16.孤児院の子供達
「寒い…寒い…」
「軟弱者が!この程度の寒さで根を上げるなど!俺は全然平気だぞ」
ご機嫌オーラを振り撒きながら、歩く白い毛玉。確かにモッフモフの毛皮は暖かそうだ。
「へぇ、そんなに暖かいんだ」
先行くフィオをヒョイっと抱き上げ、
「おぉ、ぬくぬくだ」
抱きしめると確かに暖かい。腕の中で「離せ!俺は歩ける!」などと騒いでいるが、しばらく抱きしめていたら大人しくなった。
そのまま、街に向かって進んで行く。
今日は「雪うさぎの討伐」の依頼をしに来た。
雪うさぎは、名前は可愛いが、猪程の大きさがあり、赤目を光らせながら突進してくる凶暴な生き物だ。冬になると栄養を蓄え太り、冬毛はモコモコフワフワで高く売れる。
この「雪うさぎのシチュー」が絶品らしく、依頼は一匹だったが、自分達の食事分も含めて三匹捕まえたのだ。
この雪うさぎをギルドに持っていき、二匹分の肉をもらいシチューを作って食べる予定だ。
「シチューにはパンもつけてくれよ。シチューを染み込ませたパンをハフハフしながら食べるんだ」
腕の中で食い意地が爆発している生き物が楽しそうに喋っているのを聴きながら歩いていると、
「ゔわぁぁぁぁ!」
背後から叫び声とドドドッという地響きが聞こえてきた。振り返ると、数人の子供がレッドボアに追いかけられていた。
「逃げてくれ!!!」
私達に気づいたのか、男の子が叫びながら逃げている。
「フィオ」
小さな毛玉が溜息を吐きながら、レッドボアに向かって駆け出した。子供達とすれ違いレッドボアに向かって行く。
「おい!早く逃げろ!」
私を追い越しながら叫ぶ声を無視し、フィオの方に歩いて行く。
ズズーン…
首を切断。風魔法であっさりとレッドボアを倒してしまった。
「レッドボアかぁ。肉に臭みがあるからなぁ。生姜焼きにでもしようかな」
「生姜焼きか!いいな!オレ、好きだ!」
涎を垂らしながら尻尾を振るフィオに若干呆れながら、レッドボアを収納した。その時、
「ロイ兄ちゃん!しっかりして!」
泣き声と叫び声。振り返ると、子供達が「逃げろ」と叫んでいた子供を囲み泣き叫んでいた。
しかし、小さい子達だな。5人いるが全員10歳にも満たない子達だ。防寒もまともにできていない着古した衣服を見に纏った子供達。
(孤児かな?)
その中でも年長者であろう『ロイ兄ちゃん』は、脇腹から血を流してぐったりしていた。
「ちょっと見せてね」
子供達を掻き分け、青白い顔をした子の側に行く。肉のついていない薄い腹がパックリと切れていた。
(出血量も多い。内臓も損傷している。このままだと、死ぬな)
アイテムボックスから、ポーションを取り出し、傷口にかける。少し残った分を口から無理やり飲ませた。
さすが異世界不思議アイテム。傷口は塞がり傷痕さえ残らなかった。
(私の光魔法を付与したギルドにも卸していない特別性ポーションだから、効きがすごいな。人に対して初めて使ったけど、傷も残らないとは思わなかった)
万が一の時のためにと作っておいたポーションを今回は使ってみた。子供達も回復魔法なんてわからないだろうし、ポーションも使ったことはないだろうと判断したのだ。
「ロイ兄ちゃん!」
『ロイ兄ちゃん』は傷が治って少しして意識を取り戻した。
「気づいた?傷は治したけど、出血してしまった血液までは作れないの。貧血気味だろうから、まだ無理に動かないで」
レイの言葉にハッとして傷のあった場所に手をやるが、綺麗に治っているのを確認し、さらに地面に落ちているポーション瓶を見て、青い顔がさらに青褪めた。
「傷を直してくれた事はありがとうございます。しかし、僕にはポーション代を払うお金がありません」
傷が治った時にはあれだけ歓声をあげていたのに、事態に気づいたのだろう。周りの子達まで、静かになってしまっている。
「ポーション代か…考えてなかったな。お金がないなら、後日、肉体労働でもしてもらおうかな。とりあえず、今は体調をもどすようにね」
なるべく怖がらせないよう、優しく頭をポンポンしてみる。
別にこの子達からお金を取ろうなんて考えてないんだけどなぁ。でも、要らないって言っても気にするんだろうな。
「はい。僕で良ければなんでもしますので、よろしくお願いします」
