憧れの大学へ
「あは……いよいよ明日、だよね?」
柿崎さんと一緒に買い物……という名目で遊びに行った日曜日から一週間後の火曜日。
彼女は待ち遠しくて仕方がないのか、晩ご飯の準備をしている最中も、ご飯を食べている時も、お風呂から上がった後も、そして、布団の中に潜っている今も、何度もそのことを僕に確認している。
「はは、そうだよ。明日、僕と一緒に大学で講義を受けるんだ」
そう……時間割を見て柿崎さんが選んだ講義を、僕達は一緒に受けることになった。
一応、二コマ目の講義だから、朝もゆっくりでいい。
ちょうど講義が終わったらお昼だし、案内がてら食堂でランチをすることも、彼女には内緒だけどプランに入っていたりもする。
そして、ちょっとしたサプライズも用意して。
「ねえ……聞いてくれる?」
「どうしたの?」
「あは、実はね? 私、弁護士になるのが夢だったんだ……」
それから彼女は自分の夢について語ってくれた。
なんでも、柿崎さんは子供の頃に弁護士が主人公のゲームで遊んだのがきっかけで、弁護士という職業に興味をもったらしい。
そして、弁護士について色々と調べていくうちに、弁護士が弱い人を助ける素晴らしい職業だと改めて認識して、どんどん夢がふくらんでいったとのこと。
「……それでね? その弁護士になるための勉強がしたくて……実は、君の通っている“中法大学”を受験したんだ……」
「……そっか」
うん……そして君は、あの事件のせいで大学への入学も、弁護士の夢も、そのどちらも諦めてしまった、んだよね……。
「あは……だから、明日は私の夢の一つが叶うんだ……本当に、嬉しくて、嬉しくて……」
ただ、大学で講義を受けるだけだけど……本当の夢には届かないけど……それ、でも……君は、それを喜んでくれるんだね……っ!
「え!? ど、どうしたの!?」
「え……?」
突然、柿崎さんは大声を出して僕の顔を両手で挟んだ。
それが僕には訳が分からず、思わず困惑する。
「だ、だって、直江くん、泣いてるから……!」
「僕が、泣いてる……?」
そう指摘され、自分の顔を撫でると……本当だ。
どうやら僕は、彼女のことを想って泣いてしまったらしい。
彼女の、本当に些細な夢へのやるせなさに……。
「はは……ご、ごめん。なんでもないから……」
「ホ、ホントに……?」
僕はグイ、と涙を拭ってそう言うけど、それでも彼女は心配そうに僕を見つめる。
本当に……この子はどこまで優しいんだろう……自分だって、つらくて仕方ないはずなのに、僕なんかを心配して……。
なら、僕がこれ以上、彼女を心配させるわけにはいかないね……。
「本当に、大丈夫! なんでもないよ!」
そう言って、僕は無理やり笑顔を作ってみせる。
「……プ……あはは! 相変わらず変な顔だよ!」
「えー! そ、そんなことないよ!」
どうやら僕は、また笑顔を作るのに失敗したらしい。
でも、彼女はそんな僕の顔を楽しそうに笑ってくれた。
「うん……やっぱり私、君のその顔が大好きだよ!」
「はえ!?」
柿崎さんから不意に放たれた言葉に、僕は思わず変な声を出してしまった。
はは……大好きって……。
「も、もう寝る! おやすみ!」
「あ……ご、ごめん、怒っちゃった……?」
布団に潜って背を向けてしまった僕に、彼女は不安そうに尋ねる。
違うんだ、柿崎さん……僕は……僕は、ひよりに裏切られて、和樹に奪われて、もう誰かを好きになるはずないって思ってたのに、もうどんな感情も湧かないって思ってたのに……なのに……。
僕は、君のくれた、大好きって言葉が嬉しかったんだ……。
「お、怒ってないよ……」
「ホ、ホントに……?」
「うん……」
僕の返事を聞いてようやく安心したのか、柿崎さんは軽く息を吐いた後、布団の中に入ったみたいだ。
そして僕は、自分の胸の鼓動がうるさくて、ほとんど眠れなかった。
◇
「早く! 早く行こうよ!」
「ちょ、ちょっと待って!?」
嬉しそうにはしゃぐ柿崎さんに手を引っ張られ、僕は思わずよろけそうになる。
まあでも……はは、本当に彼女も大分笑ってくれるようになったなあ……。
不審者が来たあの時なんて、本当に絶望したような表情を浮かべてたのに。
すると。
「ね、ねえ……私って、大学生っぽく見えるかな……」
急に不安になったのか、おずおずとそんなことを尋ねてくる。
「もちろん!」
そう言って僕はサムズアップするけど……うん、多分目立ちそう。
だって……柿崎さん、メッチャ可愛いし。
ちなみに、柿崎さんはこの前買った黒のワンピースを着ている。
大学で授業を受けるって決まった時から、『絶対にこれを着ていくんだ!』ってはしゃいでたもんなあ。正直嬉しい。
そして。
「うわあああ……!」
柿崎さんは大学の門の前で校舎を見上げ、感嘆の声を漏らした。
「はは、早く入ろう」
「うん!」
僕達は一緒に今日の授業が行われる講義室を目指す……んだけど。
「「「「「…………………………」」」」」
……案の定、男連中が柿崎さんをメッチャ見てる……。
「あ……や、やっぱり私、変なのかな……それとも、私のこと……」
うん……ハッキリ教えてあげたほうがよさそうだ。
そうじゃないと、変に誤解しちゃいそうだし。
「……違うよ柿崎さん。みんなは君が可愛いから見てるんだよ」
「あう!? わわ、私が可愛い!?」
「そうだよ……僕が思うに、この大学の女の子が束になってもかなわないくらいに可愛い」
いやあ……そうじゃないかなー、とは思ってたけど、柿崎さんって自分が可愛いって自覚がないんだなー……。
「そ、そっか……ねえ」
「ん?」
「君も、その……私のこと、可愛いって思う……?」
顔を真っ赤にしながら、上目遣いでおずおずと尋ねる柿崎さん。
だから。
「もちろん。柿崎さんはすごく可愛いよ」
「あ、あは……そっか……嬉しいな……」
そう言うと、柿崎さんは口元を緩めながら恥ずかしそうにうつむいた。
「おっと、もうすぐ講義が始まっちゃう。急ごう」
「あ、う、うん!」
僕達は、大急ぎで講義室へと向かった。
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