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彼の温もりを、私にください①

■柿崎初穂視点


「初穂、高校からは“憧渓(どうけい)女子大附属女子高”に通いなさい」


 あれは中学二年生の頃。

 夕食を終えて食器を洗っている時に、リビングでソファーに座るお父様から突然そんなことを言われた。


「ええ? 確かその女子高って、お金持ちの家じゃないと入れない学校、だよね……?」


 一応、うちの家も『柿崎ファーム』という会社を経営していてそれなりに裕福ではあるけど、“憧渓(どうけい)女子大附属女子高”って言ったら、うちなんて比べ物にならないほどの大企業だったり有名な政治家の子どもが行くようなところだ。


 私なんかが行っても、絶対に不釣り合いだと思うんだけど……。


「ハハ……うちの『柿崎ファーム』も業績がすごく伸びて、もうすぐ上場できそうな勢いなんだ。だから、初穂もそれに相応しい学校に通わないとな」

「えー……」


 正直、私は“憧渓(どうけい)女子大附属女子高”に通いたくはなかった。

 どう考えても私じゃ似合わないし、落ち着かなそうだし。


「初穂……お前は今まで、死んだ母さんに代わってこの家を切り盛りして頑張ってきてくれた。お前はお前の幸せだけを考えるんだ」


 そう言って微笑むお父様を見て、私はそれ以上何も言えなくなってしまった。


 そうして私は、“憧渓(どうけい)女子大附属女子高”に編入学することになった。


 最初の頃は高校からのデビュー組ということで、他の生徒達からの視線だったり私への接し方など、色々とあったけど、一学期が終わるころには私もみんなと打ち解けることができた。


 ううん、むしろ周りのみんなはすごく優しくて、すごく気遣ってくれて、あの時はこの学校を選択してよかったって、本当にそう思った。


 お父様のほうも仕事が好調らしく、なんだか趣味の悪い置物なんかが家に増えてきてお父様を叱ったっけ……。


 とにかく、毎日が順風満帆だった。


 だけど……この頃からかな。

 お父様がどこか普通じゃない、おかしな人達と付き合い始めたのは。


 ◇


 二年生になると、突然、私は嫌がらせを受けるようになった。


 机の上に色々と落書きをされたり、教科書を隠されたり……うん、やることが幼稚だよね。

 とはいえ、毎回毎回教科書を盗まれたら買い直すのも面倒なので、一度教室で隠れて犯人を捕まえてみた。


 犯人は一年生だったんだけど、問い(ただ)したら“武者小路美琴”っていう女の子に指示をされてしたとのこと。


 “武者小路”って言ったら、この私でも知ってる日本でもトップの企業グループ。

 そこのご令嬢が、わざわざ自分の取り巻きに指示をして、こんな真似をしたのだ。


 腹が立った。

 自分の手を汚さないで、自分の大切な仲間にそんなことをさせたことが。


 すると、都合のいいことに向こうから顔を出してきてくれた。


 だから。


 ――パシン。


「あなたが変な命令をしたせいで、したくもないことをさせられた他の女の子達が困ってるんだよ! 人の上に立つ人間が、一番やっちゃいけないことでしょ!」


 彼女……美琴の頬を叩いて、私は叱った。

 もちろん、本当に取り巻きの女の子達が困っていたのも事実だし、なにより、美琴にも気づいてほしかったから。


 それからは嫌がらせもピタッとなくなり、また平穏な学校生活に戻った……んだけど。


「せ、先輩……その……」


 命令されて嫌がらせをしていた後輩の女の子が、わざわざ教室までやって来た。


「? どうしたの?」

「じ、実は……」


 その女の子が言うには、美琴が勉強でつまずいて苦労しているとのこと。

 取り巻きの女の子達も彼女を助けてあげたいけど、やっぱり美琴は変なプライドをこじらせていて手を借りようとしてくれない。


 そこで、美琴に対して物怖じせずに叱った私なら、なんとかしてくれるんじゃないかと思って相談に来たとのことだ。


「お、お願いします! 武者小路様、本当に困っていらっしゃるんです!」

「……なんで君は、そこまでして彼女の肩を持とうとするの? 君だって、嫌なことを彼女にさせられてたんでしょ?」

「武者小路様は、先輩に叱られてから変わりました! 今では私達にすごく気遣ってくれて、優しくしてくれて……そんなあの人に、どうか報いたいんです!」


 ふうん……本当に、変わったんだ……。

 私は、そのことを素直にすごいと思った。


 人って、簡単に変われたりするものじゃないのに、それでも彼女は自分を変えてみせたんだ。


「あは……分かったよ。私でできることなら、やってみる」

「! ありがとうございます!」


 それから私は、いつも美琴に絡んでは無理やり勉強を教えてあげたっけ。

 すると、最初は本当に嫌そうにしてたけど、いつしか素直に私の言葉に耳を傾けるようになって、そして。


「そ、その……先輩はどうして、あんな真似をした私にここまでしてくださるの?」


 美琴はおずおずと尋ねるので、私は教えてあげた。

 あなたが優しくしてあげた取り巻きの女の子が、あなたを助けてほしいって私のところにお願いに来たことを。


「……本当に、馬鹿ね……」

「何言ってるの! それだけ、あなたがみんなを大事にしてるってことだよ! だから、みんながあなたに応えてくれるの!」


 そう教えてあげたら、美琴はぽろぽろと泣き崩れちゃったっけ。

 私に何度も、『ごめんなさい、ごめんなさい』って謝りながら。


 あは……でも、それから美琴ったら、いつも先輩、先輩って慕ってくれて、私にくっついてきたっけ……。

 本当に、自分の過ちを素直に認められる、優しくて可愛い後輩だったなあ……。


 その頃には、私には弁護士になって困っている人達を助けるんだって夢が見つかって、そのために勉強に励むようになった。


 美琴に“中法(ちゅうほう)大学”を希望しているって伝えたら、ものすごく驚いて……そして、『私も“中法大学”に行きます!』って言ってたなあ……。


 でも……充実した学校生活を送っていても、家に帰ると。


「ハハ! よくやった!」


 怪しげな人達と、電話で上機嫌に話すお父様。

 今までは優しい瞳をしていたのに、いつしかギラギラとした、どこか野心に満ち(あふ)れているというか、そんな瞳に変わっていた。


 家事についてもお手伝いさんを雇うようになって、私のすることも何一つなく、この頃には私も部屋に引きこもるようになっていた。


「ううん……私は、私のやるべきことをするんだ!」


 大きくかぶりを振って雑念を振り払い、私は受験勉強に集中した。


 そのおかげで。


「あった……!」

「初穂先輩! おめでとうございます!」


 私は、“中法大学”に見事合格した。

 あは……琴音も一緒になって、涙を流して喜んでくれたっけ……。


 お父様にも報告をしようと、スマホを取り出して電話をしようとして……結局、そのままカバンにしまった。

 この頃にはもう、私とお父様が会うことも……会話することもなくなっていた。


 お父様は家に帰ってこなくなり、私もどうしていいか分からず、電話も……メッセージを送ることすらできない。


「……ちゃんと入学準備をしないと、だね」


 家から通えなくもないけど、私は大学入学を機に一人暮らしを始めるつもりをしていた。

 そのためのアパートも借りて、必要な家具なんかも揃えて……あは、美琴が入学したら、絶対に部屋に招待しよう。


 そんなことを考えていた、卒業式の二週間前。


 ――『柿崎ファーム』による巨額詐欺事件のニュースが流れた。

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【余命一年の公爵子息は、旅をしたい】
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