怯えたような、少し安堵したような表情をし、深く頭を下げてきた。
(しっかり者だなぁ。まだ小さいのに…この子は早く大人になりすぎているな。孤児院にいる時点で色々あったんだろうけど、悲しいな)
きっと、早く大人にならなくてはいけない事情があったのだろうロイの事を思うと、レイは寂しい気持ちになってしまった。
「ん。とりあえず移動しようか。ロイは肩貸せば歩ける?家はどこ?」
「孤児院です。ロイには僕が肩を貸します」
「よし、じゃ、孤児院まで付き合おうかね。道中何があるかわからないし」
ギルドへの討伐報告は、まだ日もあるし明日でいっか。
しかし、この子達の周りには子供の霊がたくさんいるな。10歳前後の子供ばかりだ。ん?なんだか見覚えのある子がいるような…思い出せない。
喋ってはくれない。でも心配顔の子供の霊ばかりが集まっているのが気になって、レイは子供達と孤児院へ向けて歩き出した。
「いま孤児院に、12人の子供がいるの」
「一年くらい前に、マリア先生が死んじゃって、今はマリー先生がいるんだ」
「ロイ兄ちゃんとトーマス兄ちゃんが、孤児院の中では一番年上で9歳なんだよ」
自己紹介をして、小さい組とフルーツべっこう飴を舐めながら、おしゃべりを聞いている。
気休めかもしれないが、お腹も減ってそうだったのでロイに鉄分を少しでも摂取できないかと、ブルーベリーのドライフルーツを渡したのだが、小さい組が羨ましそうに見てきたため、お手製べっこう飴を渡したのだ。
フルーツべっこう飴は、要はりんご飴の作り方で他のフルーツを固めてみたものだ。
ドライフルーツバージョンと、食べやすいように一口大にカットした生のフルーツに棒を刺し、砂糖と水を火にかけて作った砂糖水に漬け固めた物の二種類。ただこの世界、クッキングシートやステンレスなどはない。そのため、固まるまで置いておく場所が悩みだったが、輪切りにしたドライフルーツの上に置くと無事に成功した。べっこう飴にドライフルーツがくっつくという、見た目は…まぁ、思ったよりも可愛くなかったが、ちょっと小腹が減った時の旅のお供は完成だ。
生フルーツで作った飴は中身の水分が多いため、早く食べないとべちょべちょになるが、アイテムボックスに入れておくと時間停止機能もあるため問題なし!
ちなみに、調理後、片付けも兼ねて、砂糖水と果汁が入った鍋でホットミルクを作ってみたら、とても美味しく出来ました。フィオのお気に入りになってしまい、たまに強請られるのが悩みです。
そんなこんなで、飴をあげると子供達はご機嫌になった。
「ねえ、レイさんは、貴族なんでしょ?」
門を抜け、街中を孤児院に向かって歩いている時に、ロイに肩を貸していたトーマスが聞いてきた。
「貴族じゃないよ。ちなみに、私も孤児院出身」
「は?」
嘘は言ってない。元の世界の孤児院出身だ。
「貴族令嬢が一人で森を彷徨くの?」
今、私は見た目子供だ。貴族令嬢が森の中一人彷徨うはずがない。
「確かに、言われてみればそうだよな。じゃあ、なんでそんなにお金持ってるんだ?」
「お金?」
「さっきのポーションや飴」
「あぁ…あれはお手製だよ。それと…普通はお金の稼ぎ方なんて秘密事項なんだろうけど、ま、いっか。ロイ君、トーマス君、知識はお金になるんだよ」
「え?」
金を稼ぐために知識を求め、剣術や魔法も必死に勉強した。生きるための努力をレイは怠らなかった。知識や力が金になるのをよく理解していたからだ。ただ、これは誰でも気づける事なので、ロイ達には深く説明しなかった。
「あ、あれが孤児院かな?」
目の前に塀に囲まれた少し大きな教会っぽい建物が見えた。所々崩れ落ち、穴が空いたであろう場所は板で補強されている。庭は広く、庭木や花は一切ない。それどころか、雑草もあまり生えてない。
「おぉ… 何というか…趣のある建物だね」
「ボロいってはっきり言えよ」
「せっかく広い庭があるのに、何も植えないの?」
「育たないんだよ。食える物を何回か植えたんだけど、全部育つ前に枯れたんだ」
なるほど。カチカチの土にひび割れまで見える。これは育たないなぁ。せめて、畑が作れたら良いんだろうけど…。
「じゃ、私はここまでね。孤児院出身の先輩として、後輩にプレゼントをあげよう」
