幼馴染の恋人と親友に裏切られた僕は、君のいるこの街から逃げ出した。
それから、僕は夏休みの間、家から一歩も出なくなった。
ひよりは心配して僕の家に何度も訪ねてきたけど、母さんに言って追い払ってもらった。
和樹は……一度も家に来たことはない。
二学期が始まっても、僕は学校に行かずにあの公園のブランコに座っていた。
当然、学校側は家に連絡して、僕が学校に来ていないことを両親に伝えた。
なんで学校に行かないのか、一体どうしたんだ、と、父さんも母さんも問い詰めるけど、僕はヘラヘラと嗤うばかりで答えてやらなかった。
そうして今日も、僕は学校に行くフリをして公園のブランコに座っていると。
「優くん……」
声を掛けられ、振り返る。
……そこには、心配そうな表情で見つめるひよりがいた。
本当に……反吐が出る。
僕は無言でひよりの横を通り過ぎ、その場を去ろうとすると。
「っ! 優くん待って!」
ひよりは僕の腕をつかみ、制止する。
「……離して」
「ねえ、どうしたの!? 夏休みから優くん、おかしいよ!」
僕の胸に飛び込み、上目遣いで必死に問い掛けるひより。
それが僕には、どうしても気持ち悪くて。
――どん。
「っ!?」
「お、おええええええええええええッッッ!」
堪え切れず、ひよりを突き飛ばしてその場で吐いてしまった。
あの日と、同じように。
「ゆ、優くん!? 大丈夫!?」
そんな僕を見て、ひよりが慌てて駆け寄ろうとするけど。
「来るな!」
「え……?」
「来るなよ……汚いんだよ……」
「汚くないよ! 優くんが吐いたもの、汚くない!」
はは……何を勘違いしてるんだ?
汚いのは、吐いたものじゃなくてオマエなのに。
「なあ……なんで、僕に声なんて掛けてきたんだ?」
「な、なんでって、私は優くんの幼馴染で、彼女……だし……」
彼女って言葉を言った瞬間、ひよりは視線を逸らした。
その姿が、どうしようもなく僕の心をグチャグチャにかき回して……!
「いいよ……もう、別れよう……って、そもそも付き合ってたのかどうかも怪しいけどね……」
「! な、なんで……」
「分からない? 本気で言ってるの?」
ジロリ、と睨みながら問い掛けても、ひよりは首を傾げるばかりで本当に分からないみたいだ。
多分、和樹と逢っていたことなんて、当たり前すぎてなんとも思ってないんだろう。
僕は、そんなひよりが……っ!
「……僕がバイトしてる裏で、和樹と逢ってたくせに!」
「っ!?」
ああ……言ってしまった……。
今まで、自分の目で見て、自分の耳で聞いて、それでも信じたくなくて、耳を塞ぎ続けてたのに……。
もう……これで僕は、本当の事から逃れられなくなってしまった。
「あ……そ、その……」
「……もういいから、離せよ」
僕は強引にひよりを押し退け、公園から立ち去った。
――ピコン。
家に帰ってベッドの中に入って目を瞑るけど、さっきからスマホの着信音がうるさくて寝られない。
『会って話がしたいの』
『和樹とは本気じゃない』
『私が好きなのは優くんだけ! 信じて!』
ひよりの都合のいい言葉で画面が埋め尽くされているスマホを、僕は握りしめると。
――ガンッッッ!
全力で壁に叩きつけ、そして。
――ガンッ! ガンッ! ガンッ!
スマホを拾い上げ、机の角に叩きつける。
何度も、何度も、何度も。
カバーがひしゃげ、ディスプレイは粉々になり、もうボタンを押してもうんともすんとも言わない。
「これで、やっと静かになった……」
そう呟いて、僕はまたベッドに潜った。
◇
結局、二年の間は一度も学校に通わなかったので、当たり前だけど僕は留年になった。
それを機に、僕は両親の勧めで引きこもりが社会復帰のために通う、定時制の高校に転校した。
とはいえ、あの一件以来人間不信になった僕は、誰とも……両親とすら会話することもなく二年が過ぎ、高校を卒業した。
だけど冗談半分で大学受験したところ、何故か合格してしまい、まさかこの春から遠く離れた東京の大学に通うことになるなんて、思いもしなかった。
まあ、既に僕と両親との仲も最悪だし、何より、ひよりのいたこの街から離れたかったので好都合ではあるんだけど。
「ふう……」
ようやく荷造りを終え、深く息を吐きながら窓の外を眺めると、下弦の月が明々と輝いていた。
気分転換に窓を開けて空気を入れ替える。
すると。
「…………………………」
そこには、家の前で僕の部屋を見上げていた、ひよりの姿があった。
でも、僕がジロリ、と睨んだ瞬間、顔を伏せて足早に立ち去ってしまった。
あれから、ひよりと和樹がどうなったかは知らない、
いや、そもそも興味すらない。
なのに。
「……なんで、僕はまた泣いてるんだよ……っ!」
ついさっきまでひよりがいた道路を見つめながら、僕はぽろぽろと涙を零す。
いつか……この苦しい思いが、悲しい思いが、消え去る日が来るんだろうか。
結局、その答えが分からないまま。
――僕は、この街から逃げ出した。
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