憧れの女性
私が“柿崎初穂”先輩と出逢ったのは、“憧女”の一年生の時。
私は憧渓の附属校を小・中・高とエスカレーターで進学してきたのに、初穂先輩のことを知らなかった。
それもそのはず、初穂先輩は高校から編入学してきたのだから。
しかも聞くところによると、ここ数年の間に急成長した『柿崎ファーム』の令嬢で、それまではただの庶民だったらしい。
だから私は、そんな初穂先輩のことを馬鹿にしていた。
だってそうでしょう? 私はあの『武者小路グループ』の令嬢で、成金の『柿崎ファーム』なんて話にならない。
でも……意外なことに、彼女は“憧女”の生徒達の間で人気者だった。
私達政財界の令嬢達にも一切物怖じせず、いつも明るくて、優しくて、そして正義感も強くて……。
そして、当時の私はそんな初穂先輩が目障りで仕方なかった。
中学までいつも周りからチヤホヤされ、天狗になっていたのよ。だから私は、他の人達を使って初穂先輩に嫌がらせをした。
机にあることないこと落書きをさせたり、教科書や体操服を隠したり……フフ、陰険でしょ? 自分でもそう思うわ。
でも……初穂先輩は、そんなの全然意に介さなくて、いつもと変わらず明るくて優しいあの人のままだった。
それが余計に私をイライラさせて、我慢できなくて直接言ってやったの。
『この学校に相応しくないあなたは目障りなのよ。今すぐ消えてくれる?』
って。
そしたら初穂先輩、どうしたと思う?
私……思い切り頬をひっぱたかれちゃった……。
しかも、初穂先輩が怒った理由がまたすごいのよ。
『あなたが変な命令をしたせいで、したくもないことをさせられた他の女の子達が困ってるんだよ! 人の上に立つ人間が、一番やっちゃいけないことでしょ!』
だって。
自分が嫌がらせを受けていたことなんて棚に上げて、嫌がらせをしていた実行犯の心配をしてるんですもの。これでは、完全に私の一人相撲だったわ。
でも、そのことが悔しくて、ならばと私は他のことで初穂先輩を打ち負かそうと考えた。
勉強でも、人望でも。
初穂先輩に言われたとおり、それからの私は付き慕ってくれる他の生徒達に心を配るようにして、勉学にも励んだ。
恥ずかしいけど……どうせ“憧渓女子大”までエスカレーターだから、勉強なんて不要だと思っていた私は、本当に苦労したわ。
そんな時は。
『美琴、一緒に勉強しよ!』
『うん……ここ、間違ってるからね』
『すごい! 全問正解だよ!』
テスト前になると決まって初穂先輩が教室までわざわざやって来て、私に勉強を教えに来るの。それも強引に。
後で聞いた話だと、最初の頃、勉強で困っていたところを他の生徒が気にかけてくれていたらしく、それを初穂先輩に相談したらしいわ。
私は初穂先輩に勝ちたくてそうしたのに、よりによってその初穂先輩に相談しに行くんだもの……どうしようもないわよね。
だけど。
『何言ってるの! それだけ、あなたがみんなを大事にしてるってことだよ! だから、みんながあなたに応えてくれるの!』
初穂先輩に笑顔でそう言われて、初めて気づいた。
あの時、私の頬を叩いてまで叱ってくれた意味を。
私は初穂先輩の前でみっともなく号泣したわ。
ごめんなさい……ごめんなさいって、何度も初穂先輩に謝りながら。
そんな私を、初穂先輩は優しく抱きしめてくれて、優しく、私の背中を撫でてくれて……。
この時から、私のとって初穂先輩は憧れの人になったの。
それからは、いつだって初穂先輩の傍にいたわ。
いつか、私も初穂先輩みたいな素敵な女性になるんだって、そう思いながら。
一年が過ぎ、私は二年生に、初穂先輩は三年生になった。
あと一年で初穂先輩は卒業してしまうけど、一年だけ我慢すれば、また“憧女”で一緒になれる、そう考えていた。
でも、初穂先輩が目指した大学は“中法大学”。
