目撃
「――ねえ、このあとどうする?」
嬉しそうに話し掛ける女の子の声が、僕の耳に届いた。
「んー……だったらネカフェでも行く?」
「えー! いっつもソコじゃん! たまにはちゃんとベッドの上がいい!」
「無茶言うなよ……そこまで金ねーよ」
男の提案に、女の子が猛抗議する。それも、恥ずかしげもなく。
はは……おかしいな。女の子、そこまで大きな声で話してるわけじゃないのに、こんなにハッキリと聞こえるなんて……。
一方で、そんな辟易したような態度の男の声もしっかりと聞こえて……。
「ハア……だったら“和樹”もバイトしたら?」
「えー……だけど俺がバイトしたら、それこそこうやって頻繁に逢えないぞ?」
「それはそうだけど……」
男にそう言われ、女の子は渋々といった様子で口をつぐんでしまった。
うん……やっぱり夏休みに入ってすぐだから、女の子も男も、ちょっと開放的になり過ぎてるんじゃないかな……。
ま、まあ、健全なお付き合いと言えなくもないし、それも仕方ないのかもしれない。
「は、はは……もう、帰ろう……」
僕はラノベの新刊を買うことも忘れ、くるり、と身体を翻す。
だって、ひょっとしたら世界一可愛い彼女が、僕の家に遊びに来てるかもしれない、し……。
そう思い、足を踏み出そうとする、んだけど……。
「あ、あれ? おかしい、なあ……」
どういうわけか、僕の身体がピクリとも動かない。
まるで、この場から離れることを拒絶するかのように。
すると。
「それに、バイトで金稼いでどうすんだよ。そんなの、変に下心のある馬鹿のすることだろ」
「えへへ、まあねー」
そう、か……下心があるからバイトをする……うん、的を射てる、な……。
はは……よく分かってるじゃん……。
「ていうか、アイツも今頃バイトしてんだろ? コッチはこうやって、夏休みを有意義に満喫してるってのに」
「えー……なんでここで“優くん”の話するかなー……」
うん……“優くん”なんて名前、この日本にはたくさんいるからね……。
だから、ひよりの声でそんな名前が出てきても、おかしくないわけ、で……。
「ハハ、悪い悪い。だけどひよりも悪い女だよなあ……彼氏がバイトしてるって時に、こうやって俺とデートしてんだから」
この僕の親友と同じ名前の“和樹”って男は、僕の彼女と同じ名前の“ひより”って女の子に、揶揄うようにそう告げる。
はは……せ、清楚な僕のひよりとは、全くの正反対で不誠実、だよなあ……。
僕のひよりなら、絶対にこんな裏切るような真似、しないのに……。
「まあ、しょうがないよね。優くん、つまんない上にこれといって取り柄もないし」
「うおお、辛辣だな!」
「そんなこと言ってるけど、和樹だって友達の彼女を寝取るだなんてひどくない?」
「オイオイ、自分で言うかあ?」
クスクスと笑う女の子と苦笑する男。
本当に、ひどいカップルがいたものだ。
僕のひよりなら、絶対にあり得ないことなのに。
そんな二人の会話が不愉快で仕方なくて、僕は文句を言ってやろうって思いが頭をもたげる。
だけど……なんで赤の他人に、その“優くん”って奴はそんなことを言わなきゃいけないんだ?
僕だったら、ひよりと仲睦まじく会話してる時に文句を言われたら、絶対に怒るだろうなあ……。
うん……やっぱり放っとこう……。
なのに。
「つーか、元々俺の誘いにホイホイと乗ってきたのはひよりだろ?」
「えへへー、まあね。和樹、カッコイイし面白いし」
ハア……顔なんかで彼氏を裏切るなんて、最低だな……。
そう思うと、許せなくて、やるせなくて、僕はギュ、と拳を握りしめる。
手のひらに爪が食い込むくらい、強く。
「なのにさー……なんでひよりは、アイツと別れて俺と正式に付き合わねーの? もう、|ヤることヤッてる仲なのに。逆にアイツとはヤッてないんだろ?」
「それはー……優くん優しいし、都合がいいし、将来考えるならソッチだよねー。和樹と違って」
「うわ、ヒデエ! こうなったら……」
もう……これ以上耐え切れなくなって。
「お……い…………………………」
よせばいいのに、僕は振り向いてしまった。
絶対に振り向いちゃいけないって、見たらいけないって、分かってたのに……。
だって。
「ちゅ……あん……も、もう……」
親友だと思ってた和樹に強引にキスをされ、恍惚の表情を浮かべるひよりの姿を、見てしまうから……。
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