諦めた夢を、叶えるために
「優太ー! ソッチ持って!」
「了解です」
日曜日になり、まずは木下先輩の荷物を佐々木先輩の住むアパートへと運び込む。
といっても、大きな家具は引っ越し業者が実家に戻すらしく、必要最低限なものだけなんだけど。
なので、引っ越し業者が運び出すもの以外は、僕達だけでやろうってことになった。
ちなみに、今回の引っ越しに際して、僕も初穂も住民票は異動していない。
まあ、僕は元々実家のままだしね。
初穂は……住民票は事件前の実家があった場所のままだ。
だけど、それも仕方がない。初穂はあのクズに執拗に追い掛け回されていたんだから。
でも、いつか……僕も彼女も、住民票を一緒にしようと思う。
だって、もう初穂には僕がいるんだから。
「初穂ちゃん、ありがとねー!」
「い、いえ! むしろ私達のために引っ越してくださるんですから、こちらこそ本当にありがとうございます!」
「初穂ちゃん……前から言おうと思ってたんだけど、優太くんと違って初穂ちゃんは大学の後輩ってわけじゃないし同い年なんだから、敬語とかいらないからね?」
ちょっとだけジト目で見ながら、木下先輩が初穂にそう告げると。
「んふふー、優太の大切な先輩ですから、そういうわけにはいきません。私も敬意を込めて“木下先輩”って呼ばせていただきます」
「ええ!? まさかのヤブヘビ!?」
はは、初穂ったら、してやったりみたいな顔してるし。
「ハハ! 初穂ちゃん、いい表情するようになったな!」
「先輩……はい!」
そんな木下先輩と初穂のやり取りを見ながら、僕と佐々木先輩はによによする。
すると。
「木下先輩、初穂先輩、手伝いに来ましたわ!」
「琴音!」
まさかの武者小路さんが手伝いに来てくれた。
言っても武者小路さんってお嬢様だから、引っ越しをする姿のイメージが湧かないんだけど。
「……何か言いたそうね」
「め、滅相もない!」
武者小路さんにジロリ、と睨まれ、僕は荷物を運びながらそそくさと退散した。
相変わらず……というより、初穂と付き合うようになってから特に目の敵にされてるような気がする……。
そして。
「よし! これで荷物運びは終わりだな!」
木下先輩の荷物を全て出し終え、部屋がスッキリ……というか、がらんとなった。
「それじゃ、佳純の荷物を俺の部屋に下ろして、優太達の荷物を運びこむかー」
「はい」
僕と佐々木先輩は荷物を積んだ軽トラックに乗り込むと。
「優太、先にアパートで待ってるね!」
「うん」
初穂達に見送られ、佐々木先輩の部屋へと向かった。
◇
「それじゃ、夜の七時に駅前集合な!」
「はい! ありがとうございました!」
全ての荷物を運び終え、佐々木先輩と木下先輩は軽トラックを返しに行き、武者小路さんも一旦家に帰った。
「さあ、時間になるまでの間に、できる限り荷ほどきしないとね」
「うん!」
僕と初穂は、次々とダンボールを開封し、荷物を整理する。
「んふふー、これだけ大きな流し台だと、腕の振るい甲斐があるなー」
流し台を眺めながら、初穂が嬉しそうに微笑む。
「ねえねえ、これだったら一緒に料理とかできるんじゃないかな?」
「そ、そう?」
うぐう……僕は料理が大の苦手なんだけどなあ……。
「あは、大丈夫だよ! 私がちゃんと手取り足取り教えてあげるから! だから今度……一緒に料理、しよ?」
「そ、そうだね!」
ハイ、こんな上目遣いでおねだりされたら、断るなんてムリだよね。
おかげで、満面の笑みを浮かべながら返事しちゃったよ……。
「でも……あのアパートも、たまには様子を見に行こうね」
「そ、そう? あのクズに嫌がらせされたところだし、あまり近寄りたくないんじゃないかって思ってたけど……」
「あは……だけど、あのアパートは私と優太を引き合わせてくれた大切な場所でもあるから……」
「あ、そうか」
うん……初穂が僕の部屋の隣に引っ越してきてくれたからこそ、こうやって一緒にいられるんだもんな……。
「それでも、これからこの部屋で、僕達は一緒に暮らしていくわけなんだけど……」
「? どうしたの?」
僕はチラリ、と初穂を見やると、彼女は不思議そうに僕を見つめた。
うん……せっかくの新しい門出になるわけだし、今言ってしまおうかな……。
「ええと……実は、提案したいことがあるんだけど……」
「提案?」
「うん……これなんだけどね?」
僕はカバンから二通の書類を取り出すと、初穂が目を見開いた。
「こ、これ……!」
「うん……再来年度の入学案内のパンフと、奨学金の申込用紙」
実は一昨日、大学の庶務課と奨学課に行って、それぞれもらってきたんだよね。
「あ、あは……君も知ってると思うけど、私……高校を中退してる、から……」
「でも、高卒程度認定試験を受ければ、大学を受験できるよ。それに君の場合は、高校で全ての授業を受けているから、試験そのものが免除になるだろうし」
「で、でも、お金が……」
「それは奨学金があるし、生活費なんかは僕が受け持つから」
「だ、だけど! 今から合格するのなんて無理だよお……」
「大丈夫、受験まで一年あるよ。それに君は一度合格してるんだから」
初穂が大学受験できない理由を並べるけど、それは僕が全部否定する。
僕はもう一度、初穂に夢を目指してほしいんだ。
だから。
「ね? もう一度、頑張ってみようよ。そのためなら、僕はどんなことだってサポートするから」
「ゆ、優太あ……っ!」
顔をくしゃくしゃにした初穂が、僕の胸に飛び込んだ。
「私……私、また目指していいんだよね……? 夢を諦めなくて、いいんだよね……?」
「もちろんだよ。初穂には、夢を叶える権利がある。そして、僕と一緒に大学に通おうよ」
「うん……うん……!」
初穂と一緒に過ごす大学生活を夢見ながら、僕は泣きじゃくる彼女の背中を優しく撫でた。
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