6.師匠との別れ
部屋の隅に山の様に積み上げられた本も、魔導師にしては多めの武器や防具も、台所用品に食器類、下着以外の師匠の衣服まで、師匠の家にあった物は全部、時空魔法のアイテムボックスに納めた。
この世界に来て約半年。
春も終わりかけの頃に来たのに、もう秋めいてきた。
◇◇◇
この半年間で、師匠からは沢山の事を学んだ。
文字に一般常識、魔法に魔物の生態。食べられる物の見分け方からポーション類の作り方、獲物の解体まで。
剣術については、師匠は素人だった。それでも素人なりに、騎士団と剣術練習をした時の事を思い出しながら教えてくれた。
自力で生きて行くためには剣術も必要。
そう言って教えてくれた教え方は上手かったが、指導は厳しかった。そのしごきに耐えられず、何度か逃げ出しそうになったが… 。
スポーツ不得意だったんだよね。
生きて行くには手に職は必要。一番手っ取り早い職は誰でもなれる冒険者だ。だが、私は魔法の才能はあったけど、剣術や体術は全然ダメだった。
だから、他の道も確保しようと調合を学び、ポーションの作り方も習った。
だから私は薬師としての道もあるが、素材採取の事も考えると、やはり剣術は必要になると指導してくれた。
そうこうしている内に、半年経ち、師匠があの世へと旅立つ時が来てしまったのだ。
通常、この世にどれだけ強い思いを残していたとしても、霊は100年も経たずに強制的に成仏させられる。
死んだ直後は、人の姿を保っているが、時が経つにつれ、言語も解さず、理性も、生きていた頃の記憶も失い、姿も歪に溶けたような見た目になる。
100年も経つと、何もわからず目的もなく、ただ彷徨うだけの存在となり、その内、光の粒となり消滅していく。
師匠が異常なのだ。
本人は魔力量が関係しているのだろうと笑っていたが、100年以上もたってこの姿を保っているって化け物だと思うよ。
そんな化け物じみた師匠でも、この世に留まれるタイムリミットが近づいているらしい。
霊になって時間が経ち過ぎた事と、私を弟子にして古代魔法を教えられた事で満足した事が原因だろう。
師匠があの世に旅立ったら、師匠の家にかかっていた魔法もとける。
だから、師匠の家にあった物は、全部私の時空魔法で作ったアイテムボックスに収納した。
日の出前。師匠の家である洞窟の前で師匠と2人、並んで空を見上げていた。
日中はとても過ごしやすい気候なのに、この時間帯は上着を羽織っていても寒く感じる。
両手で身体を摩りながら見上げた空は、真っ暗な中に綺麗な星空が広がっていた。
『どうやら、今日は晴天じゃな。絶好の旅日和じゃな』
徐々に薄くなっていく師匠と、たわいのない話をする。もう、これが最後だと、2人ともわかっていた。
『どんな生き方をするかはレイ次第じゃ。じゃが、せっかく覚えた古代魔法を王族達に利用されるような生き方はしないで欲しいのぅ』
『それは大丈夫。私はそんな権力者に関わりたくないし、できればダラダラゴロゴロしながら生きて…生きたいから』
『お主、まだそんな夢を抱いておったのか…。変わらんのぅ。勤勉で真面目な取組方とその発言がちぐはぐじゃが…まぁ、良いじゃろう』
光の粒が増えていく。
『ただ、最後に忠告じゃ。過去、人と何があったかは知らないが、もう少し人と関わってみろ。人は嘘をつくし裏切りもする。関われば心は傷つくし苦労もするだろう。でもな、人と関わらず苦労しないって事を上手な人生だと思わない事だ。少しくらいバカを見ればいい。自分を育て自分に満足するって言うのはそういう事じゃないじゃろ?人生、自分の心を揺さぶるのは目に見えない物の方が多い。だからこそ、色々な出来事に出会い、大切な物は自分で捕まえ自分を育め』
『……師匠にはお世話になりました。師匠の事は信用しています。でも、やはり私は人をなかなか信用できないと思います。それだけ、裏切られてきましたから。この世界には、魔族や獣人族がいるんですよね?その方達が人間とは違うと願っていますよ。魔族や獣人族の方とは仲良くできるかもしれませんね』
『やれやれ、最後の弟子が、こんなに世話の焼ける弟子になるとは思わなんだ。ま、なんだかんだ言ったが、この世界は元の世界とは違う。レイはレイらしく自分に期待して気楽に行けよ。楽しかったぞ』
