23.私、薬師になりたくて
「今日はいい天気だな。絶好の狩日和じゃないか?」
「天気は良くても寒いものは寒い!」
雲一つない晴天。それでも冬の刺すような寒さに変わりはない。寒さをものともしない元気なフィオとともに、買い出しついでにギルドを覗きに行こうと外に出た。
途中、フィオが強請りにねだった屋台の串焼きを買い、端の通行の邪魔にならないような場所で仲良く食べる。
今日も通りは賑やかで、寒さなど関係ないとばかりに元気な声を響かせる露店がチラホラと目に入る。
軽食の屋台、地方の雑貨屋。暖かそうなマフラーを売っている露店。
串焼きを食べ終えた1人と1匹はそれらを横目に通り過ぎ、脇道へそれる。
脇道と言っても馬車が通れるくらいの道幅で、そこには宿屋や集合住宅みたいな建物が並んでいる。
そこを通り過ぎると、また大通りにぶつかる。
こっちはギルドがある方で、商店通りと呼ばれている。間口の広い店舗と倉庫が並んでいて、宿屋があった通りより馬車が多く行きかっている。
その商店通りで、気になった雑貨屋へと入る。
面白い調理器具や調味料がないか、興味本位で見にきたのだ。
(フライパンがいいのがあったら欲しいな。あとは米!そして味噌!ソースも欲しいなぁ)
先日、一緒にラビィ討伐に行ったケイシーに教えてもらったが、各家庭・各店・各地方でそれぞれオリジナルのソースがあるらしい。秘伝のソースと言われる物だろうか。つまり、この世界でウスターソースに出会えるかも知れないという事。
それがあれば、もっと美味しくお肉が食べられるかもしれない。お好み焼きも。トンカツも。
ソースが欲しい。
自分で作れば良いかも知れないが、作り方など知らない。味は知っているから、研究すれば出来ないこともないかも知れないが、絶対に買った方が早い。
ゆとりがある時に店を覗くようにしたが、この雑貨屋にはなかった。
残念に思いながらも商業ギルドへ行き初級ポーションを売り、ギルマスに見つかる前にとそそくさと隣の冒険者ギルドへと移動した。
冒険者ギルドの、よくパーティが打ち合わせに使っているテーブルに、前回一緒にラビィ討伐に行ったマシューとケイシー、それと弓使いのカーラが座っているのが目に入った。
(あれ?あの人達……)
「レイちゃん!ヒドイな!来たら声かけてって言ったじゃないか!君と私の仲だろ!」
マシューさん達がいる。そう考える隙も与えないようなタイミングで、商業ギルドギルマスに背後から声をかけられ「うわー、めんどくさーい」と思いつつも、ギルマス相手にこの場で無視することもできず…
「ギルマス、お久しぶりです。お忙しいギルマスに私みたいな若輩者がおいそれと声をかけるなんてできませんよ」
「気にしなくてもいいのに。君ならいつでも大歓迎だよ。で、今日は商業ギルドは利用しないの?」
「先程、ポーションの納品はしましたよ。今日は天気も良いので採取に行こうと思ってます」
「そっかぁ。確かに今日は採取日和だねえ。わかった。次はゆっくり遊びに来るんだよ」
そう言って、レイの頭をくしゃくしゃと撫でギルマスは去って行った。ギルドに遊びに行くってなんだよ。
ぐしゃぐしゃにされた髪を手櫛で治していると、
「レイ?」
思わず視線をそっちに向けると、カーラとバッチリ目が合ってしまった。先程、マシュー達がいる事に気づいていたが妙に重苦しい空気を漂わせているそのテーブルを気づかないふりしてスルーしようかと思っていた。しかし……目があってしまったら仕方がない。
「こんにちは、カーラ。マシューさんにケイシーさんも今日は良い天気ですね」
「こんにちは。レイは依頼受けに来たのか?」
「はい。採取に行こうかと思いまして」
