26.鍋とスープと地獄飯
街の端、あまり人が立ち寄らない場所にある孤児院。
「見てくれよ!レイ!野菜がこんなにいっぱい育ったんだ!」
孤児院の裏側から、弾むような声がした。
孤児院の庭に畑を作ってから、レイとフィオは採取に行く前にチラチラッと様子を見に来ていた。種を撒き「成長は早いな~」と思われる程度の成長になるように、少しづつレイの魔力を注いでいた。
そしてついに収穫できるまで育ったのが、大根、長ネギ、白菜だった。
(冬野菜か…魔力注いでもやっぱり時期は大事なんだな。しかし、少しずつかけたつもりだったけど成長速度が早すぎた。変って思われなければいいけど)
「良かったね~。これで街へいちいち出なくても美味い野菜が食べれるね」
これで街や森に入らなくても最低限の食べ物は確保できるかな。レイは野菜のチェックをしながら保存食についても考えていた。
「丹精込めて世話した甲斐があったぜ」
「ねぇレイ、これで美味しいスープ作れない?」
「「「スープ!」」」
「いいなぁ、スープ。まだまだ寒いから体が温まるものがいいなぁ」
「そうね…じゃあミソスープでも作ろうか」
レイの一言に、野菜の籠を持ったロイが嬉しそうに言った。
「レイの料理は美味しいから大好きだ!」
おぉ!ロイのあんな笑顔初めて見たな。そんなに私の料理が好きなのか…。ずっと自炊頑張った甲斐があったというものだよ。
ミソスープと言ったが、豚汁の事だ。先日、やっと味噌に似た味の調味料を見つけたのだ。出汁は釣った魚の中骨を乾燥させたもの。
さぁ、とれたて野菜で作ろうか。既に何度も使っているので勝手知ったる台所と化した場所で、豚汁の調理に取りかかる。
まずは肉と野菜を食べやすい大きさに切る。
大鍋に肉を入れ炒める。
そこに水を入れ、中骨の干したものを加え出汁を取る。
体を温めるため、少しの生姜と野菜を入れて煮込む。
本当は米がいいけどこの世界でまだ米に出会ってない。だから、パンを焼こう。
パン生地を成形し焼き始めた頃に、豚汁の匂いにつられるように子供達がやってきた。
「やっぱりレイの料理はいい匂いだなぁ。味も美味しいし、あんまり年齢変わらないはずなのに、レイは凄いなぁ」
ロイが褒めてくれる。そんなに褒めてくれるなら、もう一品ふやそうかなぁ。レイは肉の塊を取り出し、さてどうしようかと思案し始めた。
「ロイ兄ちゃんとトーマス兄ちゃんの料理も美味しいよ」
ちびっ子組がロイやトーマスと可愛く戯れあっている。
ん?そういえば…。レイはふと疑問に思ってしまった「言ってはいけない一言」をつい言ってしまう。
「そういえば、ここで料理はロイやトーマスが作ってるの?マリー先生は…」
そこまで言った瞬間、トーマスの手により口を塞がれた。青褪めた表情のトーマスが必死の形相でレイに耳打ちしてくる。
「だめだ、レイ、それは禁句だ。マリー先生の料理は…」
「あらぁ。やっぱりそうよね。レイちゃんもそう思うわよね」
ん?子供達の不穏な空気に反するように嬉しそうな表情のマリー先生が一言。
「今日は久しぶりに私も腕を振るっちゃおうかな」
ざわっ
緊張感の走る室内。
慌てたロイとトーマス。
「大丈夫だよ!マリー先生!今日はレイの料理があるから…」
「もう一品作ろうと思ってたんでしょ?」
「はい…少しですが肉を焼こうかと…」
「それ、私に任せてちょうだい!」
◇◇◇
食事
それは生きていく上で必要なもの
誰にとっても必要なもの
そして、どうせ食べるなら美味しく、愛情の籠ったものが良い
「さあ!張り切って作るわよ~!」
「レイ、もうだめだ。諦めよう」
「は?何を?」
「覚悟を決めてくれ。マリー先生は…壊滅的に料理が下手なんだ」
「肉を切って塩で焼く。それだけよ?大丈夫でしょ?」
「ダメなんだ。それでもダメなんだ」
「いいか、レイ。ここまできたら諦めるしか無い。覚悟を決めるしか無い。マリー先生の作る料理は…食べなかったら食べないでずっと拗ねて泣き続ける。1週間は口を利いてくれなくなる。だから、覚悟を決めて食べるんだぞ」
ロイとトーマスからの助言に、レイは心の底から叫んだ。
「面倒臭い女だな!おい!」
料理ができた。
レイが作ったパンとミソスープ。そして謎の黒い物体。
おかしいな。肉は一人当たり少なくとも大判焼きサイズは行き渡るはずだった。しかし、目の前にあるのは2センチ四方の黒い物体。
これがロイ達の言っていた…
「ちょっと見た目はアレだけど、愛情は沢山込めたからね!さぁ、じっくり味わって召し上がれ」
「…さあ、食べようか」
ここで二つのタイプに分かれる。
苦手なものを後で食べるタイプ
と
苦手なものを先に食べるタイプ
レイは後者だ。
このサイズなら一口でいけるな。フォークで刺し…硬いな、おい。フォークで刺し、じっと黒い物体を見つめる。完全に炭だな。ふと斜め前を見るとトーマスが石像のように無表情で固まっている。あぁ、食べたのかな。
フィオにはこの黒い物体は与えられていない。レイが作ったものしか食べないと言っておいたからだ。フィオに食べさせたら、文句タラタラ騒ぎ出しただろう。そっと足元を見ると、残念なものを見るようにレイの手元の黒い物体を見つめていた。
この場にレイを助けてくれる者はいない。
肉を塩で焼いただけ。ただただ苦いだけの炭を一口食べればいいだけだ。味の想像はつく。
意を決して料理を口に運んだ。
まず最初にふわりと鼻を抜ける香りは炭の香り。それを追いかけるように古い油のような匂いが不快感を与えてくる。
なかなか噛めない硬い塊。奥歯で一噛みするとジャリジャリとした食感が口内に広がる。
香ばしいを通り越し苦味の頂点に達したような味と混ざり、過剰すぎる塩気と、謎の味わった事のない化学物質のような味。ペンキやエンジンオイルってこんな味なのかな?って思わせる味。
最終的には口内の水分を全て奪われる。
感想をまとめると、不味い。
豚汁で一気に胃まで流し込みレイのノルマは達成した。
その後は記憶にない。一気に料理を食べ、外の空気を吸いにいく。あぁ…空気が美味しい。
そっと中を見るといまだ苦戦している子がいるが、救出には向かえない。
「………強く生きろよ」
握り拳を作り、ボソッと呟くレイを見ながらフィオは思った。
(俺、レイの手料理で良かった…)
フィオの中でレイの好感度が爆上がりした日だった。