後悔
■春日ひより視点
最初は、本当に優くんのことが純粋に好きだった……のかな……?
今となっては、私にはもう分からない。
でも、優くんに告白されたあの時のこと、私は今でも鮮明に覚えてる。
『そ、その、ひより……僕と! 付き合ってください!』
えへへ……あの時の優くん、ホントに緊張してたっけ。
拳をギュって握って、目だって瞑っちゃって、声だって上ずっていて。
だから、私は答えた。
『うん……いいよ……』
って。
それから私と優くんの、幼馴染じゃない恋人としての関係がスタートした。
でも、想像していたものとは全然違っていて。
優くんは今まで以上に私に話し掛けてきて。
『一緒にどこに行こう?』とか、『何がしたい?』とか、色々聞いてきて。
『僕も、もっとオシャレしたりしないと、だよね。ひよりの隣にいても恥ずかしくないように』とか言ってきて。
うん……優くんは、いつの間にか私中心に物事を考えるようになっていたよね。
でも、私はそんな優くんの変化に戸惑っちゃった。
というか、幼馴染と恋人の区別がついてなかったんだ。
だから、私はどうしていいのか分からずに、優くんと一番仲がいい和樹に相談した。
これこそが、私の最大の過ちだった。
私はただ、優くんの変化に戸惑って、これから優くんに対してどう接したらいいかって、和樹が優くんとどう関わり合っているのか、それだけが聞きたかったのに。
なのに。
『ウーン……多分、ひよりちゃんが恋愛っていうのをよく分かってないんだと思うから、例えばだけど俺でトレーニングしてみる?』
今から考えたらあり得ない提案を、その時の私は受け入れてしまった。
それから、私は優くんと一緒にいない時は、和樹とその疑似恋愛ごっこに興じていた。
でも……そんなごっこをしている時の、和樹の表情や言葉や行動や、そんな色々なものが私には新鮮だった。
私が知っている男の子は優くんだけだったことも、そう感じてしまった大きな理由だと思う。
だから……私は、それが恋愛なんだと勘違いしてしまった。
気づけば、優くんと会うよりも和樹と会っている時間のほうが長くて、色々遊んだりして、そんなおかしな関係が二か月続いた頃……私は、和樹と関係を持った。
和樹は、『こんなの誰でもヤッてることだし』とか、『むしろ処女とか、彼氏からしたら重いだけだろ』とか言われて、そんなものだと思って許してしまった。
だけど。
『はは、ひより!』
朝の通学路、優くんが私を見つけて笑顔で駆け寄って来る。
そんな姿に、私は胸があったかくなる。
ああ……確かに私は和樹に恋をしてるけど、一緒にいたいのはやっぱり優くんだ。
だって、優くんの笑顔を見れば癒されるし、何より、こんなに私のことを好きでいてくれるし。
でも、会話をすればつまらなくて、退屈で。
逆に和樹はいい加減な性格で、軽薄で。
でも、面白くて、刺激的で、快楽的で。
結局、私は二人とそんな関係をずるずると続けたまま、一学期を終えた。
何より、優くんが私と海デートをするために張り切ってバイト漬けの毎日を送ってくれていることは好都合だった。
そのおかげで、私は気兼ねなく和樹と会えたんだから。
◇
夏休みに入って一週間を過ぎたあたりから、優くんからの連絡がぱったりと途絶えて、私からメッセージを送っても、電話を掛けても無反応。
しかも、恋人同士になってから最初の私の誕生日まで無視されたって、的外れにも怒っていたっけ。
そんなの、優くんからしたら当たり前の反応なのに。
それすらも気づかずに、私はその鬱憤を晴らすかのように和樹と会って、身体を重ねていて……。
夏休みも終わりに差し掛かってくると、さすがに様子がおかしいことに、馬鹿な私でも気づく。
だから直接優くんの家に行くけど、出てくるのはいつもおばさんで、『優太は具合が悪い』『今日は出掛けていない』など、結局会うことができなかった。
なんで優くんは会ってくれないの?
なんで優くんは声を聴かせてくれないの?
