第四章「正体未だ不明」
千秋と大地を引っ張ること数分、ようやくアパートに到着した。ふう、疲れた。まだ大学に来て一日目だというのに、いろいろなことが起きている。二人を引っ張ったことで肉体的に疲れただけでなく、精神的にも疲れてしまった。
リナはどうして記憶喪失になったんだろう。事故か何かに巻き込まれたのだろうか?そして何よりも、あの男は誰なのか?友達?いや、そうとは思えない。でも、彼女を抱きしめていた。考えるだけで頭が痛くなる。リナと話す機会があれば、聞いてみよう。さてそれよりも、このニ人をどうするべきか?
もう部活勧誘の先輩の群れからはだいぶ遠ざかっているが、まだあれこれと夢を膨らませているようだ。部活に入ってほしくないわけではないが、軽率な判断はしてほしくない。まあ、俺自身がそんなことを言える立場ではないが。しかし、俺たちはアルバイトをしなきゃならないから、学業とクラブ活動とバイトの三つ両立させるのは難しいと思う。
さらに悪いことに、俺たちはまだ夕食を食べていない。俺と大地は料理の技術がないので、いつも千秋が料理をすることになっていた。二人で何かを作ろうとすると、まるで下水から出てきたもののようになってしまうのがオチだ。
「おーい!千秋ーいい加減にこっちの世界に戻ってこい。料理ができるのはお前だけなんだ。」
「演劇部ってどんな感じなんだろう...。」
俺の声はまるで届いていないようだ。先輩、なんか変なクスリでも飲ませたのか?仕方がない、俺が料理するしかないか。頭に布をかぶせて後ろで結ぶ。さあ、夕食に、食べられるモノを、作る時間だ。
「ゴミ捨て場から出てきたような味がしても、俺を責めないでくれよ・・・。」
俺の料理を食べても怒られないための、ちょっとした保険だ。さて、どんな食材が必要だったっけ・・・?
悩むこと数十分、ようやく食べられる料理ができた。思っていたよりも美味しそうだった。さあ、味見の時間だ。
一口食べてみる。
うん・・・少なくとも食べられはする。美味しくはないが、不味くもない。飢えずに夕食を済ませるにはまあ十分だ。
「おい、二人ともまだうつつを抜かしてるのか?夕食の準備ができたぞ」
「うっ・・・。何が起こったんだ?。」大智が言った。
「お前は何かに酔っていたんだよ。さあ、千秋を呼んで食べよう。」
二人はようやく正気に戻った。
二人は、テーブルのそばに座り、俺が作った料理を見た。それを見た瞬間、二人は祈りと別れの言葉を口にした。
「みんなと一緒にいられて、本当に良かった。」
「ああ、そうだね。大地と康太、いつもありがとう。」
「おーい、俺の料理はそんなに悪くないぞ。それでは、いただきます!」
しばらくして、俺たちはようやく夕食を食べ終わりました。ぶっちゃけ、もう二度とこのようなものを食べないようにしたいものだ。
食事を終えて一息ついた後、俺たちはバイトの話をした。本当はリナの話題を出したかったが、今はこっちの方が大事だ。
千秋の話によると、彼女はすでにアルバイト先としていい店を見つけたらしい。料理が得意なので、料理人として働いてみたいということだった。大智は、配達担当。俺はウェイターが良いなと言った。少なくとも、同じ場所で働けるのだから、明日の授業が終わったら、その店を見に行こうということになった。とりあえず、ゆっくりと長めの睡眠をとることにした。
明日を迎え、一晩休んでこんなにホッとしたことはない。部屋から出ると、焼き鮭のいい香りがした。早起きして朝食を作ってくれたのは千秋だった。ああ、今回は大智や俺じゃなくてよかった。やっと、美味しいものが食べられる。
「目が覚めたわね。座って座って。もうすぐ出来上がるから。」
「早起きなんだな。」
「二人に料理は絶対にさせたくないからね。」
「ごもっとも。」
数分後、大地も食卓にやってきた。みんなで朝食をとり、大学での一日に備えることにした。
アパートから大学まではほんの数分とかからない。もし運が良ければ、今日リナに会って話して、誤解を解いておきたい。
今日は既に二つの授業に出席した。そして偶然、廊下でリナに出会った。最初に話を切り出したのは、意外にも彼女だった。
「あの康太さん、昨日はあんなふうに帰っちゃってごめんなさい。」