『私も… 。色々教えてくれてありがとうございました。親の愛すら知らない私だけど、家族ってこんな感じかなって思って…… 楽しかったです』
笑顔のまま、消えていく師匠に、
『師匠、いってらっしゃい』
笑顔で手を振り見送る。レイにとって、成仏する事はこの世から逃れられる事であり、怖い事とは思ってないからだ。
光の粒になり、天へと登っていった師匠をしばらく見つめた後、意を決して一番近い人族の街を目指す。
とりあえずは、服も欲しいし、住む場所も欲しい。特にこれから寒くなるから、衣食住は確保しないと、野宿でなんて生活できない。人付き合いは苦手だが、人里でないと生活が厳しい事くらいはわかる。
前の生活は、とにかく働き詰めだった。だからこそ、第二の人生となるこの世界では、無理せず生活したい。
でも、最低限の衣食住は整えていたい。お金は稼がないといけないな。
一番近い街までは、3日ほど歩けば着くはずだ。とりあえずは、街を目指そう。ゆとりあるタイムスケジュールで仕事をして、趣味のお菓子作りもして、スイーツ食べて、好きな本を読んで寝る。そんな生活をするんだ。日本ではずっと一人で生きて来たんだ。この世界でもきっと大丈夫だ。
自分の意思とは関係なく知らない世界に連れて来られ、死ぬ事を選ばずに努力して色々学んだんだ。もう、色々割り切った。前の世界では生きる為に自分を押し殺し、我慢して生きてきたけど、第二の人生となるこの世界では、私は私である事を一番大事にしよう。これ以上、誰かの勝手にされてたまるか。好きに生きてやる。
太陽が顔を出し、明るくなってきた森の中、師匠の家にあった地図を片手に街を目指して歩き始めた。
暖かい日差しの中、途中、目に付いた薬草を採取し、現れた魔物を風魔法で倒し、アイテムボックスへと回収しながら歩く事2日目の昼過ぎ、何やら前方が騒がしい。
何だろうと思って見てみると、木立の向こう、開けた山道でウルフの群れに襲われている馬車がいた。
「おい!そいつを落とせ!囮に使うんだ」
声がする方を窺っていると、泣き叫ぶ小さな子供を馬車から放り投げそのまま走り去ってしまった。
マズイ!
子供を助けようと、風魔法を使ってウルフの首を刈りながら向かうが、辿り着いた時には既に亡くなってしまっていた。
全力で走る馬車から放り投げられ、受け身も取れなかったのだろう。
状況がわかっていない様子で、霊体となった子供が自分の遺体を見つめていた。
『ごめん、間に合わなかったね。でも、もう、苦しい事も痛い事もなくなるから、安心して』
レイの腰くらいまでしかない子供の頭には、犬の様な耳がついていた。
獣人族なのかな?フサフサの尻尾まであった。
レイに警戒する素振りを見せたが、子供の目線に合わせてレイが膝立ちとたり、声をかけていると、徐々に今にも泣きそうな顔へと変わっていった。
『お姉ちゃん、助けて…』
小さな声で、やっとその一言を伝えてきた。
その子は、アレクという名前で獣人族の子供である事、奴隷商人に捕まってしまった事、他にも子供が馬車に乗っている事を話し出した。
『わかった。今からその馬車を追いかけるから、君はあの光に向かって進みなさい』
レイが指差す方には、綺麗な光の道が出来ていた。この道が消えてしまえば、この子は地縛霊としてこの地に縛られてしまう。
『早く行きなさい。間に合わなくなるわ。大丈夫。怖くないからね』
アレクは、小さな手を振りながら、光の道を進んで行き、そのまま成仏していった。
『バイバイ。アレク』
その光景を見届けてから、レイは土魔法で墓を作りアレクを埋葬した。
レイは人嫌いだが、小さい頃から施設で育ち、下の子の面倒を見ていたため、子供に対しては優しかった。
親に殺されかけ、一人取り残されたレイには、施設で来ない親を待ち、結果諦めていく寂しい気持ちが良くわかった。同情や同族意識なのだろうか。親の代わりにはなれないけれど、施設では下の子の面倒は見ていたのだ。
アレクと約束したため、埋葬が済んだ後は急いで先を目指し進んでいると、少し行った先で、馬車が横倒しに倒れていた。近づくと、辺りには血痕と肉片が散乱していた。
人の姿はない。馬の姿も。おそらく、さっきのウルフが住処へ持って帰ったのだろう。
馬車の側に2人の子供の霊体がいた。3歳くらいの女の子と5歳くらいの男の子。虎柄の、猫のような耳と尻尾が付いている。兄弟かな?