こうなると、私は不安と焦りで一杯になる。
でも、こうなった原因が和樹との関係だなんて、この時の私は一切気づいていなかった。
本当に……救いようのない馬鹿だ。
二学期が始まっても、優くんが学校に来ることはなかった。
教室の優くんの席は毎日ポツン、とたたずんでいて、それを見るたびに私の胸が苦しくなって、つらくて、寂しくて……。
すると、和樹はこれ見よがしに私に話し掛けてくるようになっていた。
優くんが教室にいないから、遠慮する必要がないとでも思っているんだろう。
正直、この時の私は和樹なんて相手にしてる余裕はなかった。
私は、優くんのことが心配で、気掛かりで、それだけで頭の中と心が埋め尽くされていたから。
だから。
『アッチ行ってよ、馴れ馴れしい』
『チッ……何だよ、まったく……』
もう……私の中で、和樹は空気よりも軽くて見えない存在でしかなかった。
そして、私は偶然にも、優くんと出逢うことができた。
私達が子どもの頃、いつも遊んでいた思い出の公園で。
『優くん……』
堪らず、私は優くんに声を掛ける。
ああ……優くんを見た瞬間、安心している自分がいる。
でも、優くんは私をチラリ、と一瞥したかと思うと、ブランコから降りて私の横を通り過ぎようとして……っ!
『っ! 優くん待って!』
私は思わず優くんの腕をつかんだ。
『……離して』
『ねえ、どうしたの!? 夏休みから優くん、おかしいよ!』
虚ろな目で冷たく言い放つ優くん。
こんな優くん、私は見たことがない。
だから、必死で優くんに問いかけるけど、優くんは何の反応も示さない。
その時。
――どん。
『っ!?』
『お、おええええええええええええッッッ!』
優くんは私を突き飛ばし、その場で吐き出した。
『ゆ、優くん!? 大丈夫!?』
そんな姿を見た私は、思わず優くんの傍に駆け寄る。
でも、優くんは私を睨みつけながら拒否をした。
『なあ……なんで、僕に声なんて掛けてきたんだ?』
『な、なんでって、私は優くんの幼馴染で、彼女……だし……』
優くんの問い掛けにそう答えてから、私は思わず顔を逸らしてしまった。
だって、彼女なのに私、ずっと優くんのことを放ったらかしにしていて、和樹とばっかり会っていて……。
『いいよ……もう、別れよう……って、そもそも付き合ってたのかどうかも怪しいけどね……』
一番聞きたくなかった言葉が、優くんの口から放たれる。
嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
だけど、その次の言葉で決定的になった。
『……僕がバイトしてる裏で、和樹と逢ってたくせに!』
『っ!?』
知られてた!?
優くんは、私と和樹のこと知っていた!?
だ、だめ……ちゃんと言わないと……!
和樹とはただのごっこで、私が好きなのは優くんなんだって!
一緒にいたいのは、優くんなんだって!
でも。
優くんは振り向きもせずに、公園から去ってしまった。
◇
「あ、あはは……本当に、あの時の私をぶん殴ってやりたいわ……」
自分の部屋で机に突っ伏しながら、そんなことをポツリ、と呟く。
あの後、私は優くんに逢うことも、話をすることも、たった一文字のメッセージをもらうこともできなくなった。
優くんは学校に来なくなって、次の年の春には正式に退学したと聞いた。
パパとママとの仲だって最悪。
私のしでかしたことも全て知ってからというもの、実の娘である私に今も白い目を向けてくる。
当たり前だ、私はそれだけのことをしでかしたんだから。
同情の余地なんて、これぽっちもない。
学校でも、私が和樹を一切相手にしなくなった腹いせに、アイツはこれまでのことを全部暴露したらしい。
あはは……その結果、アイツも誰からも相手にされなくなったんだから自業自得としか言いようがない。
私? 私は誰にも相手にされなくなっても……汚物を見るみたいな視線を送られても気にも留めなかった。
そんな連中の視線なんかよりも、優くんの私を見つめる柔らかい眼差しの損失のほうが比べものにならないほど大きいから。
「本当に……私って、馬鹿にもほどがある……」
こんなにも大切なのに……こんなにも大好きだったのに……なんで私、それを手放すような真似をしたのかなあ……!
優くんを失ったあの日から四年。
今も私は、机に顔を伏せながら後悔で泣き続けている。
お読みいただき、ありがとうございました!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、
『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると幸いです!
評価ボタンは、モチベーションに繋がりますので、何卒応援よろしくお願いします!