「採取……?でもさっきのは商業ギルドのギルマスよね?」
正直、挨拶だけで通り過ぎようとしたが、先程のやり取りを見て、ケイシーが不思議そうに質問して来た。
「あぁ、見てたんですね。私、商業ギルドにポーションの納品もしてまして。商業ギルドのギルマスには可愛がってもらってます。今日は依頼もですが、自分が使う薬草の採取にも行こうかと思いまして」
「ポーション……?」
口元だけで笑い、そんなわけで失礼しますと告げたら、カーラが声を張り上げた。
「あの!よかったら私も採取手伝います!」
「は?」
何を言っているんだこの子はと、派手な紫髪の頭を見下ろす。カーラってそんなタイプの子じゃなかったよね?どちらかと言うと、勝気で突っかかってくるタイプだったと思うけど。
戸惑うレイに、ケイシーが苦笑して椅子を勧めてきた。
「まぁまぁ、とりあえずレイも座ったら?」
「そうだな、カーラの考えている事はなんとなくわかるが……とりあえず説明が先だろ」
マシューにそう言われ、あまりよくないことでもあったのかと、俯いてしまったカーラの姿を眺める。
背中まである髪を一本で縛り、華奢な首筋が俯くとよく見える。中身は知らんが、見た目はどこかこう、庇護欲を誘う可憐な容姿の少女だよな。
「私、薬師になりたくて」
「ん?薬師って、冒険者ですよねカーラは」
「はい。でも本当は、薬師になりたかったんです」
薬師は儲ける。魔法が衰退した世界で、ポーションは必ず売れるから。商業ギルドの受付嬢も言っていたが、腕の良い薬師なら、貴族のおかかえとなり、一生困らない生活が約束されている。
そのかわり、覚える事はたくさんある。薬学・医学・調合。
どちらにせよカーラのように孤児院出身者がなれる職業ではない。薬師学園で勉強し、卒業後に弟子入りし、ようやく一人前だったはずだ。
もしくは薬師のところへ押しかけて、ゼロから教えてもらうしかないかな。それだって自分の子供がいれば、わざわざ弟子を取ったりしないだろうが。
レイも師匠から薬師としての知識は学んだ。しかも半年という短期間で終わった理由が、レイが持つ『鑑定』の魔法だ。一応薬草学は習ったが、鑑定という力でカバーできた。医学も医学水準の低いこの世界では、レイがもつ日本人としての常識の範囲内の知識で問題なかった。そのため、調合を学ぶのに時間がかけられたのだ。スパルタだったが……。
「それで、勉強させてくれるって人がいて、さっき話を聞きに行っていたんです」
「そうですか。よかったですね」
詐欺じゃないのか?なんて失礼なことを考えたが、マシューとケイシーが一緒に行ったのならそこは判断できるだろう。あ、やはり詐欺でふさぎ込んでいるのだろうか。
「よかったのかな……。その方に、愛人になるなら資金援助はするから、時間のあるときに勉強をするのは許してくれるって言われて」
「なるほど。愛人契約か。それで?」
妾じゃなくて愛人か。家には入れないけど面倒は見るよってことね。この世界では大出世になるんじゃないかな。この世界には奴隷もいる。スラムもある。貧富の差が激しい世界だ。日本のように甘くない。生活も面倒見てくれてそれで勉強が出来るなら、気分は良くないがいい話だろうと思ったが違ったらしい。
カーラは悔しそうな顔で、レイを睨んできた。
「あ、愛人ですよ!私は娼婦じゃない!」
「じゃあ、断ったのね。まあ何の対価も旨味もなく、勉強を教えてくれる人が早々いるわけないですよね」
ですよね、とケイシーを見れば苦笑していて、目が何か、もっと言いようはないのかと言っている。
「だからって、そんなこと要求するなんて酷いじゃない!」
「じゃあ何を聞きに行ったんですか?」
