彼の温もりを、私にください③
■柿崎初穂視点
「グス……ご、ごめんなさい……」
ようやく落ち着きを取り戻した私は、まず彼に謝った。
心配をかけてしまったことについてもそうだし、私……すごく失礼なことを言ったと思うから……。
でも、彼はそんなこと気にしてなくて、むしろ驚くような提案をしてくれた。
「あ、あくまで提案なんですけど……た、例えば、どこか遠くに引っ越したフリをして、この部屋で暮らす、とか……」
こうやって一晩傍にいてくれるだけでも申し訳なくて仕方ないのに、まさかそんなことを言ってくれるだなんて……。
「あ、そ、その、提案は本当に嬉しいんですけど……い、いいんですか? 迷惑になったり、しません……か……?」
さすがにそれは悪いっていう思いと、それでも、こんな“犯罪者の娘”である私と一緒にいてくれる奇跡への渇望がぶつかりあった結果、そんな言葉を彼にぶつけてみた。
「ぼ、僕はいいですよ……」
「あ……は、はい……っ!」
夢だと思った、
受け入れてもらえるなんて……本当に、奇跡だよ……っ!
それから私の部屋から布団と荷物を運んで、彼……直江くんと一緒に並んで寝る。
あは……よく考えたら私、男の人と二人っきりで同じ部屋にいるなんて……ううん、男の人とこんなにお話するなんて初めてなのに、そんなことも考えられないくらい、余裕がなかったんだね……。
そしてこの時、私は知ったんだ。
“直江優太”くん……世界一素敵な、男の子の名前を。
◇
「あは……まだ一週間しか経ってないのに、本当に色々なことがありすぎだよお……」
隣で気持ちよさそうに眠る直江くんの寝顔を眺めながら、私は口元を緩める。
彼と一緒にこの部屋で住むようになってから、毎日が幸せの連続だった。
この二年間の私の生活の全てが嘘のように、私の中には直江くんとのことで全部埋め尽くされちゃったよ。
夜の暗がりで息を潜めていた生活も、今では明かりをつけるのも、テレビをつけるのも当たり前になって。
一人ぼっちで味気なかったご飯も、美味しそうに食べてくれる直江くんが目の前にいて。
ぼさぼさでなんの手入れもしていない髪を、彼は綺麗だって言ってくれて。
「ダメだ……思い出したらキリがないし、それに、どうしても顔がにやけちゃう……」
もちろん、私だって直江くんと一緒に暮らす上で、打算的なところもある。
髪を少し長めのボブカットにしたのだって、彼が喜んでくれると思ったから。
料理だって、彼が喜んでくれるようにって、好みの傾向を必死でつかんで、献立を考えて……。
だって……私は今の暮らしを手放したくないから。
彼の傍から、離れたくないから。
今日も、彼と一緒に必要なものを買いに行くことが目的だったのに、私を楽しませるんだって、高めのイタリアンレストランでランチを食べて、あんな素敵なワンピースをプレゼントしてくれて……。
あのビルの屋上の展望台で提案してくれた、大学の授業参加だって……。
「あは……こんなのが毎日続くんだもん……どうしたって泣いちゃうよお……っ!」
ダ、ダメ……考えただけで涙が止まらなくなっちゃう……!
私はグイ、と腕で涙を拭い、また直江くんを見つめる。
ねえ……どうして君は、そんなに優しいの?
ねえ……どうして君は、こんな私を受け入れてくれるの?
私は……君に何一つ返せないのに。
私は……君に迷惑しかかけてないのに。
だからこそ。
「……うん。ちゃんと準備しないと、ね……」
いつか、直江くんとお別れする覚悟を決めておかなきゃいけない。
アイツ等は、また私の居場所を見つけ出してくるはず。
彼はそんなの気にしないでくれるし、私のことを気遣ってくれることも分かってる。
でも……私は、彼に迷惑なんてかけたくない。
だって。
「……私の、世界で一番大切な人だもん」
たった一週間かもしれない。
世界一チョロイのかもしれない。
でも……それでもいい。
私は、直江くんが愛おしくて仕方ない。
だからこそ、その時は……。
「彼の傍から、消えよう……」
だけど……せめて……せめてそれまでは、彼の傍にいさせてください。
彼の温もりを、私にください。
そう願い、私は布団に顔をうずめ、声を押し殺して泣いた。
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