提案
「そういえば、晩ご飯は食べた?」
コートをハンガーにかけ、今は部屋の真ん中で正座している柿崎さんに尋ねる。
「う、うん……」
柿崎さんは首を縦に振ったけど……あ、顔を逸らされた。
「僕はこれからなんだけど、よかったら一緒に食べる?」
「っ!? い、今、私は食べたって言ったよね!?」
「うん、それ嘘だよね?」
「あう!?」
ジト目で見つめながらツッコミを入れると、柿崎さんはビクッとなってますます目を逸らした。
はは、分かりやすいなあ。
「よし、それじゃ……」
僕は冷蔵庫からタッパーを取り出し、皿に盛ってレンジで温める。
ラップでくるんだごはんも解凍して、と……。
「さあ、食べようか」
「あう……ふ、二人分……」
ものすごく申し訳なさそうな表情で、柿崎さんは小さなテーブルに並べたおかずとごはんを見て、ゴクリ、と喉を鳴らした。
「いただきます」
「あ、い、いただきます」
それから僕達はご飯を食べるんだけど……うん、彼女の食べっぷりがすごい。
よっぽどお腹を空かせてたんだろうなあ。
そして。
「ご馳走様でした」
「ご馳走さまでした!」
あっという間に全部平らげ、柿崎さんは満足そうに口元を緩めていた。
「ところで……なんで晩ご飯を食べただなんて嘘を吐いたの?」
「あ……え、えと……君に気を遣わせちゃ悪いと思って……」
身体を縮こませながら、柿崎さんは上目遣いでおずおずと答えた。
「ハア……そうやってされると、逆に気を遣っちゃうから今度からやめてね? だけど、どうして晩ご飯を抜こうって考えたの?」
「う、うん……ホラ、また引っ越すことになったりするかもしれないし、できる限りお金を節約しないと……」
「あー……」
そうだった……柿崎さんは今まで居場所を追われて転々と引っ越しを繰り返してきたんだったな……。
それに、勤め先にも押し掛けるバカな連中がいるせいで定職にだってつけないし、お金に困るのも当然か……。
「……柿崎さん。少なくとも僕は君を追い出したりなんてしないし、この部屋で住む限りはあの連中が君の居場所をつかむことも難しいと思う。だから……安心していいよ」
「あ……」
僕は、できる限り彼女の不安を取り除けるように、努めて静かな声でそう告げた。
い、一応微笑んでみたつもりだけど、この三年間笑ったことないから、どうすればいいのか忘れてしまっていて自信がない。
でも。
「あは、は……直江くん、すごく変な顔してるよ?」
「ええ!?」
少し引きつりながら笑う柿崎さんに指摘され、僕は思わず自分の顔をペタペタと触った。
うう……しょ、しょうがないじゃん。自分の表情を崩すのなんて久しぶりだし、そもそもこうやって女の子と面と向かって話すことだって……。
「でも……あは、私は君のその顔、大好きだよ」
「っ!?」
不意に放たれた彼女の言葉に、僕は思わず胸を詰まらせる。
柿崎さんは気遣ってそう言ってくれてるのに、僕はといえば、また過去のことがフラッシュバックして……って。
「だ、大丈夫!?」
気づけば、目の前の柿崎さんが本当に心配そうに僕を見つめていた。
ああ……彼女は、本当に優しい人なんだろうなあ……。
「う、うん、大丈夫」
「ホント? 無理しちゃ駄目だよ?」
「本当だって」
そんな彼女の優しさがかえって苦しくなってしまった僕は、思わず顔を背けてぶっきらぼうに答えてしまった。
「そ、それより! 僕から少し提案があるんだけど!」
話題を逸らすため、僕は強引に話を切り替える。
「えっと……て、提案って?」
すると柿崎さんは、何故か自分の身体を抱きかかえて身構えた。
まるで、何かを拒否するかのように。
「そ、その、君にとっても悪い話じゃないと思うから聞いてほしいんだけど……」
「う、うん……」
「今食べた晩ご飯って、ごはんに関しては僕が炊いて冷凍したものだけど、おかずに関しては大学の先輩に作ってもらったものなんだ」
僕の回りくどい説明がいけなかったのか、警戒するような瞳から一転、彼女はキョトンとしてしまった。
うう……相変わらず僕は、説明が下手だなあ……。
こんなだから、ひよりにも裏切られてしまったんだよな……って、今はそんなことを考えている時じゃない。
「ぼ、僕が言いたいのは、先輩がくれたおかずのストックが尽きたら、弁当や総菜を買うか、自炊しなくちゃいけないってことなんだけど、今まで僕はコンビニ弁当で済ませたりしてたんだ」
「あ、そ、そっか……」
どうやら僕の言いたいことを理解してくれたみたいで、柿崎さんは見るからにホッとした表情を浮かべた。
「つまり、私にご飯を作ってほしいってことでいいのかな……?」
「そ、そう! その代わり、作ってくれるお礼として、材料費なんかは全部僕がもつから!」
うん、こうすれば柿崎さんだって我慢しないで気兼ねなくご飯を食べるだろうし、僕も栄養があるご飯が食べられてしかも安上がりだ。
以前、木下先輩が僕の分のおかずを作ってくれた時に遠慮した際、材料費的には一人分増えたところでほとんど変わらないって言ってたし、それなら絶対にこうしたほうが得だからね。
「それで……どう?」
僕は窺うように、柿崎さんにおずおずと尋ねる。
「う、うん! それなら任せて! これからは三食、この私がバッチリ作るから!」
「本当! それは僕も大助かりだよ!」
よかった……彼女がこの提案を受け入れてくれて。
「あは……だけど、直江くんって本当に、優しい、ね……っ!」
「え!? ちょ、ちょっと!?」
どういう訳か柿崎さんが急に泣き出してしまい、僕は思わずおろおろしてしまう。
うう……ど、どうしたらいいんだろう!?
「グス……あ、ご、ごめんね? あの時から誰かにこんなに優しくしてもらったのって、初めてで……し、しかも、君はあの事件のことだって知ってるのに……っ!」
努めて笑顔を見せようとするけど、柿崎さんはどんどん顔をくしゃくしゃにして、とうとう顔を覆って本格的に泣き出してしまった……。
僕も、それからどうしていいか分からず、困惑しながらただそんな彼女を見つめ続けていた。
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