3.修行が始まりました
玲子からレイになり、この世界についての説明を聞いて弟子入りを承認してすぐに、師匠の元での修行が始まった。
この世界に来た当日から修行が始まるとは思ってなかったけど、魔力操作は至急身につけておく必要があるらしい。
今は魔力を垂れ流しにしている状態なため、このままでは魔力枯渇症になってしまうし、下手したら魔力暴発を起こして危険らしい。そして魔力に敏感な強い魔物を呼び寄せてしまうらしい。
(私自身がゴキブリホイホイみたいに呼び寄せるってこと?!何それ!嫌だ怖い!)
どうやら早朝にこの世界に落下したみたいだから、まだまだ修行する時間はある。魔物を呼び寄せる体質なんて嫌だ。絶対に魔力操作を身につけてみせる。
賢者のおじいさんの事は師匠と呼ぶ事にした。それは私なりに弟子として敬意を払おうと思ったからだ。
まずは魔力操作の練習から。早く身につけないと、自分の体への負担も大きいらしいし。
『自分の魔力が体の内側、指先から足先まで、隅々に巡っていくようなイメージで動かしてみよ』
血管の中を血が巡っていくのと同じでいいのかな?
とりあえず、血管のなかを魔力が巡るイメージをして…
『もっと内へと、納めるんじゃ。今のままでは多い。押さえ込め』
意外と難しいな…。もっと内へって、魔力を凝縮させろって事かな?凝縮…凝縮…。
そういえば、理科の授業でやったな。気体を液体にするのを凝縮だったっけ?物質の三態だったっけ?
気体を冷やしながら液体にするんだったっけ?
花のオイルも、花を高温の水蒸気で蒸すことで、香りの成分が気体になり、その気体を冷やして花の香りがするオイルを取り出しているって聞いたような…。
ダメだ。発想がズレてきた。集中。集中。
魔力の液体化のイメージでいいかな?う~ん。魔力という気体の微粒子が徐々に穏やかにゆっくりと流れるように、血管という容れ物に粒子が収まるように、でもくっつかないように少し動き回るように…。
『お、その調子じゃな。もう少し頑張れ』
まだか。こうかな?こんな感じかな?あ、だめだ。混乱してきた。
『なんじゃ。乱れ始めたぞ』
集中… 集中… 。単純に血液循環を考えていけばいいのかな?考えすぎるのは悪い癖だな。
『ふむ。それで良いじゃろ。その状態を四六時中保てるようにするんじゃ』
『は?この状態を?今、かなり集中してないとできないんですが…』
びっくりして、魔力が一気に乱れてしまった。
『それが魔力制御じゃ。魔力を操作し、制御する。これも修行。頑張れ。ほれ、また魔力が乱れておるぞ。制御せい』
確かに、魔力制御ができないと暴発させても大変だし。頑張るしかないか。
『よし。魔力は落ち着いてきたのぅ。その状態のままで、文字の勉強を始めるか』
………マジですか
『ほれ、そこの書物をもってこい』
霊だけど、生き生きしている師匠を止める術は、レイにはなかった。
◇◇◇
『よし。今日はここまでにするかの。この調子なら、文字の勉強は直ぐに終わりそうじゃな』
魔力制御をしながらの勉強は大変だった。でも、文字はローマ字、文法は日本語のような言葉だった。覚えやすくて良かった!
『この世界の識字率は低いから、覚えておくと職にこまらんぞ』
『え?文字を習ったりしないんですか?学校はないんですか?』
『あるが、貴族の子もしくは金のある商家の子らが通う学校か、魔力のある者が通う学校しかない。一般市民は子供の頃から働くのが普通じゃな』
なるほど。義務教育はないのか。勉強も大事だと思うけどね。
『さて、昼飯にするかのぅ』
『ご飯!』
やった!ご飯だ!お腹減ってたんだよね。
『ワシはこの体だから、レイが自分で作るんじゃ。ま、パンがあったから、それで済ませても良いぞ』
『自炊してたから、料理は得意です。材料はありますか?』
師匠に案内されて台所へ向かった。自炊生活だったから料理は自信あるんだよね。家事歴20年超の腕を見せつけてやるわ!
