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2.賢者の弟子になります

 おじいさんの隠れ家は、洞窟を活用した家だった。

 死ぬ前に、結界と時間停止の魔法をかけておいたらしい。

 だから埃っぽくないんだ。

 凄いな、魔法。と言うか本当にあるんだ、魔法。さすが異世界。




 おじいさんは、ダニエレ・マグニーニという名前で、生前は「賢者」と呼ばれる存在だった。

 この世界で最高峰の魔法使い。

 魔力量が高く、霊体となった今も魔力で霊体を覆っているから、生前にかけた隠れ家への魔法も維持ができている。だからこそ、こんなに流暢に私と会話ができるのだろうと。


 洞窟なので、壁の表面は石だが、綺麗に磨き上げられている。

 外からの見た目よりも広い1Kの部屋だ。手前にキッチンとトイレと風呂、奥に寝室があった。


 タオルを借りて体を拭き、ブカブカのおじいさんの服をワンピース風になんとか着こなしてから、部屋の中を確認する。

 本棚もあり、書物もたくさんある。手近な一冊を手に取って見てみたが、見たことのない字で書かれている。


『会話はわかるのに、字は読めないのね』


 溜息を吐きながら本を戻す。異世界人チートとかで字も読めたら良かったのに。


『言葉はおそらく野苺を食べた事が原因じゃ。最初、ワシの言葉がわからなかったんじゃろ?ワシはずっと同じ言葉を喋っておる。この世界の物を食べて体が馴染んだんじゃろう。しかしそうか。文字は読めないのじゃな。なら、魔法の使い方、この世界での一般常識、文字を教えねばならんの』


 ふむ。と何やら考え込んでいる。


 食べ物を食べて…?


 そういえば、そんな話を聞いた事があるな。確か、黄泉竈食いだっけ?黄泉の国に行った時に、その世界の物を食べて、黄泉の国の住民になるとか。イザナミが食べてしまって、イザナギが迎えに来るんだっけ?


 じゃ、私はこの世界の住民になったのかな?まぁ、イザナミと違って、私には迎えに来る人もいないけど。


 しかし、40歳過ぎてまさかの異世界転移?最初は夢かと疑ったが、水の冷たさ、草木の肌に触れる感触が夢ではないと教えてくれる。


 自分の人生の運の無さに諦めというものも覚えていたけれども、それでも……また勉強か。運のない人生をリセットされたような気分でうんざりしてしまう。元の世界への拘りは無いけれど、面倒な事になったな。


 人間関係が苦手な私は、引きこもり生活がしたかった。でも、引きこもり生活をするにもお金はいる。衣食住を確保しておかないと、現代日本では生きていけない。

 施設育ちで家族がいない玲子は、自力で生活費を貯めるしかない。在宅でできる仕事につきたかったが就職氷河期での就活だったため、なかなか良い職にありつけず、今の会社に就職するしかなかった。

 だからこそ60歳までは仕事を頑張ろう。その後は、質素倹約な生活をしながらも、田舎の山奥に篭り、釣りでもしながら、のんびりした生活がしたかった。

 1人のんびり好きな本でも読みながらゴロゴロしたかった。自分の好きなように、穏やかに、人と離れて生活をしたかった。

 後20年。やっと折り返し地点に辿り着いたと思ったのに、またリセットか。


『さて、どんな状況でこの世界に来たのか、それを聞かせてもらってから説明しようかの。ほれ、そこの椅子を使うと良いぞ』


『その前に、私は元の世界には戻れないんですよね?』


 椅子に座りながら、最重要事項を確認する。


『すまんが無理じゃな。諦めてくれ。元の世界に戻ったと言う話を聞いたこともない。それに召喚魔法で呼び出すためにも多くの生贄が必要となるんじゃ。さらに呼び出す時には魔方陣という着地点が定められているが、戻す場合、帰還先にこの魔法陣がない。だから、元の世界には戻れても時間と場所がどうなるかがわからんのじゃ。雲の上に戻されても困るじゃろ?諦めてこの世界で生きていくしかないの』


『まぁ、元の世界に大事な人がいるとか、未練があるわけではないですが』


 ただ、私が今まで貯めたお金が無駄になったなっていうのは残念だな。ブラック企業とまではいかないかもしれないが、それでも残業・休日出勤は当たり前の会社で、休み返上で働いて貯めたお金だったのに…。

 それに、元の世界は人間関係は大変でも、インフラ整備はされていたから便利な世界だったよな。


 少し遠い目をしていた玲子をおじいさんがジッと見つめている事に気付いた。


『あ、この世界に来た時の事、説明しますね』


(未練があるとしたら、あの預金と頑張った時間だな。諦めよう。私の22年の努力の結晶達は…)


