第六章「予想だにしない出来事」
結局リナと会うことを考えていて一睡もできなかった。おかげで授業中に少し寝てしまうかもしれない。
朝食を食べれば眠気もなんとか吹き飛ぶか、そう思って食卓へ向かう。
「おはよ・・・ってどうしたの?」
「全然眠れなかった。」
「とりあえず座っておいて。もう朝ごはんできるから。」
数分後、大地も席についた。いつものように千秋が朝食を用意してくれた。朝食をとった後、すぐに着替えるために部屋に向かう。ああ、そうだ。何を着ていこうとしていたんだっけ?これか?いやこっちだったか。迷っていると千秋が声をかけてきた。
「何をグズグズしてんの?」
「ああ、すぐ行く!」
クローゼットから服をひっつかんで着替えてすぐに部屋をでる
「ん、その服装どうしたの?」
「え、なんか変か?」
「いや、そうじゃなくて、いつもとなんか違うなって・・・誰かに会う予定でもあるの?」
「ああ、リナと会うんだ。」
「あ、そうなの?」リナが呟く
「ああ、とにかく行こうぜ。」
アパートを出たところで、千葉さんのことを思い出す。うーん、彼女はどこに住んでいるんだろう。昨日、彼女はアパートに面した道を真っ直ぐ向かっていった。いや、なんだかストーカーみたいだ、こういうことを考えるのはよそう。今は、とにかくリナとの予定に集中だ。
大学に着く前に、近くのカフェにコーヒーを買いにいった。授業中に寝るわけにはいかないし、ましてやこの大学に入るために一生懸命勉強してきたのだからなおさらだ。
ハヤシカフェという名前の喫茶店だった。居心地の良さそうな店だ。コーヒーの香りが店中に漂っている。店に入ると、レジの男性店員が挨拶をした。四十代後半か五十代前半くらいだろうか。コーヒーを受け取ると、そのまま授業へと向かった。
ここのコーヒーは本当に美味しいな。この値段もリーズナブルだ。コーヒーを好んで飲むわけではないが、ここのコーヒーであればたまになら飲んでもいいかな、そう思えた。特に大地はコーヒーが好きだったので、後であいつらにも教えてやろう。
何事もなく授業を追えた。今朝のコーヒーのおかげで眠くなることはなかった。さて、次はいよいよリナとの待ち合わせだ。あの二人にはこの時間にリナと会うことを伝えてある。だからわざわざ探しに来ることはないだろう。
リナとは正門前で会うことになっていた。いたいた。相変わらず本当に素敵だ。
「あ、こんにちは。康太さん。」
「やあ、リナ。今日はどこか行きたいところある?」
「うん、この近くに素敵なレストランがあるの。」
ついに、待ちに待ったリナとの二人だけの時間だ。彼女の言うレストランがどこなのか気になるところだ。
レストランに向かう途中、見覚えのある看板をどんどん通り過ぎていく。まさか・・・。
曲がり角を過ぎると、大和料理店という例の文字が見えた。千葉さんが近くに住んでいることといい、リナがこの店を選ぶことといい、こんな偶然の一致なんてあるのか・・・。
まあ、この後シフトが入ってるし、ここにやってくる手間は省けたが・・・。店内に入ると、やはり多くの人で賑わっているのが目に入る。この店はやはり午後の時間帯が忙しいのだろうか?夜はそうでもないようだが・・・。
運良く空いている席を見つけてそこに腰を下ろし、注文をした。そういえば、ここの料理はまだ食べたことがないな。
「そうそう、まだちゃんと自己紹介してませんでしたね。リナ・シュヴァルツです。」
名字のちゃんとした発音の仕方が分からなかったが、とりあえず頷いてみせた。
「改めて、井上康太です。ところで、もしかしてなにか聞きたいことでもあった?」
「うん、あの6年前のことを知りたいんです。」
「どうやって会ったとか・・・?」
「それも含めてです。」
ん、「それも含めて」とはどういうことだろう?つまり、真意は他にあるということだろうか?それでは、彼女が僕を呼び出した本当の目的とは一体なんだろう?
「それで、6年前の何が知りたいの?」
「起こったこと全てです・・・。」
「どうやらやはり一から説明しないといけないようだ。」
覚えていることを、事細かに彼女に話した。
「ふーん・・・。」彼女は指を顎に当てて考え事をしている。
「分かりました。康太さんはなにか聞きたいこと、ありますか?」
「うん、あるよ。」
「何でしょう?」
「リナの記憶喪失のことだ。でも、もし言いたくなかったら無理する必要はない。」
「ええ、大丈夫です。安心してください。みんなおんなじことを聞きますから。私のお父さんはドイツ人で、お母さんは日本人。3年前まで、ドイツで両親と暮らしてたんだけど・・・。ある事件が起こって、お母さんが亡くなって・・・。その、母方のおじいちゃんとおばあちゃんから聞いた話なんですけど、私が自分の部屋にいるときに、お父さんがお母さんを殺したらしいの。それで、私は精神的ショックから倒れて記憶喪失になったって・・・。でも、どうにも腑に落ちないの。じゃあ、なんで私は助かったんだろうとか、そもそも、お父さんが本当にそんなことをするのか、とか・・・。だから6年前の、私が記憶喪失で思い出せない時間のことを知りたくて。」
「リナ、ごめん・・・。」
「大丈夫。両親のことは覚えてないけど、それでも、やっぱりいつも両親のことを考えると虚しさを覚えて・・・。」
「打ち明けてくれてありがとう。」
「それと、もう一つ。どうして早稲田を目指したの?」
うっ・・・それを聞かれても・・・。君を探していた、とでも言えば良いのだろうか。でも、もしあの男が彼氏だったとしたら、そんなことをこの場で言ったらどうなるだろう?
「あ、俺は・・・。」
「お待たせいたしました。ご注文の品です。」
店員が沈黙を打ち破る。なんとか助かった。
「ありがとうございます。それで、康太さん、今何を言おうとしていたの?」