『これは魔道コンロ。古代魔法の一つである錬金魔法の付与魔法で作られたものじゃ。ここに、魔力を流すと火がつく。魔力は少しで良いぞ。材料はそこにある。時間停止魔法をかけておいたから腐ってはないぞ』
材料を見ると、干し肉・小麦粉・砂糖・塩・胡椒・牛乳・バター・パンがあった。
『昼からは、食材を探しに行くか。さすがにこれだけでは足りんじゃろ。基本的に食材はその日食べる分を森へ取りに行っていたからな』
『ねえ師匠、これがパン?』
ドーム型で見た目はドイツパンみたいだが重い!試しに切ってみたが、硬い!日本で食べてたふわふわパンに慣れていると、これがパンとは思えない。
『これがパン?!』
切ってから、思わず再確認してしまった。
『それは主に冒険者用のパンじゃ。一応、街には一般用の柔らかいパンもあるぞ』
『冒険者用のパン?』
『このパンは日持ちさせるために、硬めに焼いておるんじゃ。柔らかいパンは移動中に潰れるし日持ちしないからのぅ。昔のパンはこの様な硬いパンだったが、異世界人からの知識の恩恵で、今では柔らかいパンも売っておるよ』
良かった。ありがとう、過去の召喚者達。
このパンはデカいカンパンって事かな?
とりあえず、今日はこのパンを食べるとしても、このままで食べるのは辛い。スープでも作るか。
小鍋にバターと小さく切った干し肉を入れ、バターが溶けたら牛乳を入れて少し煮る。そこに塩と胡椒を少々を加えて出来上がり。
ほうれん草やシメジなど欲しかったけど、無いから仕方ない。普段ならコンソメと塩・胡椒で味を整えるけど、流石にコンソメは見当たらなかった。コンソメの代わりに干し肉を使ったけれど美味しくできるかな。
「ゔぅ~。調味料欲しい。材料欲しい。家電欲しい」
干し肉ミルクスープにちぎったパンを浸しながら、食べて昼食は終了。味はものたりなかった。
「日本の調味料の素晴らしさを思い知らされたな」
一人暮らしが長いと独り言がふえるなぁ。
それにしても、やっぱり、食材は欲しいな。
師匠の台所には、流石に電子レンジとかは無かったけれど泡立て器や計量カップなど、調理器具は馴染みのあるものが多かった。全部異世界勇者の知識から得た物らしい。
電機機器等の複雑な物は無理だろうけど、簡単な構造の物は普及しているみたいね。
街に行くと、異世界人発祥の便利な道具や美味しい食べ物が売っているみたいだ。街へ行くのが楽しみだな。
◇◇◇
師匠の家にはあまりお金はない。死ぬ前に、孤児院へ寄付してしまったらしい。別に勇者について行って死ぬ気だったわけではなく、元々孤児院へ寄附をしていたからというが……まぁ、この家を見る限り贅沢はしていなかったようだから、良い人だったんだとわかる。
そのかわり、武器や防具は揃っていた。この世界、銃などはなく、武器は剣、弓、槍。これらが一般的な武器だ。
『さぁ、今から森の中へ入ってもらう。生きているなら食料調達は必須じゃからな。身を守る物を選んでもらいたいが……どれか扱ったことのある武器はあるかね?』
『ないですね。そもそも、戦った事がありません』
日本暮らしのレイは当然、殴り合いの喧嘩すらした事がない。武器なんて馴染みのない物を扱える自信はない。
少し悩んだ後、いくつかある武器の中から、一番軽い短剣を持ち、外の森へと食材探しに出た。
『あ、香草がたくさんある』
ローズマリー、レモングラス、レモンバーム、ペパーミント、カモミール、バジル。
ヨモギ、たんぽぽ、ふき、ドクダミ、シソ。
森の中には知らない植物もあったけど、見たことのある植物が多かった。
薬になる植物、食べられる植物を師匠に習いながら採取していく。特に薬になる素材はしっかり覚えておこう。ポーションと呼ばれる薬は、作り方によって効能に差が出るらしく、上手く作ると高値で売れるらしい。この世界で生きる手段にしよう。
『古代魔法を覚えると、採取したものを時空魔法に収納できて楽なんじゃけどのう』
時空魔法のアイテムボックスという魔法で収納すれば、時間停止機能付きで沢山の物を収納出来るらしい。その魔法が付与されたマジックバックもあり、高級品ではあるが、所持している者もいるそうだ。
