10.ギルマス ローランとレイ
レイが作業場でカステラを作っている頃、冒険者ギルドのギルドマスターと、商業ギルドのギルドマスターは、商業ギルドの会議室でギルマス会をしていた。
「最近、魔物の数が増えているのは知ってるよな?困った事にアッテムト国からの冒険者の流出が増え始めていてな。無茶な依頼を振る事も増え、怪我を負う者が多い。だから下級だけじゃなく、中級や上級のポーションを下ろす量を増やしてもらえんか?」
「あのなぁゴードン、冒険者が他国へ流れているように、優秀な調合できる者も他国へ流れ始めているんだ。出来る限り良質なポーションを取り寄せるようにはするが、あまり期待しないでくれ」
「…… やはり、この国は再び戦争を始めるんだろうか?」
「そんな噂は流れているのは事実だ。覚悟はしといた方が良いだろうな」
隣国が荒野と化して約100年。それが原因かわからないが、荒野と化したハイデリン国から流れてくる魔物の量は増えていた。辺境の街はその魔物の討伐に追われているため、ヴラディの街も魔物討伐エリアをハイデリン国の方角の地区に関しては大きく広げていた。
ハイデリン国では討伐依頼が増えたため、報酬目当てに冒険者が沢山やってきた。その冒険者相手に商売をしようと、商人も流入してきた。
王都の隣街であるヴラディの街も、大いに賑わっていた。
しかし、最近きな臭い噂が流れ始めた。開戦間近という話だ。戦争で儲けを考える商人はいる。しかし、そんな商人は人柄が悪い。徐々に商売人の属性は悪くなっていき、賑わいは薄れ、人々の日常生活にも影響を受けた。
戦争で割りを食うのは平民達だ。
冒険者ギルドで肉や薬草等の調達、商業ギルドで経済を回す。戦争でそれの流れが悪くなってしまうと、市民の日常に影響を及ぼすので、ギルドマスターとしては頭の痛い話だ。
ゴードンとローランがギルマス会を終え、部屋を出ると、なんとも言えない甘い匂いが漂ってきた。
「これは何の匂いだ?」
ローランが、受付のウルスラに聞くと、
「あぁ、レイちゃんの作業場から匂ってきてるんですよ。午前中はポーションを作りに来てたんですが、見てくださいよ、ギルマス!中級ポーションなんですよ」
ウルスラが持っていたポーションを確認すると、確かに中級だった。
「昼からも作業場借りに来たんですが、何か料理でも作ってるんでしょうかね。いい匂いですね」
ウルスラは、今にも涎を垂らしそうな顔で作業場のドアを見つめていた。
「レイちゃん?何者だ?」
「さぁな。初めて聞く名だ」
「2日前にこの街に来た子ですよ。ギルドについて聞きに来てましたから。13歳って言ってましたが、もっと幼く見えますね。赤いローブが冒険者らしくなくて可愛いんですよ」
13歳?!そんな子がこのポーションを作ったのか?中級ポーションに何故ウルスラがそこまで興奮しているのかと思ったが、その歳でこのポーションを作ったというなら確かに凄い。よほど腕の良い薬師に師事していたのだろうか。
ローランは気になって作業の様子を見に行ってしまった。それにゴードンも続く。
ゴードンもローランも、元は金ランク冒険者だ。様子を窺うのに、無意識のうちに気配を消してしまっていた。
部屋の中には、確かに小さな赤いローブを纏った女の子がいた。楽しそうに鼻歌を歌いながら何かを作っている。
そっと近づき覗くと、サンドイッチを作っているようだ。
それにしても、この部屋はサンドイッチとは違う、疲れた体には魅惑的な甘くて良い匂いが充満している。
そんな事を考えていると、突然レイが振り返り、ぶつかってきた。
衝撃で籠を落としそうになったので、咄嗟にキャッチした。
2人の存在に気づいてなかったのだろう。驚いた表情から、一気に警戒した表情に変わった。咄嗟に体が動いたのだろう、帯びていた剣の柄に右手を置いている。
そりゃ、小さな女の子の側に、こんな厳ついおっさんが迫っていたら怖いだろうな。
参ったな。怖がらせる気はなかったんだが。
ゴードンが自分と俺の紹介をしているが、狭い部屋で腰をかがめているため、ゼロ距離だ。さらに怯えさせている。
それにしても…
「それより、窯の中身は良いのか?」
「あ!ダメ!焦げちゃう!」
窯から茶色い食べ物を取り出すと「良かった。ちょうど良い焼き加減だった」と、ホッとしたように見ている。
茶色いが、焦げてないのか?成功なのか?