「何をって、だから、薬師になる勉強のことを……誰が教えてくれるのかとか、住み込みなのかとか、そういう、条件を知りたくて」
「まず薬師を目指している人は学園へ通うか弟子入りをします。薬師が弟子を取るのは早々ないと聞きますが、まあ中にはいるかもしれません。ですがその生活費を払い教育をする手間を考えれば、ほぼないでしょう。こう言ってはなんですが、夢と現実の区別はつけられる年齢ですよね?条件が愛人というのは、相当いい話だと私は思いますよ」
だって学園なんて、金貨何枚必要なんだよ。この世界、貴族か豪商しか通えないんじゃなかったっけ?それだけの金を払い勉強してから見習いになれるわけだろ?身売りで払える金額じゃないと思う。
しかもカーラは15歳。この世界では成人しているため、ある程度生活の地盤は固めておかなくてはいけない歳だ。
「そ、そんな、そんな言い方……私だって好きで孤児なわけじゃない!」
「親がいても無理ですよ。あ、貴族の子供でしたら別ですけど」
「そんなの!」
「だから、夢と現実を混同しないように。カーラは孤児だ。これは変えようがない。ならどうするか、どうすれば薬師になれるか。金山でも掘り当てる?白馬に乗った王子様が迎えにくるのを待つ?ねえ、カーラは本当に薬師になりたいの?なんとなく薬師になりたい、程度の考えじゃない?」
矢継ぎ早に言葉を連ねるレイに、カーラは怒りのためか身体を震わせ、ドンッとテーブルを拳で叩いた。
「私は!ずっと薬師になりたかったのよっ!」
捨て台詞を叩きつけ、そのままカーラはギルドを出て行った。その後ろ姿を見送っていたら、
「手厳しいな、お前さん」
テーブルに肘をつきながら困ったように見てくるマシューにレイは肩を竦める。
「だってもったいないかなって。本当に望んでいるのならチャンスはプライドを捨てても掴まなくちゃ。マシューさんもそう思いませんか?」
レイの言葉を聞きながらも、口を挟まずにいたのだ。少女の潔癖さも、少女の夢も理解して、でも現実も知っている大人が、どう話しかけてあげるか悩んでいたのだろう。
この世界なら、親のいる家だって、この話をふざけたものだと一蹴できるかわからない。それで夢が叶うならと、受ける人が大半だと思うけど。
「まあなあ。カーラはなんというか、人に流されるというか、レイが言う、夢見てるとこもあるしな」
「あ~、冒険者も誘われてなんとなくですか。でも筋は悪くないんですよね」
「だな。けど憧れや夢ってのは諦めきれないものだろ。無理だと思っても、ずっと心に残ってるもんだろう。引きずらなきゃいいがな」
苦笑を浮かべながら溜息をつくマシューの肩をケイシーが叩いた。
「今回は私達が言い出せずにいた事をレイがズバッと言ってくれたから感謝しないとね。でも、レイはその若さで薬師の知識を誰から習ったの?」
「祖父です。小さい頃からスパルタで教え込まれました(という事にしよう)」
「そっかぁ。カーラはね、レイに同情してもらって、レイから薬師について学ぼうと考えていたと思う。冷静になったらまたお願いにくるかもしれないわね。ねぇ、その時は、レイは受けてくれる?」
ケイシーの問いにレイは首を横に振った。
「無理ですね。私は春になれば移動する予定です。それに、私の歳で弟子を取るのも早いですし、カーラを養う力もないです」
「そうだよな。レイも若いからまだ自分のしたい事もあるよな」
「そうね。ごめんね、巻き込んで。これでカーラも憧れで終わらせて現実を見てくれたらいいけど」
「そうですね。ま、彼女の人生ですからね。彼女が選ばないと」
マシュー達とわかれ、依頼は受けずに散歩がてら草原へと足を向けたが、なんとなくやる気が出ないレイだった。