慟哭
「う、うえ……っ」
ようやく動き出した僕の足が、ショッピングモールを飛び出してからも一向に止まらない。
まるで、おぞましいものから必死で逃げるかのように。
それと同時に、胃の中のものが逆流しようとしてくる。
今日はプレゼントを選ぶのに必死で、昼ご飯だってまだ食べてないのに。
吐くものなんて、何もないのに。
なのに。
「っ!? う、うええええええ……っ!」
とうとう耐え切れず、僕は大勢の人が歩いている中、歩道に汚物をぶちまけた。
といっても、胃の中には何もないから唾液と黄色くて酸っぱい液体しか出なかったけど。
「き、君、大丈夫かい?」
中年のサラリーマンが、僕の背中をさすりながら心配そうに声を掛けてくれた。
「は、はは……大丈夫、です……」
「あ! オ、オイ!」
なおも心配するサラリーマンの制止も聞かず、僕はふらふらとその場から立ち去った。
だけど……僕は、どこに向かってるんだろう……。
「あ、あはは……そうだ……僕は、ひよりの誕生日プレゼントを買って、それで……」
うん……そうだった。
早く家に帰って、誕生日プレゼントを旅行カバンにちゃんと入れて、海に行く準備をするんだった。
そしてひよりに電話して、八月四日のスケジュールについて話し合って、それから……。
「……全部、意味ないじゃん」
そう呟いて、ふと顔を上げると……そこは、近所の公園だった。
幼い頃、ひよりや和樹と一緒に遊んだ、思い出の公園。
それに気づいた瞬間。
「う……うげええええええええええッッッ!?」
また、強烈な吐き気が僕を襲う。
何も吐くものがないのに。
もう、僕には吐き出せるものなんて何もないのに。
溢れ出るのは……涙と叫び声しかないのに……っ!
「うげ、うえ……うえええええええええええんんん……!」
僕は泣いた。
胃液と唾液に塗れた地面に、自分の顔をこすりつけながら。
泣いたって、何も解決しないのに。
泣いたって、楽しかった昨日までの日々は戻らないのに。
泣いたって……あの、大好きだったひよりはもう、いない……のに……。
でも……でも、さっきからずっと、僕の頭の中でひよりの声がぐるぐるぐるぐる繰り返されるんだ。
『えー! いっつもソコじゃん! たまにはちゃんとベッドの上がいい!』
『まあ、しょうがないよね。優くん、つまんない上にこれといって取り柄もないし』
『そんなこと言ってるけど、和樹だって友達の彼女を寝取るだなんてひどくない?』
『えへへー、まあね。和樹、カッコイイし』
『それはー……優くん優しいし、都合がいいし? 和樹と違って』
『ちゅ……あん……も、もう……』
「うるさい……うるさい!」
僕は耳を塞ぎ、叫ぶ。
これ以上、ひよりの声を聴きたくないと。
これ以上、苦しみたくないと。
でも、僕の頭から離れてくれなくて。
ひよりの声が、嬉しそうに和樹を見つめてキスをするひよりの姿が、出て行ってくれなくて……!
「なんで……なんで、僕はあんなの見たんだよお……!」
二人を見なければ、僕はつらい思いをしなくて済んだのに。
二人を見なければ、僕は苦しまずに済んだのに。
ああ……誕生日プレゼントを選んでいた時は、楽しかったのになあ……。
綺麗な店員さんに勧められるまま、ペアリングなんて買って……『絶対に彼女さん、喜びますよ!』なんて後押ししてもらって……。
プレゼントしたら、ちゃんと指のサイズを合わせるために、あの綺麗な店員さんに『今度は彼女と一緒に、また来ますね』って約束したのに、なあ……。
「あ、はは……」
涙や吐いたもの、それに地面の砂でどろどろのくしゃくしゃになった顔で笑いながら、僕はカバンから綺麗にラッピングされた小さな箱と、何も包装されていない箱の二つを取り出す。
「これ……もういらないし、どうしようかなあ……」
二つで結構な値段をしたから、一か月分のバイト代が軽く飛んじゃったんだよなあ……。
フリマアプリで売り払ってもいいけど、そんなことしたら買ってくれた人が可哀想だよね……。
不幸な目に遭うのは……彼女と親友に裏切られるのは、僕一人で充分だ……。
人の目も気にせずに地面に寝そべりながら、そんなことを考えていると。
――ピコン。
突然、スマホが鳴り出した。
この着信音は……はは、ひよりだな……。
多分、いつものメッセージだろうけど……和樹と一緒にいるのに、マメだなあ……。
ポケットからスマホを取り出し、そのメッセージを見てみる。
『優くん、頑張れ!』
『誕生日の海デート、楽しみにしてるね!』
「は……はは……」
それを見た瞬間、お腹の底から嗤いがこみ上げてくる。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……!」
涙に塗れた僕は、夜になっても狂ったように嗤い続け……そして、慟哭した。
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