第三章「まさかの出来事」
「あの・・・ごめんなさい、どちらさまでしょう?」
俺のはやる気持ちはゆっくりと薄れていった。胸が突然なんだか重く感じられた。リナは俺をからかっているに違いないと思いたかった。だけど、彼女の表情から察するに、そうではないらしい。
「俺だよ、康太だよ。九州で6年前に会った。」
「なんだか・・・お会いしたような気はするけど・・・ごめんなさい。よく覚えていないの。」
「それは・・・どういう意味?」
「実は・・・3年前に記憶喪失を発症してしまって・・・。だから、3年以上前の記憶はないの・・・。」
リナの携帯が鳴った。
「ごめんなさい。私もう行かないと。」
これは現実なのか?現実だとわかっていても、受け入れられなかった。あの六年間、すべて無駄だったのか?俺だけじゃない・・・。六年間頑張ったあの二人もだ・・・。ニ人に伝えたらなんて言うだろう・・・。いや、こういうことを考えるべきじゃない。きっとあの六年間はなにかの意味があったはずだ。ついにリナに会えたんだ。僕が初めたことだ、自分で落とし前をつけるしかない。ただまずは、今起きたことを二人に伝えなきゃ・・・。
千秋と大地を探しに建物を出た。あの二人はまだあの人混みの中にいるだろうか?いや、あの人混みに割って入っていくよりは、メールで別の場所で会おうと伝えたほうが良いだろう。
落ち合うはずのカフェから通りを眺めて座っていると、リナがやってきた。こちらには気づいていないようだ。どうやら誰かを待っているらしい。
すると日本人らしき人影が彼女に近づいていった。するとリナの肩に手をまわした。おいおいもしかしてデートじゃないだろうな?いや落ち着け、早とちりはやめよう。たぶん親戚かなんかだ。ってなにをふざけているんだ。彼女はそもそも外国人で、あいつはどうみても日本人!親戚なわけあるか!
絶対に諦めないって誓ったそばからなんでこんなことに・・・。もうメチャクチャだ。
すると、突然だれかに優しく肩を叩かれた。いったいだれだ?
「なんだお前か・・・。」安堵して息を呑む。
「失礼なっ!。ここで落ち合おうって行ったのはアンタでしょ?」千秋だった。
「いや、それはだな・・・。」と言って外を見ると、二人はもうどこかへ消えていた。
「あれは一体・・・。」
「いや気にしないでくれ、なんでもない。」
千秋は疑うように俺をみる。
「リナ。そうでしょ?」
「う・・・うん。」
まるで殺人事件の容疑者を問い詰めるように、千秋は質問してきた。今起こったこと、そして今見たことすべてを話した。千秋はこんなことになって落胆しているだろうなと思ったが、一瞥するとなぜか笑みを浮かべていた。何か変なこと言っただろうか?すると千秋は大地を探そうと話を切り替えてきた。ああそうだ、あの野郎どこへ行ったんだ?しばらく待ってはいるが・・・まさかまだあの人混みの中に取り残されてるなんていうんじゃないだろうな?返信もしてこないし・・・。
千秋と僕は大地を探しに言った。手がかりはなかったが、いそうな場所といえばあの正門だ。例の人混みの・・・。
そこへ到着すると、やはり上級生がクラブ勧誘をしていた。もう一回あそこへ行くしかないか。群衆を押し分けるて大地を探す。すると視線の先に、彼がいた。何度か呼びかけたが、声は届かなかった。なんとか近づいてみると・・・「ボクシングクラブは君を必要としている!」というボードを掲げているのが見えた・・・っておいお前勧誘してんじゃねえか!
「お、そこにいたか康太。ボクシング部に入れよ。」
「そもそも入らん、ってか一体何してんだよお前は!」
「ボクシング部の勧誘だけど?」
やはりこの場所はうるさくてかなわん。大智を無理やりひっぱりだすと、一体全体なにをしていたのか聞いた。どうやら、面白そうだから入部したとのこと。別に入部するのはいいんだが・・・いや最初に連絡しろよ。
千秋に電話して、もう見つけたぞと連絡した。ったくまさかこんなことをしているとは・・・。
千秋がなんとか人混みをおしのけてこっちへやってきた。なにやら段ボールでできたボードを手にしている・・・。演劇部についての説明をしながら。これであなたも女優になれます!だと・・・。もう知らん。もう勝手にしてくれ・・・。あいつも上級生におだてられたのだろうか・・・。
これ以上こいつらに引っ掻き回される前に、家に返したほうが良いな。上級生はどうやら想像以上に下級生を丸め込む方法を知っているようだ。
本来、千秋が俺たちを叱る役目なのだが、今は立場が逆転してしまっているようだ。まあ、千秋は演劇とかそういう類のものがすきで、大地はスポーツが好きだ。俺はといえばそれとは対象的に、これといって好きなものはなかった。たぶん、リナがずっと俺の目標で、あの約束を果たすことだけを考えていたからだった・・・。ただ目下の状況では、難しいだろう。いまのところは、こいつらを家に、これ以上上級生の甘言に惑わされぬように、返してしまおう。
俺たちは大学から数ブロック先のアパートに暮らしている。学校までは数分で歩いて行ける距離だったので非常に便利だった。ただその分、家賃はかなりかかるが。一年間の賃料だけで俺たちがもといた街では巨大な家が買えるくらいだ。親からもらったお金で、すでに半年分の家賃は支払ってある。ただ東京に住み続けるためには、バイトをしなければならなかった。
それが明日やることだ。悪くない給料を貰えるバイト先を探す・・・。ちなみに授業料については心配はいらない。俺達は奨学特待生だ。(そうは見えないかもしれないが。)まあもっとも、授業を落とさないように気をつけていればだが・・・。
ただ、こんなふうにあれやこれやと気をもむことはあるのだが、最大の目標を忘れるつもりはない。