レイはまだ魔法を覚えてないし、マジックバックもないから、採取した物はカゴの中に入れていくしかない。
魔力がなければ、異世界とは思わなかったかもしれない。それだけ、森の中に違和感はなかった。見た事ない植物もあるけど、私が知らないだけだと考えて終わるだろし。
『異世界だから、もっと変な植物が溢れてるかと思った。毒々しい色をした大きな人喰い花とかね』
『それは植物じゃなく、魔物じゃな』
『魔物?』
『森の中など、人がいない所に、魔力溜と呼ばれる黒い沼のような物が突然できて、そこから、魔物と呼ばれる生物が湧き出してくるんじゃ。見た目も強さもバラバラで、強い者になると、魔法も使うぞ』
『え?この森は大丈夫ですか?』
『ん?魔物もでるぞ。ほれ、すでにそこにおるぞ』
師匠が指差した方を見ると、プニプニの物体が。
『スライム?!』
『お?知っておるのか?そう。スライムじゃ。魔物の中では最弱じゃな。火属性魔法が使えたら簡単に倒せるが、武器で倒す場合は、核を壊さねばならん。ほれ、うっすら中にあるものがみえるじゃろ?』
目を凝らすと、緑色のプニプニの物体の中に、ピンポン玉サイズのトゲトゲしたものが見える。
『あれを剣で破壊してみよ』
『え?私、剣持つの初めてなんだけど!』
『魔力操作で魔力を循環させてると、身体能力は向上する。スライムごとき倒せんと、この世界では生きて行けんぞ』
魔物はこの世界では身近な生き物なんだろうな。仕方ない。覚悟を決めるか。腰に帯びていた短剣を手に持ち、スライムに向かって構える。見るからに魔物。気分的に初めて対峙する魔物が人型じゃなくて良かった。ウニウニと動いているだけだから、楽に倒せるだろう。
『あ、言い忘れておったが、スライムは意外と素早い動きで飛びかかってくるから、気をつけるのじゃぞ』
『え?』
その時、左右に揺れていたスライムが、突然飛びかかってきた。
『うわっ!』
ギリギリで横に飛び退き避けたが、よろけてしまった。
その隙を見逃さないとばかりに、スライムが飛びかかってくる。その動きはまるで、スーパーボールだ。
スライムの体当たり攻撃は、私のお腹にクリーンヒットした。
『アガァッ』
思わず、変な声が出てしまった。痛い!
涙目になりながらも、スライムめがけて剣を振ったが、当たらない。
痛むお腹に耐えながらも、両手で剣を持ち直す。このままだと、最弱魔物に殺される。
どうする?!
スライムとの距離感を測りかねていた時、スライムが再び飛びかかってきた。思わず眼前に差し出した剣にスライムが刺さり、核が壊れた。
完全なるラッキー勝利。実力などない。
『レイは、剣術の練習も必要じゃな。この世界では強い魔法が使えるのは、隠しておった方が良いからな。宮廷魔導師になりたいなら別じゃが、国と絡みたくないなら、魔法が使えることは極力隠すべきじゃ。それなら、剣術はある程度、使えるようになっとった方が良い』
『わかりました。練習します。それよりも、他にも魔物が出ますか?逃げた方が良いですか?!』
『いや、今日はもう大丈夫じゃ。魔物は出んよ。この辺は弱い魔物しかいなかったからな。レイが現れた時の高魔力でほとんどの魔物は逃げ出しておる』
『じゃ、ずっと魔力を放出させてたら魔物は寄ってこないんじゃない?』
『雑魚はそれで良いが、興味を持った高位魔族が寄ってくるぞ。魔王とかの』
魔王…… そりゃだめだ。
『元々、この辺りには強い魔物はおらん。ワシの光魔法の影響も残っとるからの。だから今のところ命に関わる敵はおらん。じゃからほれ、採取を頑張れ』
『頑張るけど!頑張るけど、早く身を守る魔法を教えてくださいね!』
魔物が出るとか怖い!それに、小説とかだと、召喚者ってチートで凄い運動神経になって、剣でモンスターを楽々退治していくんじゃないの?!
私のチート、「魔力量が多い」の一点だけなんだけど!
魔力制御も気を抜くと乱れるし。本人の努力頼みが多い召喚だな!
チート欲しい!
『そもそも、肉を調達するために、討伐と解体は覚えないと、この世界では生きていけないからの。ほれ、頑張れ頑張れ』
……この世界で生きていくと決めたんだ。覚悟を決めよう。
閲覧ありがとうございました。
今後もよろしくお願いいたします。