14.フィオとの生活
寒雨草を採取し、街まで戻って来た。フィオも普通について来たし、もうこのまま、うちの子にしてしてもいいかなとレイは考えた。
「フィオ、本当に私についてきていいの?一緒に暮らす?」
「美味いもの食わせてくれるんだろ?一緒にいくぞ」
本人がオッケーって言ってるんだから連れて帰ってもいっか。
レイは、口では強く(偉そう?)に言いながらも「いいよな?いいよな?」と確認するようにチラチラ見てくるフィオが、とても可愛く見えてきて、すでに離れるのは寂しくなっていた。
フィオも一人で過ごしていたのだろうか。時々、レイの顔色を確認する癖がある。そして、撫でるとなんだかんだ言いながらも嬉しそうにしているツンデレ毛玉とともに街へと戻ってきた。
最初、フィオを連れて街に入れるのかと不安になったが、仔犬にしか見えないフィオは、「野良じゃないとわかるようにスカーフか何か見につけさせるように」と門兵に言われて終わった。冒険者ギルドにもモリイノシシの解体と肉以外の買取を頼みに行ったが、ここでもフィオは問題なかった。寧ろ『喋るな・大人しくしろ』という約束を素直に守ったフィオはぬいぐるみのように愛らしく、受付嬢のアイドルと化してしまった。
キャアキャアと賑やかな受付嬢から逃げるようにギルドを離れ、夕飯は屋台で買い、宿へと戻った。
宿でも仔犬なら暴れないよう見ていれば室内に入れても問題ないと許可ももらったので、早々に部屋へと引き上げ、フィオと一緒に屋台飯を堪能した。
「おい、今日取ってきた食材で飯を作らないのか?」
「今日はもう遅いし疲れたからまた明日ね」
距離も歩いたし、ギルドでのアイドルと化したフィオを救い出すのにも疲れてしまった。
「フィオ~、一緒に寝ようね~」
ギャーギャー何か文句を言っているが、知ったこっちゃない。近頃夜は冷えるから天然カイロがあるのに使わない手はない。ぬくぬくのモフモフを抱きしめてレイは眠りについた。
翌日、昨日捕ってきたモリイノシシの調理と寒雨草の乾燥処理をするためにフィオを連れて商業ギルドへやってきた。今日は調理をたくさんする予定だから4時間借りて部屋へ籠る。今日はフィオもいるし、前回みたいにこっそり侵入されたら面倒事が起きかねない。幸い内開きのドアのため、ドアの前に師匠の家から取ってきた謎の石像を置いて作業開始だ。
ちなみに今日のフィオはボーイスカウトのように緑色の小さなスカーフをしていた。そのあまりの可愛らしさに思わず抱きしめてしまうが、前足でタシタシと拒絶を示されてしまう。
「おい、飯を作るんだろ。早くしろよ」
「はいはい。食いしん坊め」
フィオは食べる量は大人の人間と同じくらいの量だ。体の大きさにしてはよく食べるが、まぁ驚くほどではない。ただ、美味しい物を求める意欲は凄まじい。
「まずは、モリイノシシを調理して保存食を作ろう」
このモリイノシシ、猪肉というより豚肉に近いし肉だ。少しクセはあるが馴染みのある味の食材でとても使いやすい。この肉を食べやすいサイズに切り、まずは角煮を作る。角煮は煮るのに時間がかかるため、煮ている間に照り焼き、生姜焼きを手際よく作っていった。それをパンに挟んでサンドイッチを作った。
この世界、何故か醤油はあったのだ。実際には醤油とは違ってピピンの実を搾ったものに塩を加えたものらしいが、かなり醤油に近い。食べ慣れた醤油よりもかなり甘い味だが、それでもこの懐かしい味にホッとしたのは事実だ。この醤油、こっちの世界ではピピンユと言うらしいが、私は醤油とよぼう。
大豆っぽい豆も市場で見た事があったが、大豆から作られていないこの世界の醤油。醤油の原材料は大豆だってくらいの知識しか持っていない私には作れないため、異世界謎植物のピピンには感謝だ。
