諦めない
「これって……」
僕は部屋に上がり、テーブルに残されているメモを手に取る。
そこには。
※※※※※
直江くんへ
突然、いなくなってしまい、ごめんなさい。
やっぱりこれ以上君の傍にいると、絶対に迷惑を掛けてしまうので出て行くことにしました。
短い間だったけど、優しい君に出逢えたことが、私の一番の幸運でした。
本当に、幸せでした。
さようなら。
柿崎初穂
※※※※※
何かに濡れてしわくちゃになってしまった紙に、そんな短い文章だけが書かれていた。
「あ……ああ……」
僕はその紙を握りしめ、その場で膝をついた。
「あああああああああッッッ……!」
――ダン!
――ダン!
――ダン!
悔しさで、悲しさで、切なさで、愛しさで、僕は床を拳で叩きつける。
何度も、何度も。
「なんで……なんで消えちゃうんだよお……!」
気づけば、僕はうずくまって慟哭した。
ひよりに裏切られたあの日よりも、大きな声で。
でも。
「ひよりの時とは……違う……違う、んだ……っ!」
僕は、彼女の本心を聞いていない。
ひよりが裏切ったあの時と違って、僕は彼女から何一つ聞いていないんだ!
だったら!
僕はスニーカーを履き、部屋を飛び出すと、ポケットから慌ててスマホを取り出し、佐々木先輩の連絡先をタップする。
そして。
『おう優太、どうした?』
「せ、先輩! お願いです! 助けてください!」
『っ!? ど、どうした!?』
驚いた声で尋ねる先輩。
落ち着け……落ち着け、僕!
「彼女が……柿崎さんが、手紙と大家の件で責任を感じて、部屋から出て行ってしまいました!」
『なんだって!?』
「そ、それで、僕は今から駅周辺を探しに行きますから……先輩も、探すのを手伝ってくださいっ!」
『! わ、分かった! 任せろ! コッチは佳純と一緒に大学から駅までのルートを中心に探してみる!』
「お願いします!」
走りながら通話終了のボタンをタップすると、今度は武者小路さんに電話する。
『もしもし?』
「武者小路さん! 君も手伝ってくれ!」
『え!? は、話が見えないんだけど!?』
「柿崎さんが、例の件で部屋を出て行ってしまった! 僕は駅周辺を、佐々木先輩と木下先輩は大学から駅までのルートを探すから、君も他の場所を探してくれ!」
『分かったわ! 絶対に見つけ出してみせる!』
これでよし……!
さすがにまだこの街から出て行ってしまった……なんてことはないって信じたい……。
いや、まだ街にいるはずだ!
だから……柿崎さん、今、行くから!
◇
「ハア……ハア……ッ!」
駅前に着いてから、僕はその周辺をくまなく、もう何周もして探すけど、その姿はどこにも見当たらない。
ひょっとしたら電車に乗ってしまったんじゃないかって、駅員や駅前のコンビニ、交番を含めて聞き取りをしたけど、誰も見たって人はいなかった。
彼女は誰よりも綺麗だから、少なくとも男だったら気づかないなんてことはあり得ないはず。
なら……柿崎さんは、まだこの街から出て行ってはいない。
でも。
「こ、これだけ探しても見つからない、なんて……」
夕方になり、人通りが多くなってきた駅前の雑踏の中でたたずんで、僕はポツリ、と呟く……って!
僕は気合いを入れ直すため、自分の顔を両手で思いっ切り叩く。
何をくじけそうになってるんだよ!
何を諦めそうになってるんだよ!
僕は……僕は、彼女に逢って想いを聞くんだ!
彼女に逢って……僕は、想いを伝えるんだ……!
顔を上げて前を見据え、また走り出す。
絶対に……絶対に彼女を見つけ出す!
諦めて……たまるか!
その時。
――ピリリリリ。
「っ! 武者小路さん!」
僕は慌てて通話ボタンをタップする。
「もしもしっ!」
『っ! 直江くん! ショッピングモールで目撃したって情報があったわ! 今、私は駅前に向かっているから、あなたはそこへ!』
「分かった! ありがとう!」
ショッピングモール……彼女と初めて遊んで、プレゼントして、夕陽を眺めた……あの場所かっ!
僕はギュ、と拳を握りしめ、全力で駆ける。
彼女とほんの一週間前に思い出を綴った、大切な場所へ。
◇
「ハア……ッ! ハア……ッ! す、すいません! 彼女を……柿崎さんを見ませんでしたか!」
あの黒のワンピースを買ったアパレルショップの店員さんを捕まえ、尋ねる。
「あ、こ、この前の! い、いえ、私は見ませんでしたけど……」
「で、でしたら、見つけたらこの番号に連絡をください!」
僕はスマホのディスプレイに電話番号を表示させ、店員さんに見せる。
「ちょ、ちょっと待ってください! 写真撮りますから!」
店員さんはスマホで僕のスマホ画面の写真を撮ると。
「見かけたら絶対に電話しますから!」
「お願いします!」
店員さんと別れ、今度は屋上を目指す。
お願いだから……早まった真似だけは……っ!
エレベーターのボタンを何度も連打し、イライラしながら到着を待つ。
早く……早く……っ!
到着したエレベーターへ乗り込み、扉の前で到着しだいいつでも飛び出せるように待ち構える。
――チン。
「っ! 柿崎さんっ! 柿崎さあああああああんッッッ!」
エレベーターから飛び出し、屋上の入口から大声で叫ぶ。
周囲の人は何事かと一斉に僕を見るけど……そんなの、構っていられない!
「柿崎さん! いるんでしょ! 柿崎さん!」
声を張り上げ、屋上の展望台を練り歩く。
お願いだから……僕の声が、柿崎さんの耳に届いて……っ!?
すると。
「…………………………」
夕陽に照らされた彼女が、フェンスのすぐ傍で悲壮な表情を浮かべながら僕を見つめていた。
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