11.のんびり読書をしよう
今日、レイは一人街を歩いていた。
朝はのんびり日が完全に出切った頃に起き、ギリギリ間に合った宿の朝食を食べ、街中へと繰り出していた。まずは朝市をやっている通りを歩き、次はそこよりも少し良い店が並ぶ通りをブラブラと歩く。
この街へ来て、冒険者ギルドと商業ギルドを利用しレイは気づいてしまった。
(がむしゃらに働かなくても生活できるんじゃね?)
予想以上の収入に生活ができる目処がたったと判断し、今日はお休みにして街の探索に出たのだ。
熟練らしき冒険者が出てきた武器屋、若い男女の混合グループが店前で報酬の使い道を話し合っている防具屋、小さな女の子を連れた母親が入っていった古着屋や小さな看板のある道具屋、それほど大きくはないが活気のある店が軒を連ねていた。
(店舗はあるけど、娯楽はないな。公園すらない。図書館とかも見当たらないな)
今、レイがいる場所は一般市民の居住区だ。
街の作りは、まず一番攻めにくい場所に領主館、その周りに貴族の家が建ち並び、貴族の家からやや離れた場所かつ商売的に優れた場所に高級店が軒並み連なる。そしてさらにその外側に一般市民の居住区、露天や店舗がならび、敵に攻められた時に真っ先に被害をうける場所に衛兵の詰所や孤児院、目立たない場所にスラム街がならぶ。
ひょっとしたら、貴族街の方に行けば娯楽施設があるのかもしれないが、レイが行ける市民街にはそういった類の店は無さそうだ。
(せめて、図書館でもあればいいんだけど)
元々、読書好きだったレイは日本にいた頃に良く利用していた施設だ。知識の宝庫。静かな場所で自分の知らない世界を知ることができ、しかも無料。職場の次に良く行く場所だったと思う。
途中あった露店で買った串焼きを食べ、もう少し歩くかと視線を前方へ向けると、やや先の方にひっそりと佇む一軒の店があった。その店に近づき覗いてみると通りに面した壁に小さな窓と大きなドアがついており、窓から中を覗くと、他の三方向の壁一面の本棚には、ありとあらゆる本がぎっしりと詰め込まれている。
店内に客は一人もおらず、店番のお爺さんが、こちらをチラッと見ただけで、すぐに手元の本に目を落としてしまうから、随分やる気のない店だなと思いながら入店し、店内を物色する。
レイには師匠から譲って貰った本は沢山あるが、専門書ばかりだった。もっと他のジャンルの本が欲しい。恋愛小説やミステリー小説等もこの世界を知る参考書となるかも知れない。
ゆっくりと各棚を見ていると、全てが中古本だったが大切に管理されているのがわかる保存状態だった。思ったよりも綺麗にジャンル分けされているその棚に感心しながら物色していく。
本の背表紙から気になるタイトルがないか見ていると、下段に『百科事典』が並んでいるのを見つけた。非常に重量がある本だったが、異世界文化を学ぶのにちょうどいいかもと思ったレイはその辞典を手に取った。
「嬢ちゃん、それ買うのかい?」
客がレイしかいない為か、本を読んでいたと思っていた店主はこっちを見ていたようだ。
「そうですね。これ、いくらになります?」
日本でも辞典や図鑑系は高かった。こっちの世界だと、本は量産されていないみたいだし、価格は高いだろう。百科事典は計3冊。買える値段だといいが… そう思いながら、レイは尋ねた。
「一冊、金貨1枚と銀貨5枚だな。高額だし重いぞ」
見た目がまだ子供のレイに買えるとは思っていないのだろう。商売っ気のない態度と声音で対応してきた。
(合計金貨4枚と銀貨5枚か。買えない価格ではないな)
この世界での投資にケチる気はない。金が無くなったらポーション売って稼げばいいくらいに思っている。金策の目処がついているのだし、他に自己投資する物もなさそうな世界だしな。
「これ、3冊全部ください。あと、どんなジャンルでも良いので店主さんのおすすめ、教えて貰えますか」
百科事典は買う事は決定したが、当初の目的の小説が決まっていない。さっきから背表紙を見ていたが、まったくピンとこなかった。それならば、プロのおすすめを買うのが一番だとレイは判断した。
「……売るのはいいが、本当に金を持ってるのか?」
店主の一言に、なるほど確かに見た目子供(中身は大人よ!)のレイがお金を持っていないと思われてもおかしくない。
レイはまず、百科事典の代金を会計台へと置いた。
「まずは百科事典の代金です。他に良い本があったら、ちゃんと代金は支払いますのでぜひ教えてください」
「お、おう…… 」
レイの予想外の言動に、店主はたじろいでいたが、代金もきちんと支払われ、かつおすすめと言われて下手なものは薦められないと気合を入れた。
「どんなジャンルでもって言ってたが、もう少し具体的にはないか?」
「そうですね、できれば日常生活での一コマを書いた物語と、伝記、召喚勇者と魔族と人間について書かれた物、後はこの書棚の中で店主さん一押しの本をお願いします」
レイの言葉を聞いて、店主は唸りながらも数冊の本を持ってきた。
「この本は親子の感動物語だ。ただ感動だけじゃない。現実の厳しさもきちんと描かれていて心にくるものがある。それとこれは過去の勇者の話だ。生活を豊かにする知恵を授けた聖女ともよばれているな。こっちは、いかに魔物が悪であるか、人間との戦いの始まりを描いた作品だ」
なるほど、全部興味はある。レイはそれら全てを購入することにした。
「あとこれがオススメの本、魔道具研究書だ。召喚勇者がいなくても、魔方陣で魔道具を作れるようになるための研究をしている本だ。こっちは、大衆向けの簡易で使いやすく量産しやすい魔道具の研究に関して書いてある。もう一冊、一部の研究者しか使わないような専門的すぎる魔道具研究書もあるが、まずはこの大衆向けの方だろうな。ただ、研究書だけあって、金貨3枚と高額だ」
確かに高い。しかし、興味はあるし、こっちの世界の住人が作る魔道具を作れるようになれば、稼げるかも知れない。
「よし、全部ください」
「全部か?重いし金貨5枚もするぞ?」
「お金はあります。あと、荷物に関してはマジックバックもあるので、大丈夫です」
会計台にお金を置き、百科事典をマジックバックに入れると納得したように残りの本を差し出してくれた。若いのに凄いなと言う店主の呟きに冒険者ですからと返すレイの一言に、店主は笑って返したのでおそらく信じていないだろう。
「ついでに、図書館とかオススメの店とか聞いてもいいですか?」
「図書館とはなんだ?」
店主に図書館の特徴を伝えるが、そんな店は貴族街にもないと言われ、がっくり項垂れた。
図書館以外にも店主おすすめの目利きが間違いない道具屋の情報を聞き出し、レイは宿へと戻っていった。
それから4日間、レイは宿へと引き篭もり読書に集中した。1週間の契約で宿泊した宿だったが、半分以上を引き篭もりに使ってしまった。途中心配した女将さんが何度か様子を見に来たりしたが、それ以外は平和な時間を過ごし、購入した本を読み切った。
宿については冬の間の拠点にする為、3ヶ月分の契約更新をした。再び懐が心許なくなってきた所で、ギルドに行く決心をした。
日本にいた時とは違う生活スタイルだが、気楽でいいとレイは気に入っていた。