彼の温もりを、私にください②
■柿崎初穂視点
私は“憧渓女子大附属女子高”に退学届を提出し、“中法大学”にも入学辞退を申し出た。
そして実家を離れ、とりあえず借りていたアパートへと逃げた。
もちろん、そのまま何もしなくても高校は卒業できたけど、どうしてもそうすることができなかった。
「あ……ああ……ああああああああ……!」
気づくと、私は毎日のように自分の身体をがりがり、と引っ掻いていた。
自分のこの身体が、誰かを騙したお金でできているかと思うと、耐えられなかった。
程なく警察がアパートまでやって来て、お父様が何処にいるのかと、何度も尋ねてきた。
知らないって言っても、『嘘だ』とか、『隠すとオマエも罪に問われる』とか、一切信用してもらえず、時には罵られたりもした。
つらくて、悲しくて、苦しくて……何度も死のうって考えた。
でも、私は死ぬのが怖くて、死にたくなくて……ただ、泣くことしかできなかった。
しばらくして、大家から『出て行ってほしい』と言われ、私はアパートを出た。
大家側からの希望で出て行くことになったので、一応は敷金と礼金が戻ってきた。しばらくはネットカフェで過ごしながら、その間にアルバイトを見つけて仕事に明け暮れた。
保証人も、敷金も礼金もいらないボロくて安いアパートを借りられたのでそこに移り住み、なんとか生活に落ち着きを取り戻し始めた頃。
今度は、住んでいるアパートの大家と、バイト先に匿名の手紙が届いた。
もちろん、『柿崎初穂は犯罪者だ』、と。
結局、家族もひっくるめて犯罪者扱いをされてしまい、私はまた次のアパートと勤め先を探して転々とする。
ここからはもう、ただのいたちごっこだ。
逃げた先に執拗に追いかけてきて、私の居場所を奪っていく。
『この犯罪者め!』
『罪を償え!』
『謝罪しろ!』
そんな心無い手紙が投函され、アパートのドアに落書きされる。
もう……限界だった。
次の引っ越し先でも同じだったら、今度こそ、私は……。
そう考え、同じく安アパートに引っ越してきて。
「あ……」
「……(ペコリ)」
運が悪いことに、引っ越してきた初日に隣の住人と出くわしてしまった。
あは……この人も、このことを知ったら、罵倒して、嫌がらせして、追い出そうとしてくるんだろうな……。
見た目はどんなに優しそうでも、その本性はそんなものなんだって、私はこの二年間で散々思い知らされた。
でも。
「……あの男の人、すごく悲しそうな瞳をしていた、な……」
どこか虚ろで、何も見ていなくて、絶望して……そんな瞳の色。
鏡で見る、私の瞳と同じ色。
そんな彼のことが、私は何故か気になってしまった。
◇
それから一か月、私はなんとか平穏に過ごすことができた。
でも……いつもこれくらいの頃から、どういう訳か居場所を知られて、嫌がらせが始まるんだ……。
いくら覚悟が決まっているからって、それを素直に受け入れられるほど、私は強くない。
すると……やっぱり、アイツ等は現れた。
私の部屋の前に二人組がやって来て、ドアに貼り紙や落書きをするつもりなんだろう。
怖かった。
泣き叫びたかった。
でも……私はただ、涙を零しながら震えて息を潜めるしかできなかった。
その時。
「っ!? に、逃げろ!」
二人組は突然、慌てて走り去っていき、それと入れ替わるように、カン、カン、カン、と階段を上る足音が聞こえた。
おそるおそる覗いてみると。
「あ……」
「…………………………」
そこにいたのは、隣に住む男の人だった。
「け、警察呼びましょう、か……?」
「っ! (フルフル!)」
おずおずと告げる男の人の言葉に、私はい勢いよく首を左右に振った。
警察が来たって、私を助けてくれないことはもう分かってる。
それに、そんなことしたら、やっぱり追い出されて……それで……!
「そ、そうですか……」
そう言うと、男の人は困った表情を浮かべた後、自分の部屋に戻ろうとした。
私は急に怖くなって、何故か男の人の裾をつまんでしまった。
助けてくれるわけがないのに。
絶対に、見捨てられるに決まってるのに。
でも、助けてほしくて。
傍にいてほしくて。
「……失礼します」
「あ……っ」
……やっぱり、私は見捨てられた。
「あ、あは、は……っ」
私は、絶望した。
結局、私なんて存在する意味なんかないんだ。
私は、この世界にいちゃいけないんだ……!