レイは以前獲ったモリイノシシの肉を渡した。痩せている子供達が妙に気になったからだ。小さい組が大喜びして肉を持って建物内へと入って行った。
「レイさん、ポーション代の仕事は…」
「レイでいいよ。『さん』はいらない。そうね…思いついたらまた来るわ」
「またって…いつ来てくれますか?」
泣きそうな表情で俯きがちに語るロイ。声をかけようとしたその時に、
「あっ、ロイ兄ちゃんを泣かしてる」
「えっ?」
そんなロイを見て、孤児院から出て来た子供たちが集まってきた。
「兄ちゃんを泣かせるワルモノはオレがセイバイしてやる!」
「え?」
次々と寄ってきては、レイを責める子供達。全員園児くらいの年齢で痩せてはいるが元気はある。そんな子らを見てロイとトーマスは青い顔をして狼狽えていた。
「よし、みんなでやっつけるぞ!」
「セイバイだ!」「やっつけるぞ~!」「やっちゃえ~!」
「へえ。ガキの分際で私に立ち向かうとはいい度胸だ。良いだろう。まとめて相手してやる!かかって来い!」
「え?」
レイが子供達の挑発に乗った事にビックリしたのか、キョトンとするロイとトーマスは放置し、挑んできたちびっ子の相手をする。何人かはフィオを追いかけ始めたが、面倒くさそうな顔をしながらも付き合ってくれている。
「いくぞ~!」「わ~!」「かかれ!」「たおすぞ~!」
「さあ、来るなら来い!」
ノリノリで子供たちの相手をするレイの姿を見つめながらロイは安堵していた。あれだけの大怪我を一瞬で治すポーションなど一生働いても買えない。レイが悪い人間には見えないが正直不安で仕方なかった。でも、小さい子達の相手をしているレイを見ると、きっとロイにも悪い様にはしないだろうと思えてきた。
「わっ!やるな!でも、まだまだ!これでどうだ!」
「うわっ!やられた!」「かかれ!」」
「しまった!やられる!負けるぞ!」
「いまだ!たおせ!」「やれっ!」
「駄目だ!やられる~!負けたぁぁぁぁ!」
「やった~!たおした!」「かった、かった!」
1人を抱きしめたまま大袈裟に地面に倒れたレイ。その周りで子供たちは大はしゃぎだ。フィオも追いかけっこは終了したらしく、遠くから呆れ顔で見ている。
「もういちど!」
「今日は終わりね。悪者は一回倒されたら終わりです」
「ええ~」
「また次にしよう」
「つぎっていつ?」
「そうね…遅くても1週間以内かな。ロイ兄ちゃんに用事もあるし、それまでには来るよ。もし来れなくなったら連絡する。連絡もなく来なかった場合は…諦めてね」
「……うん。わかった」
レイの話を聞いて、子供たちは寂しそうな顔をしながらも納得した様子だ。
「テキトーな約束だな。ま、俺はガキの相手なんてしたくないから来なくても良いが」
近づいてきたフィオを抱きかかえると、レイにしか聞こえない声量でそっと呟いてきた。
「ん?そうかな、具体的に約束したつもりだけど」
フィオにはテキトーに見えたかな。
「連絡もなく来なかったら諦めてねなんて、わざわざ言うか?」
「え?来る日程も伝えたし。あぁ…確かに、ずっと待っていろとは言っていないね。よく言う人がいるけど、それは言ってはいけない事だと思うから」
「なぜだ?」
「ここにいる子供達は孤児でしょ?きっと、親とか大人にそうやって騙されてきたと思うから」
「…お前もか?」
「まぁね。『いつか』や『また今度ね』。これほど信用出来ない言葉はないよね。言われた方は期待するだけして失望する。失望させずに現実にしてあげられるのが一番いいんだろうけど…」
子供の頃に夢も期待もすでに持つことを諦めている。諦めさせられてきた。レイの言葉には寂しさが滲み出ている。フィオ自身も過去に思い当たる事があるのか、これ以上は何も言ってこなくなった。
「さて、すっかり長居しちゃったね。もう帰るわ。またね、ロイ、トーマス。みんなもバイバイ」
「バイバイ!また来てね!」「まってる」「食べ物持って来てね」
「また来てくださいね。もう少し、お話したいです」
やっぱり大人だなぁ。そんなに身長の変わらないロイの頭をくしゃくしゃに撫でてレイとフィオは宿へと戻って行った。必ず次も来れるように、冒険は慎重に行おうと決意を新たにして。