから、指名手配中の柿崎穂高の可能性が出てきた。
そのため、例の巨額詐欺事件を担当している警視庁が、地元警察から遺体の身柄を引き受け、司法解剖を行っている最中らしい。
「……それで、警察は身元確認と何か情報がないかということで、今の担当の高橋刑事が来たんだって……」
そこまで一息に話し終えると、初穂は少しぬるくなったコーヒーを口に含む。
「あは……もちろん、お父様とはずっと会ってもいないどころか、会話すらしたことないし……手紙のやり取りだって、全然ないから……」
「……………………………」
「でも……でも、ね? この二年間、ずっと逃げ続けていたお父様が、どうして今になって自殺なんてしたのかなって……! どうして……一言も遺してくれなかったのかな、ってえ……!」
「初穂……」
とうとう堪え切れなくなった初穂が、ぽろぽろと涙を零した。
……この部屋に引っ越してから、ようやく初穂は泣くこともなくなったのに……なんで彼女ばかりがこんな目に遭わないといけないんだよ……!
「グス……そ、それと……刑事さんにも言ってないんだけど、その……お父様が持っていたっていうおもちゃの鍵……」
それでも、両手で顔を覆いながら、初穂は一生懸命に僕に伝えようとする。
その姿が、僕には苦しくて仕方がない。
「……あれ、お母様がまだ生きている時に、家族で埋めたタイムカプセル……それの鍵、なんだ……」
「タイム、カプセル……」
僕は、初穂が告げた“タイムカプセル”って単語を反芻する。
ひょっとして……。
「ね、ねえ初穂……あくまでも憶測でしかない、んだけど……」
「あは……うん、優太の言いたいこと、分かるよ……そのタイムカプセルに、お父様が何かを入れたんじゃないか……でしょ……?」
……やっぱり初穂は、最初からそのことを推察していたか……。
「……じゃあ、そのタイムカプセルを掘り返してみないと、だね」
「うん……」
「それって、どこなの……?」
「子どもの頃、家族でいつも遊んでいた公園の木の下……」
そこに……柿崎穂高は、遺書めいたものを……。
「……いずれにしても、そのタイムカプセルを掘り返すのは、初穂の心が落ち着いてからにしよう」
「あは……こんな時だって、優太にとっては私が最優先なんだね……」
「もちろんだよ……僕が一番大切なのは、初穂であってタイムカプセルじゃないから」
そうとも。
僕は別に、巨額詐欺事件の真相だったり、柿崎穂高がどんな思いだったかなんて、そんなものに興味はない。
僕にとっては、初穂だけなんだから……って!?
「うわ!?」
突然、僕は初穂に引き倒され、膝枕をする格好になった。
「は、初穂!?」
「ん……優太、昨日は私のことずっと見守ってくれてたから、寝てないでしょ? だから、ちょっと休んで?」
「い、いや、僕は大丈夫だから……」
そう言うと、何故か初穂は口を尖らせてしまった。
「……私が大丈夫じゃないの。もし、優太に何かあったら……消えちゃったら、もう……無理だもん……」
「初穂……」
くしゃくしゃになった初穂の顔を見上げながら、僕はその髪を撫でる。
「はは……僕は、絶対に初穂の傍から消えたりなんてしない。僕は初穂の傍にいないと、それこそ消えてしまうから」
「あは……もう」
ようやくクスリ、と笑った初穂を見て、僕は口元を緩めた。
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