ここで法律の勉強をして、困っている人達を助けることができるような、そんな弁護士になりたいんだって嬉しそうに話してくれた姿が、今も印象に残っている。
フフ……そう、だから私は、“憧女”ではなくて“中法大学”にいるの。
そして、初穂先輩は“中法大学”に見事合格して、あと二週間で卒業式を迎える、その時。
「……あの、巨額詐欺事件、か……」
僕の呟きに、武者小路さんが無言で頷いた。
「……当然だけど、あんな事件があったからって、初穂先輩は高校を卒業できたわ。たとえ学校に来なくても、たとえ卒業式に出席しなくても。でも……初穂先輩は、何故か退学届を提出したの」
そう言うと、武者小路さんは悔しそうな表情を浮かべ、キュ、と唇を噛んだ。
「それからは、完全に初穂先輩との連絡も途絶えて、毎日のようにニュースが流れて……っ」
とうとう堪え切れなくなったのか、彼女はぽろぽろと涙を零し始めた。
いつも強気で尊大で自信家な、あの武者小路さんが。
「グス……私も、初穂先輩がその後どうなったか調べたりしたんだけど……お父様から『もう関わるな』って強く言われて、そのせいで家の者も誰も私の指示に従ってくれなくて……」
「そっか……」
……まさか、武者小路さんがここまで柿崎さんと深く関わりのある人だなんて、想像もしてなかった。
だけど、そのおかげでまた一つ、彼女のことを知ることができた、な……。
「そ、それで……あなたは……っ!?」
僕はスマホを取り出し、メッセージを打ちこんで武者小路さんにメッセージを見せた。
『ここからは筆談で』
すると、色々察してくれたのか、彼女も同じようにスマホを取り出し、メッセージを打ちこむ。
『誰か、私達の会話を聞いている連中がいるの?』
『分からない。だけど、用心に越したことはないから』
『了解。それで、初穂先輩は?』
『まだ言えないけど、ちゃんと無事だから』
そのメッセージを見た瞬間、武者小路さんは安堵の表情を見せた。
「……まあ、そういうことだから」
「……そう」
僕達はお互い頷き合った。
「ところで……これから色々と話を聞きたいこともあるから、IDを交換しておかない?」
武者小路さんから、まさかの提案だった。
もちろん僕だって、これからのこともあるし、まだ聞きたいこともあるから、IDを交換するのはありがたいんだけど……。
「そ、その……いいの? 僕のこと、嫌ってなかったっけ……?」
「あ、あれは! ……その、あなたがあまりにもボロボロだったから、発破をかけてあげようと思って……」
あー……まさか、壊れていた僕のことを考えてのことだったなんて……アレで?
「いや、さすがにそうは受け取れないんだけど……」
「っ! わ、分かってるわよ! 私だって、どう接していいか分からなかったの!」
そう言い放つと、武者小路さんはぷい、と顔を背けてしまった。
「ま、まあいいや……」
僕達は気まずい雰囲気のままIDを交換すると。
「それじゃ、僕はもう行くよ」
「ええ……って、合コンはどうするの?」
「あー……あくまで佐々木先輩の頼みだから出ただけだし、別に興味ないから」
「そう。ま、私もあの子達に頼まれたからセッティングしてあげただけだから」
はは、だろうなあ。
だって、武者小路さんに合コンなんて似合わないし。
「それじゃ……」
「ええ……」
そうして僕は、席を立ったところで。
「ああ、そうそう」
「……何?」
「また……いつか、逢ってくれると嬉しいんだけど」
「っ! ……ええ……ええ……っ!」
涙を零しながら嬉しそうに頷く武者小路さんに見送られ、店を出た。
「ふう……寒いなあ……」
僕はコートに手を突っ込んで、大急ぎでアパートに帰ると。
「ただいまー」
「あは! おかえりなさい!」
笑顔の柿崎さんが、嬉しそうに出迎えてくれた。
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