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不思議と、嫌じゃない

「ふあ……あ……!」


 土曜日の朝、僕はいつもどおり七時に目を覚ますと。


「あは! 直江くん、おはよう!」

「あ、柿崎さんおはよう」


 既に起きていた柿崎さんが、少しご機嫌な様子でキッチン――といっても、部屋に流し台がそのままあるだけなんだけど――で朝食の準備をしていた。


 一緒に暮らし始めてから明日で一週間になるし、お互いにこの環境にも大分慣れてきた。

 彼女も、最初の頃と比べて泣いたりすることもなくなってきたし、今ではこうやって笑顔を見せてくれるようにもなった。


 僕? 僕は……うん、柿崎さんと肩を(すく)めて笑って以来、今も普通に笑うことができていない。

 彼女に『泣かないでほしい』とか、『もっと笑えば』とか言って強要してるくせに、その僕自身が笑っていないんじゃ説得力も何もないってことで、笑うように努力はしてる、んだけど……。


「プ……あはは! 直江くん、相変わらず変な顔だよ!」

「ええー……」


 とまあ、こんな感じで彼女には笑われてばっかりだ。

 とはいえ、それで柿崎さんが笑ってくれるなら、それはそれでいいかな、とも思ってるけど。


「さあさあ! 直江くん、布団を畳んで!」

「あ、う、うん」


 柿崎さんに急かされ、僕は慌てて二人分の布団を畳み、小さなテーブルを部屋の真ん中へ置く。


「んふふー、今日の朝ご飯は、豆腐となめこのお味噌汁に目玉焼き、それと大根、にんじん、アボカド、レタスのサラダだよ!」

「おおー、美味しそう」


 小さなテーブルに所狭しと並べられた朝食を見て、僕は思わず感嘆の声を漏らした。

 うん……彼女と暮らすようになって、僕の食生活は劇的に改善したなあ。

 何より、最近の僕は彼女の手料理が楽しみで仕方ない。


 はは……いつの間にか、僕も彼女のおかげで、少しは変われてきてるのかな……。


「そ、その……今日の朝ご飯、あまり好きじゃなかった……?」


 おっといけない。

 考えごとをしていたせいで、柿崎さんが不安そうな表情で僕を見てる。


「まさか、そんなことないよ。僕は君のご飯を食べることが、最近の楽しみの一つなんだから」

「あう!? ……き、君ってたまにそういうことサラッと言うよね……」


 顔を真っ赤にしてもじもじする柿崎さん。

 ま、まあいいや、とにかく食べよう。


「「いただきます!」」


 手を合わせ、僕はまずお味噌汁に手をつける。うん、美味しくてホッとする。


「……本当は、大学でも君のお味噌汁を飲みたいんだけどなあ……って、ど、どうしたの?」


 見ると、柿崎さんは顔を真っ赤にしてぷるぷると震えていた。なんで?

 ま、まあいいや……。


「あ、そ、そうだ。今日の晩ご飯は、外で食べてくるから僕の分は用意しなくても大丈夫だよ」

「え? そ、そうなの? なんだあ……」


 僕は柿崎さんにそう伝えると、彼女はあからさまにガッカリした様子で肩を落とした。

 ……この一週間は一緒に晩ご飯を食べてたから、柿崎さんも寂しい、のかな……。


「そ、その! や、やっぱり晩ご飯は家で食べるから! ちょ、ちょっと帰りは遅くなるかもだけど……それでも、できる限り早く帰ってくるから!」


 気づけば、今日は合コンがあるっていうのに、落ち込む彼女が見てられなくてそんなことを言ってしまった……。

 ま、まあ、合コンの費用は佐々木先輩持ちだし、用件だけ澄ませばサッサと帰る予定でもあったから、大丈夫だよね……。


「あ、そ、その……大丈夫? 無理してない?」

「! も、もちろん! 全然大丈夫だから!」


 上目遣いでおずおずと尋ねる柿崎さんに、僕は胸を張って答えた。


 すると。


「あは……よかったあ……」


 両手を合わせ、嬉しそうに微笑む柿崎さん。

 その表情が、僕にはあまりにも眩しくて、胸の中がかああ、と熱くなって……でも、心のどこかにチクリ、と刺すような痛みがあって……。


「さ、さあ、早く食べよう」

「うん!」


 僕は、そんな感情を誤魔化すかのように、夢中で朝ご飯を食べた。


 ◇


「おう優太! コッチコッチ!」


 その日の夕方、バイトを終えた僕は駅前で佐々木先輩と合流する。

 もちろん、これから合コンに向かうためだ。


「はは! ちょっとゴタゴタはあったけど、何と言ってもあの(・・)憧渓(どうけい)女子大”との合コンだからな! 優太も絶対に気に入った子がいるはずだって!」


 そう言って、先輩がバシバシと僕の背中を叩く。痛い。


「……そんな女の子、絶対にいませんよ」

「いーや、分かんねーぞ? “憧渓(どうけい)女子大”だからお嬢様なのは間違いないし、そういった子のほうが意外と優太には合うかもしれないしな」


 佐々木先輩がこうやってやたらと推してくるのは、多分、僕が前を向けるようにって、次に進めるようにって、そういった思いがあるからなんだろうな……。


 まあでも、別にお嬢様だからとかそんなの関係なく、僕には無理(・・)だろうけど……って、そういえば柿崎さんも元お嬢様(・・・・)か。

 ウーン……でも、彼女の場合は結構庶民的なところがあるし、言葉遣いだって変に気取ったところとかないから、あまりお嬢様って言えないような気がするなあ……。


「お! 優太もそんなに今日の合コンを楽しみにしてるんだな!」

「へ……?」


 佐々木先輩の言葉に、僕は思わず呆けた声を漏らす。

 僕が? 合コンを楽しみに? まさか。


「……どうすればそんな解釈ができるんですか……」

「い、いや、お前今、笑ってたじゃん! 普段は滅多に笑わねーくせに!」

「あ……」


 どうやら僕は、柿崎さんのことを考えて無意識に笑ってたらしい。

 本当に、彼女と知り合ってから調子が狂いっぱなしだよ……。


 でも。


 僕はそれが、不思議と嫌じゃなかった。

お読みいただき、ありがとうございました!


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【余命一年の公爵子息は、旅をしたい】
― 新着の感想 ―
[一言]  優太の笑顔を取り戻させたのが自分達の努力ではなくほんの一週間前から同居を始めた初対面の女の子と知った時の佐々木先輩の心中よ。  まあ事情は違えど心に傷を負った者同士という共通点がありなおか…
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