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君が、いない

「おっと、そろそろ行かないと」


 ハア……大家が突然やってくるものだから、のんびり朝食を楽しむ時間もなかったよ……。


「で、柿崎さんも一緒に大学行かない?」

「あ、あは……今日はその……遠慮しとく……」

「そっか……」


 まあ……彼女だって昨日の夜の手紙と大家の来訪で、講義を受けるような気分じゃない、か……。


「それじゃ、行ってくるね」

「あは! いってらっしゃい!」


 柿崎さんは、大学へ行く僕を見送ってくれた。

 本当はつらいはずなのに、僕に気を遣わせまいと無理やり笑って……。


「……よし」


 こうなったら、徹底的にやってやろう。

 あんなフザけた落書きと手紙を出してきた連中には、二度とこんな真似できないように……いや、それこそなんでこんな馬鹿なことをしたんだと、一生後悔するほど痛い目に遭わせてやる。


 そのためなら……僕は、何だってやってやる。


 ということで。


「そうか……しっかし、マジで腹立つな!」


 僕は大学に来るなり、佐々木先輩と木下先輩、それに武者小路さんを捕まえて、食堂の一番奥のテーブルで相談した。

 僕にはなんの力もなくても、ありがたいことに柿崎さんのために力になってくれる人が三人もいるんだから。


「フフ……その連中、いい度胸ね。いいわ、初穂先輩に仇なす不届き者は、この武者小路琴音が社会から抹殺して差し上げるわ」


 そう言って、武者小路さんはニタア、と口の端を吊り上げた。


「だ、だけど……武者小路さんにそんなこと、できるの……?」


 水を差すようだけど、僕は彼女にそこまで力がないんじゃないかって思ってる。

 だって、柿崎さんが高校を中退して逃げ出した時、武者小路さんは実家からの圧力もあって何もできなかった。

 だから今回も、それほど期待できない。


「……見くびらないで。私だって、高校生だったあの時とは違うのよ。いつか初穂先輩を救うためにって、そのために準備もしてきたんだから」

「そ、そっか……ごめん……」

「とにかく、ドアへの落書きと手紙を投函した犯人については、この私が見つけ出してみせるわ。そうね……二、三日もあれば充分かしら?」


 クスクスと嗤う武者小路さんに、僕はちょっとだけ戦慄(せんりつ)した。

 うん……絶対に彼女とケンカしないでおこう……。


「俺のほうも、後輩達を使って定期的に優太のアパートを巡回させるようにするぜ。馬鹿な野郎ってのは、時々訳の分からない真似しやがるからな」

「ありがとうございます」

「でも……大家ともこじれてるんだったら、いっそのこと引っ越しちゃえば?」

「お、いいなそれ!」


 木下先輩の提案に、佐々木先輩がポン、と手を叩いて頷く。


「ひ、引っ越しですか……」


 確かに、それも選択肢としてはあった。

 でも……引っ越すためには実家に……あの両親に、話をしなくちゃいけなくて……。


「それでね? 実は私、もうすぐ引っ越そうと思ってるの。その部屋に、二人で住んじゃえば?」

「え!? 木下先輩が引っ越し!?」

「うん。しかも私の今のアパートって、親戚のおじさんがしているところだから、そんな馬鹿が湧いたからって出て行けなんて言ったりしないし、それどころかあなた達の力になってくれるわよ。おじさん、そういう連中すごく嫌いだし」


 そ、それだったら、ありがたいけど……。


「そ、その……いいんですか……?」

「うん! ということで光機、よろしくね?」

「おお!? ま、まさか俺の部屋に引っ越してくるつもりかよ!?」

「……なあに? いけないの?」

「ハハ! まさか! ……つっても、今だって一緒に住んでるようなモンだしな」

「そうそう!」


 そう言ってからからと笑う二人の先輩。

 本当に……僕達のために、ありがとうございます……。


「そういうわけで、親戚のおじさんには話をして、早ければ今週末にでも引っ越しちゃうから」

「オイオイ、急だな……」

「何言ってるの。早く空けてあげないと、優太くんと初穂ちゃんがその間嫌な思いしちゃうでしょ?」

「それもそっか」


 うわあ……話が急転直下だなあ。

 でも、新しい部屋で柿崎さんとの新しい生活、かあ……。


「……直江くん、だらしない顔してるわよ」

「はえ!?」


 武者小路さんにジト目で指摘され、僕は思わず自分の顔をペタペタと触った。


 でも……そっか。


 僕は、やっぱり柿崎さんとの生活が、楽しくて仕方ないんだ。

 僕は、やっぱり柿崎さんとの生活が、嬉しくて仕方ないんだ。


 僕は……柿崎さんが……。


「まあとにかく、早速今日からでも動き出すとするか!」


 佐々木先輩がパシン、と手を拳で叩いて気合いを入れる。


「だね! 私もおじさんに話をつけとかないと。それて……光機、ちゃんと私の引っ越し、手伝ってよね?」

「お、おう! 当然、優太だって手伝うよな?」

「はは……そうじゃないと、僕()が住めませんしね」

「そういうこと!」


 ウーン……先週買い出しをしたばっかりなのに、また必要なものを買わないとなあ。

 それと……父さんと母さんに、話をしないと……。


「フフ……連中の絶望する顔、楽しみね……」


 そう言って、武者小路さんは不敵な笑みを浮かべた。

 はは……徹底的にやってね。


 そして僕達は解散する……んだけど。


「あ、そうそう。優太、今日はバイト入らなくていいから」

「え?」


 去り際に佐々木先輩に告げられ、僕は思わずキョトン、とした。


「当たり前だろ! お前はちゃんと初穂ちゃんの(そば)にいてやれ」

「! は、はい!」


 本当に……こういうところ、佐々木先輩ってよく見てるよなあ……。

 言葉に甘えてバイトも休ませてもらうことになったので、せっかくだし午後の講義もサボってしまおう。


 そう思い、カバンを持って足早に大学のキャンパスを出ると、一直線に柿崎さんのいるアパートへと向かった。


 すると。


「え……?」


 アパートには、いるはずの柿崎さんの姿がなかった。


 ――小さなテーブルの上に、一枚のメモを残して。

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【余命一年の公爵子息は、旅をしたい】
― 新着の感想 ―
[一言] 朝、大家ともめた時にフォロー全くしないで大学行ったらそうなるだろうが。 ここから引っ越しの時に両親に説明するとき柿崎さんの件で揉めてまたこじれそう。
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