どうやら死んだ事を理解していないようだ。優しく諭し成仏してもらった。人族と獣人族は敵対しているような事を言っていたが……だからこそ、こんな子供を人族が馬車に乗せているのは不思議だった。奴隷として捕まったのかな?そう考えると不快な気持ちになった。
さて、血の海をそのままにしておくと、魔物が寄ってくる。金目の物だけ回収して、血痕ごと燃やしておこうか。
魔物もいる世界。森で魔物に殺された場合、そこに残された物は第一発見者の物になる。危険が伴うわけだし、貴族でもないかぎり、遺体を回収しに来る事もない。
馬車に残されたていたのは、金貨20枚と銀貨7枚だけだった。他には、鞭やロープ、鉄製の首輪があるだけだった。奴隷に使ってたと思うと持ち帰りたくない。本当なら、身分のわかりそうな物を回収し、街の騎士団へ届出ないといけないのだが、いかにも奴隷商と思えるこの馬車の持ち主のためにそんな事をするのも面倒くさい。
レイは、お金だけ空間魔法に放り込み、馬車ごと血液や遺体の破片を火魔法で燃やした。
後に残されたのは、丸く黒く、焼け焦げた地面と、焼け焦げた枷だけだった。
その焦げた地面に、周りの野花を摘んできて蒔いた。そこに光魔法を唱えると、草花がどんどん育っていって、小さな花畑が完成した。
レイが扱う光魔法は、主に『生命に関する魔法』『清浄化に関する魔法』となる。
レイは、花に付いていた種を、光魔法を使って一気に成長させたのだ。
「お墓のかわりになれば良いけど」
静かに手を合わせ、急ぎ場を離れた。
今は燃やして匂わないだろうが、さっきまでの血の匂いで魔物が寄ってくる可能性があるからだ。
今日はなるべく離れた場所で野宿しよう。
幸い、レイが手こずるような魔物には遭遇しなかった。
少し開けた場所があったので、そこに師匠特製の結界を付与した敷物を敷く。なんとこの布敷物、ワイバーンの皮らしい。
ワイバーンって竜種だったよね。
その皮で敷物を作る師匠が普通じゃないのはわかる。しかし、おかげで安心して野宿ができるからから良かった。
この敷物、3m×3mほどの広さがあり、上空も同じ3mくらいは結界を張ってくれる。
テントはないから、その敷物の上で毛布に包まって寝るしかない。
アイテムボックスから旅立ち前に作り置きしていた、野菜や肉がゴロゴロ入った「具沢山スープ」を取り出し、食べた。
師匠の家は快適だったけど、一つ問題があった。それが、食料だ。師匠の家に住み始めてしばらく経つと、小麦粉や調味料の在庫が切れてしまったのだ。しかも、米にいたっては、師匠は見た事もないらしい。味付けはハーブ等をフル活用したが、物足りなかった。
「あぁ… お米食べたい。フワフワのパン食べたい。お菓子も食べたい… 」
予定としては、明日には街に着くはずだ。
師匠のお金が金貨で約18枚ほど。奴隷商のお金もある。
「よし。街に着いたら服と食べ物を買うぞ〜!」
素振りをし、魔力操作の練習に土魔法で小さな猫の人形を作った。
お風呂に入れないから、光魔法の清浄化魔法を自分自身にかけて綺麗にし、毛布に包まって早々に寝る事にした。
街に行ったら、湯船にも浸かろう。
やりたい事がどんどん増えていった。
閲覧ありがとうございました。
今後もよろしくお願いいたします。