暗がりの中で
「よう、優太。お前も今日は同じシフトだろ? 授業終わったら一緒に行こうぜ!」
睡眠不足を少しでも解消するために講義室の机に突っ伏して寝ていたところを、佐々木先輩が思い切り背中を叩いて起こしてきた……。
「……というか先輩、就職活動とかあるのに大学に来ていて大丈夫なんですか? あと一年と三か月で卒業ですよね?」
「ははー……い、いいんだよ!」
ジト目で佐々木先輩を見やると、口の端をヒクつかせながらもう一回僕の背中を叩いた。うん、痛い。
「ハア……でしょ? 優太くんもコイツにもっと言ってやってよ」
「あ、木下先輩」
佐々木先輩の後ろから、呆れ顔の木下先輩が溜息を吐きながらヒョコッと現れた。
「と、ところで、お前にしては珍しく眠そうじゃねーか」
「そういえばそうね……」
あ、形勢不利とみて、露骨に話を逸らしてきた。
でも木下先輩もそれに乗っかるみたいだし、僕も合わせるとしよう。
「はは……実は昨日寝つけなくて……」
さすがに柿崎さんのことは二人に言えないので、そう言って誤魔化してみる。
「んだよ、昨日酒飲んだから、むしろ寝坊するくらい寝てると思ったんだけどな」
「それは光機でしょ? そもそも優太くんはお酒も飲んでないし、真面目な優太くんが遅刻とかあり得ないんだけど」
「はは……」
うん……やっぱり二人の仲がいい姿は、僕にとっての救いだなあ……。
「ま、お前も午後の講義も出るだろうから、十五時に校門の前に集合な」
「あ、はい」
「優太くん、またね」
そう言って二人は講義室を出て行った。
「さて……そろそろ次の講義が始まるな……」
僕はカバンを持ち、次の講義室へと移動する。
その時。
――ドン。
「あ……っ!?」
「っ!?」
ちょうど次の講義室の入口で、タイミング悪く出て来た学生とぶつかってしまった。
「す、すいません、大丈夫です……か……」
「…………………………」
……ツイてないことに、よりによってぶつかった相手は同じゼミの“武者小路美琴”さんだった。
彼女、外国人とのハーフらしく、プラチナブロンドのウェーブのかかった髪に少し釣り目だけど綺麗なアメジストの瞳。ハッキリ言って、この大学でもかなりの美人だ。
何より、彼女はあの有名な『武者小路グループ』の一族で、まごうことなきお嬢様でもある。
そして、僕はそんなお嬢様な彼女から、入学当初から目をつけられていた。
僕の顔を見るたびに、『辛気臭い』だの『空気以下』だの、果ては『ソンビよりも質が悪い』だの、まさに言われたい放題だった。
そんな彼女とぶつかってしまったんだ。これは相当な罵倒を覚悟しておいたほうがよさそうだな……。
そんなことを考えながら身構えていると。
――ぐい。
「うわ!?」
突然襟首をつかまれ、顔を引き寄せられた……って、近い近い!?
「フン……今まで死んだ魚みたいな目だったのに、今日は瀕死程度なのね」
鼻を鳴らしてそう言い放つと、彼女は僕の身体を突き放し、そのまま去っていった。
「な、なんだよ一体……」
もっと色々と言われるかと思ったのに、この程度で済んだのは意外だった。
それに、まさかあんな真似をするなんて……。
彼女の背中を眺めながら、僕は首を傾げた。
◇
「あー……やっと終わったー……」
最後の客が帰り、店長が自動ドアの鍵を閉めたところで佐々木先輩がカウンターで突っ伏した。
僕はといえば、今日の仕事を全部終えて既に帰る準備が済んでいた。
「それじゃ店長、先輩、お先に失礼します」
「ちょ!? 優太帰るの早くない!?」
「はは、直江くんお疲れ様」
先輩が僕を呼び止めようとしていたけど、多分合コンの誘いだろうから無視して店を出た。
いつものコンビニに寄り、僕は牛乳だけを買って家路につく。
朝食に関しては、木下先輩が作ってくれたおかずがあるからね。
アパートに到着した僕は、カン、カン、カン、金属の階段を上がり、部屋のドアを開けると。
「あ……お帰りなさい」
「あ……う、うん、ただいま……」
豆電球しかついていない暗い部屋の中から、部屋着姿の柿崎さんが緊張した様子で出迎えてくれた。
だけど……なんで部屋の隅っこで正座してるんだろう……。
「え、ええと……どうしてそんなところに座ってるの……?」
「え? あ、あは……何というか、その……緊張しちゃって……」
そう言って、柿崎さんは頭を掻きながら苦笑する。
「ここは柿崎さんの部屋でもあるんだから、そんな遠慮しなくてもいいよ?」
「で、でも! 私は君に住まわせてもらってるんだし!」
「イヤイヤ、生活費だって別々だし、あくまでもルームシェアなんだから、そこまで気を遣わなくていいから」
僕だって、ここまで遠慮されたりしてしまうと逆に恐縮しちゃうからね……。
「それにテレビもつけないで一人でいたら、退屈なんじゃないの?」
「あ、ううん。静かにジッとしてるの、慣れてるから」
「ふうん……」
柿崎さんの言葉を特に気も留めないかのように、僕は流したけど……やっぱり、どうしても許せない気持ちで、やるせない気持ちで一杯になる。
柿崎さんは、そんな生活に慣れてしまうほど、追いかけ回してくる連中から息を潜めながら、二年間も一人で暮らしていたってことなんだから。
「……柿崎さん。ここは柿崎さんの部屋であると同時に、僕の部屋でもあるんだ」
「あ、う、うん。それはもちろん分かってるよ」
「僕は、部屋は明るいほうが好きだし、テレビだっていつも垂れ流してるんだ」
「うん……ごめん……」
「い、いやいや、なんで謝るの? そうじゃなくて、僕が言いたいのは『ここは僕の部屋だから、正義感こじらせたクズみたいな連中はやって来ないし、電気だってテレビだって、好きにつけても大丈夫なんだ』ってことだよ」
「あ……」
僕にそこまで説明されて、ようやく彼女は気づいたようだ。
でも……うん、柿崎さんの意識改革は、これからおいおいしていくことにしよう。
ということで。
――パチン。
「ほら、これで部屋が明るくなった」
「あ、あは……本当だね!」
改めて電気をつけ直すと、柿崎さんは嬉しそうにはにかんだ。
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