「いや、別にいいんだ。ただ、まだ話したいことがある。今日の午後は暇かな?」
「ごめんなさい今日は授業があるの。連絡を取れるように私の電話番号とメールアドレスを渡しておくね。」
「え、いいの?」
「だって前から友達だったんでしょ?なら、何も問題ないじゃない。」
そういうと彼女は一枚の紙切れを俺に手渡した
「また後で話しましょう。私は授業があるから。じゃあね。」
一体今何が起きたんだ。リナの、電話番号を、俺はもらったのか?どうやら彼女の性格はあの頃と変わってないようだった。優しくて、思いやりがあって・・・。もしかしたら僕にだけそう見えてるのかな。まあとにかく、リナと話せる機会を手に入れたんだし、昨日一緒にいたあの男は誰だったのか聞いてみることにしよう。さて、次の授業はなんだったか。
授業中、生徒の一人に近くのバーで行われるパーティーに突然誘われた。その男子生徒は鈴木春人というヤツだった。そいつは俺がぜんぶ金を出すから、誰でも誘ってくれと言っていた。なんでも、みんなで仲良くなるための手段として開催するそうだ。どうやら、かなりの金持ちらしい。
俺も行くべきだろうか?自分に問うてみる。たぶんリナも行くんだろう。もしそうだとしたら、リナとゆっくり会話できるチャンスになる。彼女にあとで電話で聞いてみよう。電話番号を持っているんだ使わない手はない。そして、あいつら二人も誘っておこう。どうやら、このクラスの全員がそのパーティーに行くようだ。いったい何人規模になるのやら
授業が終わった後、千秋と待ち合わせた。大地はまだ授業があった。千秋にパーティーのことを伝えると、行く行く!と返してきた。まあ、料理をする手間を省きたかったのだろう。バーで出される料理がどんなものか楽しみだし、とくに気にならなかった。パーティーは今から1週間後だ、とくに焦る必要はない。後で大地にもパーティーのことを教えてやろう
1時間ほど待って、ようやく大地の授業が終わった。危うく退屈すぎて腐りかけるところだった。大地はパーティーについて何も知らなかったので、もう一度一から説明した。大地も行く気満々のようだ。パーティーの件も済んだことだし、そろそろレストランへ行ってアルバイトに申し込むとするか。
何分かかけてレストランを探して、ようやく辿り着いた
「この場所だって言ったじゃないか。」
「いーや、向こうにあるって言ってたね。」大地が言い返す。
「いいから、行くわよ」千秋が言う。
その店に入ると、30代中盤くらいの男性が入り口で出迎えてくれた。アルバイトの面接に来たんだと伝えた。
「ああ、数日前に履歴書を送ってくれた方達ですね。井上さん、原田さん、川野さん、だったかな?」
「あ、はい。」
「おい待て、誰がいつ履歴書なんか出したんだよ?」大地と俺は顔を見合わせた。ということは、千秋に違いない。知らない間に自分の名前が勝手に使われるのは嫌だが、まあ千秋だからいいか。
「事務室に来てくれるかな。」
どうやらこの男の人は店長だったようだ。彼に続いて事務室に入り、条件や日程などについて話し合った。すると、店長はすぐに採用の判断をしてくれて、もしよければ明日からでも働けると言ってくれた
なんだかすぐに話しが決まったな。千秋が裏で何かしてたんじゃないだろうな。これでバイトの件は一応方が付いたわけだ。残るは、リナがあのパーティーに行くかどうか、だな。さて携帯はっと・・・。
リナにパーティーに行くかどうかメッセージを送ってみた。すると数秒後に返信が帰ってきた。どうやらリナも行くらしい、良かった!
「おい、何笑ってんだよ?」大地が聞いてきた。
「ああ、リナの件だ。リナもパーティーに行くらしい。」
「待てよ、電話番号ゲットしたのか?」
「うん、ついさっきな。言うの忘れてた。」
「じゃあ、あの男のことについてはなんか聞いたのか?」
「その件については後で話してくれない?さっさと家帰るわよ。」千秋が言う。
アパートに戻ってきた。うん、全てがうまくいっている感じがする。バイトも決まったし、パーティーにも招待されたし、そして何より、リナもパーティーに来るんだ。いや待てよ、冷静に考えれば、あの男も来るということか?いや、今日のところはそういうことは忘れて、ゆっくり休むことにしよう。