投函
「グス……先輩……」
「美琴お……」
二人はようやく落ち着きを取り戻し始めた。
うん……このままだと、いつまでたっても昼ご飯が食べられない……。
「さ、さあさあ、早く食べよう! 積もる話なんかも、食事しながらで……って」
え、ええと……なんで柿崎さんも武者小路さんも、僕をジト目で睨むんですかね……。
「ハア……優太」
「空気読まなさすぎ……」
呆れた表情の先輩二人に、ポン、と肩を叩かれてしまった……。
「本当に、しょうがないわね……」
「あは……まあ、こういうところも直江くんのいいところ、かなあ……?」
うぐう……柿崎さんまで……。
でも、そのおかげで僕達はようやく食事にありつくことができた。
「うわあ……直江くん、美味しいね!」
「はは、そうだね」
食堂の日替わりランチを食べ、柿崎さんが顔を綻ばせる。
うんうん、やっぱり彼女の食べる姿は見ていて気持ちがいいなあ。
「それで……初穂先輩は、今までどうしてたんですか……?」
「あ……」
武者小路さんに直球で尋ねられ、柿崎さんが困惑した表情で僕を見た。
「柿崎さん……大丈夫。この席は話を聞かれないようにするために、こうやってみんなを遠ざけているんだ。それに、君のことは佐々木先輩も木下先輩も知っているよ」
「初穂ちゃん……俺達も、君の力になりたいと思ってる」
「うん。だから、私達の前では遠慮したりしないでね?」
「…………………………」
それでも、柿崎さんはキュ、と唇を噛んで、僕の服の袖をつまんだ。
この二年間のことがあるから、簡単には信じられないんだろう。
僕も……彼女の気持ちはよく分かる。
「はは、もちろん無理に話す必要なんてないからね? むしろ、武者小路さんはちょっと配慮が足らないんじゃないかって思うけど?」
「……へえ、言うじゃない」
「っ!?」
氷の微笑を浮かべながら底冷えするような声でそう告げられ、僕は思わず背筋に冷たいものを感じた。
こ、これは今度のゼミ、覚悟したほうがいいかも……。
「ダ、ダメだよ美琴! 優太くんにそんなに馴れ馴れしくしちゃ!」
「え!? は、初穂先輩!?」
柿崎さんの言葉が意外だったのか、武者小路さんが驚愕と絶望の表情を浮かべた。
「お、優太もすみに置けないなー!」
「佐々木先輩、痛いです」
背中を思いきりバシン、と叩かれ、僕は佐々木先輩に抗議した。
「だけど優太くん、気をつけなよ? 初穂ちゃん、結構独占欲が強いタイプかもだし」
「っ!? そそ、そんなことないですから!」
木下先輩が揶揄うようにそう言うと、柿崎さんは顔を真っ赤にして手をわたわたとさせた。
そんな感じで、ランチタイムは和やかなムードで過ごした。
◇
「んじゃ、俺達も行くわ」
「初穂ちゃん、今度は一緒にご飯食べよ!」
佐々木先輩と木下先輩が、笑顔で手を振りながら校舎の中へと入っていった。
「……初穂先輩、また……また、私に勉強を教えてください」
「あは……もう私じゃ美琴に太刀打ちできないよ……」
「そ、そんなことないです! 初穂先輩のほうが、私よりも断然優秀ですから!」
「あ、あはは……ありがと……」
ずい、と詰め寄る武者小路さんに、さすがの柿崎さんも苦笑しながらたじろいだ。
「……直江さん。初穂先輩に何かあったら、武者小路グループ総出であなたを抹消しますから」
「なんで!?」
そんな恐ろしい言葉だけを残し、武者小路さんもこの場から去った。
そして。
「そ、その……柿崎さん、勝手な真似をしてごめん……」
僕は彼女と向かい合い、頭を深々と下げて謝った。
よかれと思ってしたこととはいえ、ただでさえ人間不信に陥っている柿崎さんに、いきなり三人に会わせたのは僕の責任だ。
でも。
「あは……直江くん、頭を上げてよ」
「だ、だけど……」
「君が信頼している先輩二人に会わせてくれたのも、そして美琴に会わせてくれたのも、全部私のため、でしょ?」
「…………………………」
「だったら、君が謝ることなんてないよ。むしろ、ここまで私なんかのために心配りをしてくれて、本当にありがとう」
そう言うと、柿崎さんはニコリ、と微笑んだ。
本当に……この女の子は……。
「はは……うん」
「じゃあ、午後の講義に行こ!」
「ああ!」
僕は柿崎さんに手を引かれ、一緒に午後の講義へと向かった。
◇
「んふふー……」
晩ご飯を食べる中、柿崎さんは嬉しそうに口元をゆるっゆるにしている。
というか、さっきから大学でのことを思い浮かべてはこうなのだ。
「はは、柿崎さんが喜んでくれて何よりだよ」
「うん! また、講義を受けたいな……」
「そうだね、また一緒に受けよう。というか、何ならこれからは毎日一緒に講義を受けてもいいんだけど」
「あう!? ささ、さすがにそれは君に悪いよ!」
僕の提案に、柿崎さんは困った表情を浮かべながら遠慮してしまった。
ウーン……本当に僕としては全然構わないんだけどなあ……。
「それより、今日のこのブリ大根もすごく美味しいね! 大根に味が染みてて最高だよ!」
「んふふー、でしょ? 今日のは結構自信作なんだ!」
「はあ……本当に、君と暮らすようになってから胃袋が満たされるなあ……」
「あは……そう言ってもらえると、嬉しいな……」
しみじみしながらそう言うと、柿崎さんは嬉しそうにはにかんだ。
本当に……柿崎さんって可愛いな……。
「あう、も、もう! そんなにコッチ見ないでよ!」
「えー……向かい合わせに座ってるんだからしょうがないと思うんだけど……」
「そ、それでも! は、恥ずかしいから……」
なかなか理不尽に叱られ、肩を落としていると。
――カタン。
「ん? なんの音だろう?」
「さあ……玄関からだよね?」
僕は立ち上がり、玄関のドアを見てみると。
「手紙……?」
新聞受けに投函された封筒を手に取るけど……宛名がない。
……さすがにここまでくると、僕にも察しがつく。
そして、それは彼女も。
「あ……ああ……!」
柿崎さんが青ざめた顔で僕と手紙を交互に見ている。
僕は無言で封を切り、中から手紙を取り出してみると。
『柿崎初穂は『柿崎ファーム』巨額詐欺事件の社長の娘だ。犯罪者は即刻追い出せ!』
そんな心ない文章が、書かれていた。
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