第五章「転機」
三日目の授業が終わったが、まだ今日はリナの姿を見かけていない。ひょっとして欠席しているのだろうか?まあ、もしかしたらすれ違ってるかもしれないが。そろそろ、バイトに行く時間だ。
俺たち三人は同じ店で働くことになったが、シフトは違う。授業の日程が違うことからも当然のことだ。俺が三人の中で最も早いシフトになっていた。どんな人が働いているんだろう?すぐにカッとなる人とかがいなければいいが・・・。もしそんなのがいたらすぐに辞めると思う。
そんなことを考えてる間にもう着いちゃった。さあ、出勤初日だ。中に一歩入る、すると店は人で溢れていた。昨日はこんなんじゃなかったのに・・・。唖然としている俺に店長が話しかけてきた。
「おお、いたか君。裏に行ってすぐ着替えてきてくれ。」
「はい、けど場所がちょっとわからなくて・・・。」
「おお昨日案内するのを忘れていた。こっちだ、着いてきてくれ。」
そう言うと店長は事務所の隣にある部屋に案内してくれた。店長から制服を受け取り、すぐに着替えた。ちょっとサイズが合っていなかったが、こんな忙しい状況では四の五の言ってられない。
「よし、では戻ってお客さんの注文をとってきてくれ。任せてもいいな?」
「ええ、大丈夫です任せてください。」
「すまんな。それでは、頼んだぞ。」
よし、俺がやることは、注文を聞いて、それを紙に書いて、厨房に回し、料理を提供することだ。ただあまりに混雑しすぎている・・・。
「すいませーん!こっち注文お願いします!」
「お会計したいんですけど。」
「お冷頂戴!」
「すいませーん!こっちもお願いします!」
クソ・・・こりゃあ大変だ。もはや頭がいっぱいいっぱいだ。注文を書くための紙すら無くなってきたので口頭で厨房に注文を回した。
あちらこちらに動き回ること数時間、ようやくお客さんの数も減ってきた。ふう、ようやくこれで少しは休めそうだ。ところで今更だが、俺以外のウェイターがいないのに気がついた。俺が来る前は店長一人で注文をとっていたのだろうか?とりあえず、休憩室で休むことにした。
「あの・・・すいません。起きてますか?」
「優しげな女性の声がした。」
「あ、すいません。ちょっと寝ていたようで・・・えと、何でしょう?」
「あの、あなたが枕にしているの・・・私のバッグです・・・。」その声の主は恥ずかしそうに言った。
そのバッグからすぐに離れて土下座する。
「すいません!まっっったく気づかなかったんです!」
「いえ、大丈夫ですよ・・・!顔を上げてください・・・!」
あまりの疲労で周りのことを気にする余裕すらなく寝入ってしまったようだ。この人、どれくらい俺が起きるのを待っていたんだろう?
顔を上げて彼女を見ると、すぐに長い黒髪と青い瞳が目についた。そして学生服を着ているということは・・・もしかして高校生か・・・?
「申し遅れました。千葉彩乃です。厨房でバイトしてます。」
「よろしくおねがいします。千葉さん。井上康太です。ウェイターです。バッグの上で寝るなんて・・・本当にすいません。」
突然、千秋と大地が休憩室に入ってきた。
「よ~康太。まさか高校生ナンパしてんじゃねえだろうな?」大地が言う。
「んなわけねえだろ!」
「まあ、どのみち振られるでしょうけどね。」千秋が呟く。
「おいやめろ貴様ら・・・。」
すると千葉さんはそんな俺達を見てクスクス笑い出す。気まずい雰囲気になるかと思ったがそんなことはなかった。
この二人が来たということは、もう俺のシフトは終わりということだ。俺は一人で地獄を味わったのに・・・こいつらは初日から二人か・・・運のいい奴らめ。さて、それでは家に帰ることにしよう。千葉さんのシフトもどうやらこれで終わったらしい。
千葉さんと一緒に店から出たところで、どのあたりに住んでいるのか聞いてみた。すると偶然にも、俺たちと同じ地区に済んでいるらしい。こんな大都会東京で同じ地区に済んでいる確率なんてどれくらいだろう?俺がいわゆる主人公だからだろうか?まあ冗談はさておき、ちょっと驚いた。
一緒に歩いてると、なんだかちょっぴり気まずかった。何も話しかける話題が思いつかない。なんで高校生相手にこんなに気を使っているんだろう・・・。そんなこんなで、アパートの手前で千葉さんと別れた。
めちゃくちゃ気まずかったな。東京に来てから一週間も経ってないのに、こんなにいろんなことが一度に起こるなんて。
すると、スマホが鳴った。リナからだ。明日、時間があったら少しお話しませんか、という内容だった。もしかして突然記憶が戻ったのかなとも考えたが、そんなのは奇跡に近い。おそらく、当時のことを知りたいのだろうと思った。
明日の予定を確認したが、大丈夫だ。空きはある。ようやく、誰にも邪魔されずにリナと話せる。何を着ていこう?彼女は服のセンスも良いし、田舎もんみたいに思われたくないな・・・。
そう思ってインターネットのページを参考に、「これがいいかな・・・いや、こっちか・・・」とクローゼットの中を探していると、千秋の声が聞こえてきた。
「ただいま!康太、いる?」
「おう、ちょっと待っててくれ。」
慌ててクローゼットを閉める。
部屋を出る。
「何してたんだ?」大地が聞いてくる。
「いや、普通に部屋の掃除をだな・・・。」
「ふぅん・・・そうか。」大地はにやけてそう言う。
やれやれどうせまたロクでもないことを考えているのだろう。それはそうと、千秋が食べ物を持ってきてくれたようだ。なんでも店長がくれたらしい。今度機会があったら職場のことについてもう少し詳しく店長に聞いてみるとするか。