 気持ちを切り替え、玲子は正直に、この世界に来た時の事を出来る限り細かく説明した。


 まずは、自分自身について説明した。如月玲子。名がレイコで姓がキサラギ。実際は、40歳だが、13歳くらいに若返ってしまっていると。


 この世界に来た時の時間帯、場所、その時に一緒にいたメンバー、足元に黒い沼みたいなのが発生した時に、体を押された事。出来る限り細かく。


 自分の知らない現象が多すぎる。何が大事な情報かの判断が玲子にはつかない。

 正確な情報を得るためにも、きちんと伝えておいた方が良いだろう。


 玲子の説明を聞いて、おじいさんは唸っていた。


『状況はわかった。次はワシからの説明じゃが… まずは、この世界について説明させてもらうぞ』


 頷き、居住まいを正して説明を待つ。そんな玲子を見て軽く微笑みながら、


『まずこの世界には、人族、魔族、獣人族が住んでおる。で、この国はアッテムト国という人族の住んでいる国じゃ』


 棚にある筒状に丸めた物を持ってくるよう言われ、それを机の上に広げてみた。するとそれは、この世界の地図だった。


 その地図を見ながら説明を受けた。


 そこからの説明でわかった事は、この世界、この大陸は少し丸みを帯びた平行四辺形のような形をしており、中央付近に南北に伸びる大きな湖がある。

 その湖と山脈で東西に大陸が分かれており、東側に広く魔族領と獣人族領がある。そこに人族以外の種族である魔族・獣人族が生活している。


 西側の人族の世界には7つの国があり、人族の世界の南側には帝国と呼ばれる人族一の大きさを誇るガートラント国がある。ガートラント国の北東側、魔族領と接するように、今、玲子がいるアッテムト国がある。それ以外にも北からデルカダール国・ノワール国・グリフィズ国・ラインハット国・フラナガン国という人族の国が広がっている。


 昔は全種族が魔法を使えたが、徐々に魔力保有量が減っていき、200年程前から使える者が限られてきた事。特に人族は他種族と比べ、使える者が顕著に少なくなってしまった事。

 そのため、今まで魔法に頼っていた事を天然資源に頼るようになったが、昔から森を破壊し、豪華な建物を建て、自然保護の考えが希薄だった人族の国は焦った。

 ガスや石油といった物がない世界で、木材は一番身近な燃料だ。その森を育てていなかった。必要に迫られ、植樹も行なったが、木はすぐには育たない。また、育ちきる前に必要に迫られ伐採してしまう。


 木が育つより、減って行く方が早かったのだ。


 特に人族の国の一つであるアッテムト国は、その現象が顕著に現れた。


 困ったアッテムト国の王族は、ノワール国と今は亡きハイデリン国と手を組み、自然豊かで鉱石もよく採掘される魔族領を奪うことを考えた。

 しかし、魔族は魔法が扱える者が多い上に、魔族や獣人族は身体能力が高い。力が圧倒的に違った。魔族や獣人族と比べ、人族は数が多いという利点があるだけで、体格も小さく非力だった。


 そこで、召喚魔法を使い、膨大な魔力量を保有する者を呼び寄せる事にした。魔法の力で戦いを有利にするためだ。


 召喚魔法を使うには生贄が必要となる。孤児と誘拐した魔族・獣人族の子供達100人を犠牲とし、召喚魔法を使った。


 結果、成功した。


 呼び出された者を勇者と呼び、敵対する魔族を倒して欲しいと頼んだ。

 召喚者は、王族の言葉に何の疑問も持たず、魔族討伐に向かった。


 しかし、勇者は戦争という殺し合いに慣れていなかった。


 魔法の修行も行い、極大魔法も覚えた事。「必ずや魔族を滅ぼしてきます」と力強く発言した事により、参戦しても問題ないと国の上層部は判断したが、勇者は戦争を理解していなかった。


 大魔法をいくら使えても、心を鍛えていない、何の覚悟もできていない勇者は使い物にならなかった。


 戦場で、人が死んでいく光景を見て精神錯乱状態となった勇者は、魔族領との境界線での戦いの最中に、恐怖心から魔力を暴発させてしまったのだ。

 その結果、戦は双方に被害を齎しながら停戦となった。そして、アッテムト国・ノワール国・ハイデリン国・魔族領の4国に跨るように、魔力暴発が原因で荒野が誕生した。特に魔族軍に押され戦場となっていたハイデリン国は国土の8割を失い、国自体が滅んでしまった。