金貨1枚で「カステラ」という菓子を買い取る。もっと話してみたいが、警戒させた今はやめた方が良いだろう。
小休憩をとろうと、ゴードンとローラン、ウルスラの3人でカステラの試食会をおこなった。
優しい甘さのカステラはとても美味しかった。
「これは…予想以上でした。見た目は地味ですが、上品な甘さですね」
「美味いな。パンみたいだが、全然違うな。何個でも食えるぞ」
「商業ギルドの新商品にどうだろうか。蜂蜜を使ってると言っていたから、高級品か。貴族や商人が相手になるとすると、見た目が地味すぎるか…。しかし、味は良いな。ウルスラ、次にあの子が来た時は教えてくれ」
よほど気に入ったのか、食べる手を止める事なくゴードンが面白そうに言ってきた。
「しかし、ローラン、あの子の目を見たか?俺達は信用を得られなかったようだぞ。ポーションの腕前や先程の対応といい、賢い子ではありそうだが、俺達には扱い方は難しいかもな」
「そうだな、こちら側に取り込めたら面白そうなんだが…… 。久しぶりに見込みある子が来たんだ。仲良くなってみせるよ」
後日、商業ギルドを訪れたレイは当然のようにギルドマスターに捕まってしまった。
にこやかな笑顔で近づいてくるギルドマスターを前に、顔を引き攣らせたレイはジリジリと遠ざかる。そんなレイの手を掴み、カウンター向こうの個室へと連れて行ったギルドマスターのローランは、レイへソファに座るよう促した。
「やあ、来るのを待ってたんだ。この間のお菓子はとても美味しかったよ、ありがとう」
体格が良く厳つい体型な割に善良で優しい笑顔を見せてくる。
(詐欺師みたいな人だな)
見るからに相性が悪そうな相手に詰め寄られ、レイは警戒心を滲ませながら助けを求めるように周囲を見た。当然、助けを求められる者などいない。
何処か楽しそうに唇をゆがめる相手をソファから見つめ、心中舌打ちをした。
とっとと用件を済ませよう。そう思いレイは口を開いた。
「それで、私に何かご用でしょうか?」
「うん。この間のお菓子は貴族の口にも合いそうな美味なものだった。でも、見た目が地味なんだよね。君なら、もう少し貴族向けに改良するアイデアが思い浮かぶんじゃないかと思ってね」
貴族向け?まあ、確かに地味だな。
「貴族向けかはわかりませんが、型を変えると見た目も変わりますよ。小さい丸い型で真ん丸に焼いて串でも刺せば、立食系パーティで食べやすいでしょうし。さらに色をつけた砂糖でデコレーションすれば可愛さは増しますよね。ティーパーティとかなら、生クリームやフルーツで飾り付ければ見た目は良いですよね」
おすすめは、まんまるコロコロのベビーカステラだ。食べやすいし、クロカンブッシュ風にしても可愛い。
「へえ…… もう少し詳しく教えてくれるかな?」
気づけば、目の前に座っていたローランが隣に座っていた事に驚き、完全に腰が引けてしまったレイは観念して相手が求めるまま知識を披露した。
「次からはお金を稼ぐための駆け引きを覚えるといいかもね」
カステラのレシピと情報料だよ。そう言ってローランは金貨50枚をレイへと支払った。
よくわからないまま、気づけば大金を手にしていたレイは、当初の目的が何だったのかも忘れ商業ギルドを送り出された。
首を捻りながら帰宅するレイの背中を、面白い獲物を見つけた魔物のようにローランは見つめていた。
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