確認
「……朝に、なっちゃったね……」
「うん……」
窓から差し込む光をぼんやり眺めながら、僕達は呟いた。
このまま、こうしていても何も前に進めないし、何も救われないことは分かっている。
でも……それでも、この無為な時間が、少しでも初穂が受け入れるための時間になってくれれば……。
初穂の綺麗な瑠璃紺の髪を撫でながら、そんなことを願っていると。
――ピコン。
「……メッセージ?」
虚ろな瞳で、初穂は床に転がるスマホを眺める。
そして……スマホを、手に取った。
「……あは。琴音がね? 今日、一緒に晩ご飯どうかって」
「……そっか」
「じゃあ……ちゃんと、お断りの返事をしないと、ね……だって」
スマホ画面から視線を外し、初穂は僕の顔を見た。
「警察に……お父様に、会いに行かないと、だもん……」
「っ!? は、初穂……」
彼女の言葉に、僕は困惑する。
昨日の今日で、まだ無理する必要はないんじゃ……。
「あは……早く行ってあげないと、お父様が可哀想、だもん……それで、ね……? もし、君がよければ、その……一緒に、来てほしい、な……」
「っ! そんなの、当然だから!」
「うん……優太、ありがとう……」
初穂は僕の頬を撫で、ニコリ、と力なく微笑んだ。
◇
「いやはや、お待ちしてましたよ」
警察署に到着するなり、高橋刑事が出迎えた。
「そ、それで、お父様は……」
「ああー……すいません、今は司法解剖に回しているため、面会できないんですよ」
「そ、そうですか……」
「ですので、まずは遺留品を見ていただいて、あなたの父親のもので間違いないかどうか、確認をしてほしいんです」
そんな会話をしながら、遺留品の保管している部屋へと案内された。
「そ、その……彼……直江優太も、一緒でもいいですか?」
初穂がおずおずと尋ねると。
「……今回は特別ですよ」
僕を一瞥した後、不服そうに承諾した。
昨日の件があるから、僕のことをよく思ってないんだろう。別に構わないけど。
「こちらが発見された時に身につけていたものです」
「あ……」
会議テーブルの上に、ビニールの袋に入った持ち物の数々が並べられていた。
タバコ、オイルライター、車やどこかの部屋の鍵……それらを一つ一つ見つめるたび、初穂は軽く息を漏らす。
「……どうです?」
「は、はい……このライターと車のカギは、見覚えがあります……それに、このタバコの銘柄……父が愛用していました……」
「やっぱり。すると、柿崎穂高で間違いなさそうだな……って、おっと失礼。失言でした」
僕にジロリ、と睨まれ、高橋刑事は肩を竦めて苦笑した。
その時。
「これ……は……」
「それが……調べたところによると、結構古い年代のおもちゃの鍵みたいでしてね? なんでこんな物を持っていたのか、見当がつかないんですよ……柿崎さん、コレ、何か分かります?」
「……多分、私が小さい頃に買ってもらった、おもちゃのものだと思います……」
「そうですか……ひょっとしたら、あなたとの思い出の品として、持っていたのかもしれませんねえ……」
思い出の品、ね……。
高橋刑事の言葉を聞いた瞬間、僕は怒りがこみ上げてきた。
この二年間、初穂を放ったらかしにしておいて……初穂が苦しんでいるのに、自分は逃げ続けて……!
なのに、自分は初穂の思い出を大切にしていて!
だったら! だったらなんで、初穂のことを考えてやれなかったんだよ!
初穂が……初穂が、どれだけ苦しんだと思ってるんだよ……!
「優太……」
すると、初穂が僕の手を握って、瞳に涙を浮かべながら微笑んだ。
まるで、『私は大丈夫だよ』って、そう言っているみたいに……。
「……はは。事件を追っかけている私としちゃ、非協力的な態度は困るところなんですけど……お兄さん、本当に彼女のことが大切なんですねえ……」
そう言って、高橋刑事が口の端を持ち上げた。
は? 初穂が大切なのは当たり前だけど……この刑事、何を言い出すんだ?
「あは……優太、血が出てるよ……?」
「へ……? あ……」
指摘した後、初穂がハンカチで僕の口を拭ってくれた。
血がついているところを見ると、どうやら無意識のうちに唇を思い切り噛んでいたみたいだ。
「さてさて……それじゃ、身元も判明したことですし、お話を伺ってもいいでしょうか?」
「そ、それは……優太は一緒じゃ、その……」
「すいません。事情聴取になりますので、こればっかりは……」
そう言われ、初穂は肩を落とす。
ハア……どうにか一緒に事情聴取を受ける方法はないものか……。
「……決して柿崎さんに失礼な真似をしたりはしません。それはお約束します」
今までどこかヘラヘラしていたような印象を受けていた高橋刑事だったけど、真剣な表情で初穂と僕にそう告げた。
……仕方ない、か。
「初穂……僕は、部屋の前で待っているよ」
「優太……うん」
「では、こちらへ」
初穂と高橋刑事は取調室へと入り、僕はその部屋の前にあるベンチに掛けて彼女が戻るのを待った。
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