少し高額で庶民は普通買わないそうだが、それでも買ってしまうのは元日本人だからだろうか。
残念ながら米は見つからないから、主食は主にパンだ。依頼中の昼食には手掴みで食べられるサンドイッチがやっぱり便利だが、飽きないように色々な味のものを作ってストックしておこう。少しだけ残しておいた照り焼きと生姜焼きを味見担当のフィオにあげ、次は甘いサンドイッチを作る。パンに薄くバターを塗り、師匠の家にいた時に作っておいた野苺のジャムを塗る。これでジャムバターサンドの完成だ。これも少しだけフィオにあげるとどうやら気に入ったらしい。おかわりを要求してきたが、無視だ無視。まだ他にも作る予定だから今食べすぎないようにしてもらわないとね。
次は焼きサンドだ。パンにハムとチーズを挟みフライパンで両面を焼く。美味しそうな焼き目がついた所で包丁を入れると、ザクリッと良い音がして中からチーズがトロリと溢れてきた。それが溢れる前に急いでお皿に盛り付けフィオの前に置いた。チーズの良い匂いが辺りに充満しなんとも美味しそうだ。
「焼いただけでこんなに美味しくなるのか。俺、これ好きだ」
尻尾をフリフリさせながら喜んで焼きサンドを食べている。レイも小腹が空いたためフィオと半分こしてサンドイッチを頬張った。
(やっぱり焼きサンドにすると、パンの香ばしさも増して美味しくなるわね)
小腹を満たし、角煮の鍋を確認する。いい具合にお肉も柔らかくなっている。とりあえず、保存食はこのくらいでいいかな。寒雨草の作業時間がなくなってしまう。
作った物を全てアイテムボックスに入れ、次は寒雨草だ。
風魔法で、取ってきた寒雨草を乾燥させていく。すると淡い水色だった花がどんどん茶色くなっていき、焦茶色になった。
「それが飲み物になるのか?不思議な匂いだが……正直、見た目は不味そうだが…」
渋い顔のフィオの隣で、レイは衝撃を受けていた。この寒雨草から漂う香り。とても良く知っている。
少しだけお湯に溶かして飲んでみると苦味が強いが間違いない。
「………ココアだ」
「ココアとは何だ?」
「フィオ、ちょっと待ってて。美味しい物作ってあげる」
どう考えても甘党のフィオのため、ホットミルクを作りその中に砂糖と寒雨草の粉を入れた。
「はいどうぞ」
深皿にココアを入れ、フィオに差し出す。恐る恐るといった感じでココアを口にしたフィオだったが、一口飲んだ途端に凄い勢いで飲みはじめた。
「美味い!これ美味いな!」
口の周りをほんのり茶色くして大喜びしているフィオを見守りレイもココアを口にした。
「うん。美味しい。あの花がこんな味になるとは思わなかったわ。師匠が誰にも教えなかった気持ちもわかるね」
これは世間に知られたら人気が出る。チョコレートも見たことない世界だから、これは確実に貴族に押さえられるな。一定期間の一定の場所でしか取れない物だから乱獲されないように黙っておこう。
「おかわり!」
「ダメです。フィオは食べすぎだからもうありません」
寒雨草の粉を瓶に入れ、アイテムボックスへと放り込む。ここで作業場の時間切れとなった。謎の石像を片付けてドアを開けると、口元は弧を描いているけど目が笑ってないギルマスが立っていた。
「やあ、レイちゃん。とても良い匂いがしてたけど、何を作っていたのかな?」
ギルマスがハンターの顔になっている。怖い。思わず一歩後ずさってしまった。
(ギルマスは上司を思い出すから苦手なんだよ~っ)
「おや、その白い生き物は…」
今度はレイの腕の中にいるフィオに目をつけてしまった。その瞬間、
「な…内緒です!」
そう捨て台詞を吐き、ギルマスの脇をすり抜けてレイは脱出した。その後ろ姿を呆れたように笑いながらギルマスが見ていたのをレイは知らない。