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僕は聞かない

「……できれば、泣いたりするのも禁止で」

「う、うん……」


 柿崎さんがようやく泣き止んでくれたので、僕はすかさずそんな取り決めをした。

 いや、これから先、何かあるたびに泣かれたら、さすがに僕も困る。


「だ、だけど、半分は直江くんも悪いと思うけどなー……」

「な、なんで僕が!?」

「あは、知らない」


 そう言って、すっかり機嫌が良くなった柿崎さんが、悪戯っぽく笑った。

 ハア……コッチは本当に困ったっていうのに……。


 でも……ま、いいか。

 僕だって、泣かれるよりこうやって笑ってくれているほうが、気を遣わなくていいし。


「それで、これから私がご飯を作るとして、今ある材料とか確認してもいい?」

「いいけど……材料なんて、本当に何もないよ?」


 そんな僕の言葉も聞かず、柿崎さんはおもむろに立ち上がって冷蔵庫の中を確認する。


「あれ? おかずが入ったタッパー、結構あるね」

「ああうん。さっき話した木下先輩が、一週間分ということで作ってくれたんだ」

「へえー……」


 そう返事をすると、何故か柿崎さんは僕のほうを見てニヤニヤし始めた。


「もしかして……彼女?」

「っ!? ち、違う違う! 木下先輩は佐々木先輩の彼女だよ!」

「佐々木先輩?」


 慌てて否定した僕に、彼女はキョトンとしながら尋ねる。

 あー、佐々木先輩っていきなり言っても通じる訳ないかー……。


「ええと、佐々木先輩っていうのは木下先輩と同じく大学の先輩で、その二人はいつも僕のことを気にかけてくれて……」


 そう説明すると、柿崎さんが微笑んだ。


「あは……直江くん、その二人の先輩のことが大好きなんだね」

「え? そ、そうかな……」

「そうだよ。だって先輩のことを話してる時の君、すごく嬉しそうだったよ?」

「そ、そっか……」


 うん……確かに柿崎さんの言うとおり、あの二人がとても大事な先輩で……この僕が、唯一信頼している人達で……。


「だけど……あーあ、せっかく私の料理の腕を披露しようと思ったのに、これじゃ最低でも三日はお預けだね」

「まあ、それはしょうがないよね」


 そう言うと、僕と柿崎さんはお互い顔を見合わせて肩を竦めた。


「うん……やっぱり直江くん、そうやって微笑んでるほうが断然いいよ」

「え……? ぼ、僕、笑ってる……?」


 柿崎さんの指摘に、僕はまた(・・)ペタペタと自分の顔を手で触る。

 あの時(・・・)から、僕は笑えなくなったはずなのに……。


「あは……うん!」


 そんな僕を見て、柿崎さんもニコリ、と笑顔を見せた。


 ◇


「……絶対に(のぞ)かないでね」

「そ、そんなことしないから!」


 晩ご飯の後片づけが終わった後、ジト目で僕に釘を刺してお風呂に向かう柿崎さん。

 うぐう……僕という男は、そんなに信用できないような、スケベな顔をしてるんだろうか……。


 だけど、まあ……この部屋に僕と彼女の二人しかいないんだし、言うなれば二十四時間前は全くの赤の他人だったわけだから、警戒するのも当然といえば当然か。


「はは……」


 そんなことを考え、僕は表情も変えずに乾いた笑い声を漏らした。

 ……ひよりに裏切られた僕が、もう女の子に興味を持ったりすることなんて、永遠にないのに。


 すると。


 ――ザアアアアア……。


 シャワーの音が、この部屋まで聞こえてくる。

 いや、だから僕はもう女性に興味を持ったりすることはなくて、だ、だから、別に柿崎さんがシャワーを浴びてるからって、全く何とも思わないわけで! ……って、誰に言い訳してるんだよ僕は!?


 で、でも、柿崎さんって顔がすごく可愛いのもそうなんだけど、その……背は百七十センチない僕よりもニ十センチ近く低いのに、その……胸だけは、どういう訳か人並み以上に大きくて……って、何考えてんだよ僕は!?


「ふう……お先でした……って、ど、どうしたの……?」

「な、何でもない……」


 邪念を振り払うために壁に額を当てて瞑想していたところを、お風呂から上がってパジャマ姿の柿崎さんに心配される。だ、だよね……。


「ぼ、僕もお風呂に入ってくる!」

「あ、う、うん……いってらっしゃい……」


 僕はいつもよりもぬるいお湯を頭から浴びながら、ただただ悶々としていた。

 そして、ようやく平常心を取り戻した僕はお風呂から出てスウェットに着替え、部屋へと戻ると。


「ウーン……やっぱりもう切ろうかな……」


 まだ湿ったままの長い髪を眺めながら、柿崎さんが(うな)っていた。


「え、ええと……どうしたの?」

「あ、うん……髪の毛が大分長くなっちゃったから、そろそろ切ろうかなって」

「そ、そっか……」


 確かに彼女の髪は腰まで届きそうなほど長い。

 これだと、シャンプーしたりするのは大変だろうなあ……。


「で、でも、せっかくの綺麗な髪なのに、切るってなるとちょっともったいない気がするね」

「そ、そう? 私の髪って、なんの手入れもしてないからそんなに綺麗じゃないと思う、んだけど……」


 そう言って、柿崎さんは上目遣いでおずおずと僕を見る。


「いや、そんなことはないよ。少なくとも、僕はその藍色に光る髪が綺麗だと思う」

「あは……そ、そっか……」


 柿崎さんは髪を指でくるくると巻きながら、口を緩めながらうつむいた。


「ね、ねえ……君は私の髪型、どんなのだったら似合うと思う?」

「え? 髪型?」


 髪型、髪型ねえ……。

 今の柿崎さんの長い髪は綺麗だと思うし似合ってるとも思う、けど……本当は、僕は長い髪が苦手だ。

 だって、ひよりも長くて艶やかな黒髪だったから……。


「……あくまでも僕の好みだけど、少し長めのボブくらいが好き、かなあ……」

「ふうん……そっか」


 聞いてきたくせにそんな素っ気ない返事をすると、柿崎さんは既に敷いてある布団の中に潜ってしまった。


「じゃあ、おやすみなさい」

「あ、う、うん……おやすみ……」


 僕に背中を向けてしまったので、仕方なく部屋の電気を消して僕も布団の中に入った。


 すると。


「ねえ……」


 柿崎さんが、声を掛けてきた。


「? どうしたの?」

「直江くんはなんで、私のことを根掘り葉掘り聞いたりしない、の……?」


 彼女はおそるおそると言った様子で尋ねるけど……そんなの、決まってる。

 僕だって、僕のことを聞かれたりするのは嫌だから。

 あの惨めな過去を、聞かれたくなんて……知られたくなんてないから。


「……僕は聞かないよ。それに、君のことを聞いたからって、知ったからって……僕が(・・)変わること(・・・・・)はないから(・・・・・)

「っ! ……ありが、と……」


 震える声でお礼を言うと、柿崎さんは頭まで布団を被ってしまった。


 でも……その掛け布団は、少し震えていた。

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― 新着の感想 ―
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