この瞬間、もうどうでもよくなった。
もう……みんな、好きにすればいいんだ。
ドアにもたれてへたり込み、ただ涙を零して嗤い続ける。
……どれくらい、時間が経っただろう。
私の手がかじかんで、唇が震える。
でも、そんなこと、どうでもいい。
もう……どうでも……。
「あ、あの……風邪、引きますよ……?」
…………………………え?
なんでこの人、また私に声をかけてくるの……?
さっき、私を見捨てたくせに。
「……もういいよ」
私はぶっきらぼうに答え、向こうを向いた。
今さら、なんだっていうんだよ……。
「ほ、本当に、部屋の中に戻ったほうが……」
その言葉に、私の中で何かが切れてしまった。
「戻ったからってどうだというのさ! どうせどこに逃げたって、居場所を見つけ出して、追いかけてきて、追い詰めて、ありとあらゆる嫌がらせをして、私の居場所を奪っていくくせに!」
私はこれまでの思いの丈を、男の人に全部ぶつけてやった。
強く……強く……張り裂けるような声で。
「どうせあなただって、私なんていなくなればいいって思ってるくせに! 私なんて……私なんてえ……っ!」
そのまま私は、顔を伏せ、膝を抱えて号泣してしまった。
あは……どうせさっきみたいに、私のことなんて見捨ててサッサと部屋に帰ってしまうんだろう。
なのに。
「…………………………」
この人は私が落ち着くまで。ずっと傍で見守ってくれていた。
そして、信じられないことを呟いたんだ。
「……今晩だけ、なら……」
あり得ない。
あり得ない、あり得ない、あり得ない。
私に優しくしてくれる人なんて、この世界に一人もいないはずなんだ。
私なんて……消えてしまえばいいって思ってる人しかいないはずなんだ。
でも……私は、その言葉に縋ってしまった。
「……い、いいんですか……?」
彼は、私の部屋か彼の部屋、どちらがいいか尋ねてきたので、私は彼の部屋を選択した。
また……アイツ等が来たら、つらくて耐えられないから……。
私を部屋へと招き入れると、彼はミルクの入ったコーヒーを手渡してくれた。
温かかった。
この二年間で、初めて温もりを感じた。
すると、彼はアイツ等について知り合いなのかと尋ねてきた。
アイツ等が知り合いだなんて、あり得ない。けど、どうやら私が警察を拒否したことから、そう判断したみたいだ。
そして。
「……お尋ねしますけど、僕とあなたは、その……面識はない、ですよね……?」
「? は、はい……」
「で、でしたら、さっきはどうして僕があなたがいなくなればいいって、そう思ってると考えたんですか?」
「っ!?」
そんなことを尋ねてきた。
あは……本当に、鋭い人だなあ……。
だから私は、私のことを晒した。
二年前にあった、『柿崎ファーム』巨額詐欺事件……その犯人の娘であることを。
多分……この時の私は、彼もこのことを知ったら、同じように私を拒否するだろうって考えて……でも、ひょっとしたら、そんなことないかもって、あり得ない期待をしてたんだと思う。
そしたら……彼は怒ってしまって。
ああ、やっぱり彼も、同じだった。
そう思って、部屋から去ろうとしたのに。
「す、すいません……壁を叩いて怒ったのは、決して柿崎さんに対してじゃなくて、その……追いかけ回してる連中や警察に対してで……」
「とにかく……僕が分かったことは、罪を犯したのは『柿崎ファーム』の社長だった柿崎さんのお父さんで、柿崎さん自身も被害者だってことです」
「どうしてですか? こう言ってはなんですが、悪いのは柿崎さんのお父さんじゃないですか。もちろん、償うべきなのも」
「みんななんて知りませんよ。少なくとも僕は、あなたが不幸じゃないといけないだなんて、これっぽっちも思いません」
信じられなかった。
こんなに、怒ってくれる人がいるなんて……こんなこと、言ってくれる人がいるだなんて……っ!
私は、あまりの嬉しさで、堰を切ったかのようにとめどなく涙が溢れ……ただ、泣き叫んだ……。
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