 帝国にいた賢者は戦争を止めようと戦地に赴いた時、爆発に巻き込まれて死んでしまったのだ。


 アッテムト国・ノワール国は自然豊かな魔族領を手に入れるどころか、賢者を失い、死の大地と呼ばれる荒野を誕生させてしまった。


 これが、約100年前の話。


 そこに玲子の登場である。


 賢者のおじいさん曰く、玲子は再度アッテムト国に召喚された勇者だろう。ただ、召喚時に突き押された事で、召喚の着地点がズレて若返りも果たしたのだろうと。若返りについては、高魔力者は歳を取りにくく、寿命も伸びるので、それも関係しているかもしれない。

 そして、その時に一緒にいたメンバーも召喚され王城にいる可能性が高いという事だ。


『私が勇者なの?他のメンバーも勇者なの?』


『いや、玲子が勇者で他の者達は勇者ではないだろう。玲子のような、ここまで膨大な魔力量を保有している者が他にもいるとは思えんからな。おそらく、お嬢ちゃんが勇者で他の者は召喚に巻き込まれたんじゃろうな』


 玲子は今までの話を聞いて、とりあえず、王城に近づかないでおこうと心に決めた。

 話を聞く限り召喚者ということがバレたら、王城で囲われ、トラブルとしがらみの生活が待っていそうだ。面倒くさい事に巻き込まれること間違いないだろう。

 それに突然、この国の都合で知らない世界に放り出されたのだ。利用されるなんてまっぴらごめんだ。


(私は私の意思で自由に生きていく。誰かに都合よく使われる生き方なんてしたくない)


 玲子が少し考えていると、


『さて、お嬢ちゃんは、この話を聞いて、王城に他の召喚者を助けに行きたいと考えているかね?』


 それを言われてビックリした。そんな事は微塵も考えていなかった。しかし、普通ならそう考えるんだろうな。


『いいえ、考えていません。例え私に巻き込まれて召喚されたとしても、今回の件は私に非はありません。あくまでも召喚魔法を使ったアッテムト国の非です。それに、今の私が行った所で捕まって都合よく使われるのがオチでしょうし。彼らは彼らで自分の判断で生きていてもらえば良いかと思います』


「冷たい人間」と言われるかと思ったが、玲子の言葉を聞いて、おじいさんは満足そうに頷くと、


『よろしい。では、提案じゃが、ワシの弟子にならんか?魔力操作から指導できるぞ?あと、ワシが賢者と呼ばれていたのが、今は存在しない古代魔法が使えたからじゃ。できれば、それも引き継いでもらいたい。古代魔法はその便利さ故に、戦いに悪用されると危険が伴うからのぅ。帝国による管理の元、一子相伝の魔法になっておったんじゃ。本来なら戦地に行く事を禁じられているワシが、独断で向かってしまい、死んでしまったからのぅ。誰かに継いでもらいたいと思っておったんじゃ』


 弟子か。ありがたい話だけど一つだけ引っかかっていることがある。


『あの…さっき他の召喚者を助けに行かないと言った私でいいんですか?人としてダメな人間だとか思わないんですか?』


『ん?思わんぞ。そもそも、この世界に来たばかりのお嬢ちゃんが助けに行けるとは思わない。それを行くと言ったならば、それこそ自己犠牲の気持ちが強い愚か者か、王国に捕まった後の周りへの迷惑も考えられない利己主義者じゃな。そんな弟子はいらん』


(…そんな風に言ってもらえるとは思わなかったな。そうか。私で良いのか)


 

 弟子か。せっかく魔力があるのなら、魔法を使えるようになっていた方が良いよな。

 それに、知らない世界に放り出されて、いきなり自活は無理だ。自信がない。

 それと、目の前のおじいさんが成仏できない理由が、古代魔法を引き継げなかった事なんだろうな。私が引き継ぐ事で満足してもらえるなら……。


『よろしくお願いします。あ、あと、私の事はお嬢ちゃんじゃなく名前で呼んでほしいんです。レイコって、この世界に合った名前ですか?できれば、この世界にあった名前に改名したいのですが、名付けお願いしたいです』


『そうじゃな。その方が良いじゃろう。じゃが、元の名前とあまり違わない方が良いじゃろうし…。レイ・マグニーニはどうじゃ?レイの名前はこっちの世界にもある。マグニーニはワシの苗字を引き継いでくれたら嬉しいのぅ。ただ、平民は名前のみで名字を持たないから、普段はレイだけ名乗れば良い』


『では、今日からレイ・マグニーニになります。これからよろしくお願いします』



《登場人物》

レイ・マグニーニ13歳 身長140cm

ダニエレ・マグニーニ 没後100年



閲覧ありがとうございました。

今後もよろしくお願いいたします。

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