そういう風に出来てるんだもの
オルフェの言葉にシャルシャーンはただ、肩をすくめる。聞き分けのない子どもでも相手にしているかのような、そんなふうでもある。
「それについては何も異論はないとも。ボクにかつての力があれば、こんな事態にはならなかった。まあ、その際には今のキコリも存在しなかったがね」
今存在する「ドラゴン」はシャルシャーンが弱体化したことによる世界守護の隙を無くすために生み出されている。だからシャルシャーンが完全であったなら、確かにキコリがドラゴンになることはなかったのだろう。
そのときはキコリはあのグレートワイバーンとの戦いのとき……あるいはもっと前に死んでいたかもしれない。それとも、そのときは破壊神の力のほうを目覚めさせていたのかもしれないが……どのみち、今のキコリが存在しなかったのは確かだろう。
「ボクを責めて気が済むならそうしたまえ。それは何の解決にもならないけどね」
「この……っ!」
「それよりも建設的な話をしよう。彼……キコリは、この後どうなるか分からない」
「どうって。どういうことよ。目覚めないとでも言う気?」
「それを含めて分からない。彼は破壊神の生まれ変わりであり、ドラゴンであり、そして破壊神としての資質を持つ『この世界の魂』を持つ人間だ。故に、彼がゼルベクトの力の破片を取り込んだことで、どういう変質を遂げるかの予測が困難だ」
そう、ゼルベクトの転生者とはつまり「この世界の規格に合わない魂」を持つ者たちだ。
それゆえに魂の空白部分を埋めることによる強い力を得るが、同時に不安定さをも持つことになる。
だからこそ簡単にとんでもないことをやらかすし、その異物としての異質さはゼルベクトを受け入れる「器」としての役割も果たしてしまう。
しかしキコリは違う。キコリは前世がゼルベクトであってもこの世界の魂として整えられている。
それでいて、世界の守護者たるドラゴンと世界の破壊者たる破壊神の力を同時に持っている。
そこに今、破壊神の力の欠片が入り込んだ。なら、天秤はどちらに傾くのか?
「……覚悟しておくといいよ。もし彼が破壊神として覚醒するのであれば……ボクは、彼を殺さなければならない。それに、この王都もだ」
「此処が何だってのよ」
「一夜にして消えたドワーフの王都。破壊の片鱗を見た者もいるだろう。人間は……何が原因だと考えるかな?」
それは、考えるまでもない。きっとモンスターのせいだと考えるだろう。そういうものだ。
人間の作った壁は破られていない。けれど、何かが壁を超えるか何かをして「そうする」ことは不可能ではないから。それが一番理解しやすいから、きっとそうなるだろう。
「人間との相互理解。来たるべき破壊神への共同戦線。その可能性は破壊された。それどころか、全面戦争の可能性すら高まったと言えるだろうね」
「……」
「気を付けるといいよ。彼の進む先には破壊と屍しか残らない。次にそうなるのが君ではないという保証はない」
そう言い残して、シャルシャーンは消えていく。不吉な予言だ……けれど、1つの真実でもあるだろう。キコリはいつも戦う度に何かを失っているのだから。けれど、それは。
「だから分かってないって言ってんのよ」
そう、分かっていない。シャルシャーンは物事を俯瞰で見すぎるから、それが分かっていない。
「キコリはいつも誰かのためにしか戦ってないのよ。そうして自分の何かをいつも失っていく……きっと今回も『何か』を無くしてる」
きっとそういう人を、こう言うのだ。
「英雄。キコリ、あたしはアンタのことを、英雄だと思うわ。別にあたしは、アンタがそんなものになることは望んでいないけど」
そんなものになったところで、きっと誰もそうだとは気付かない。何かを失い続けて、それでもほとんどの人にそうと認められなくて。
だから、そんな生き方などやめればいいと思うのに。いつでもその場になれば、キコリは躊躇わない。
「ねえ、キコリ。この機会にゆっくり休むといいわ。大丈夫、アンタがちょっと寝てたって世界は回る。そういう風に出来てるんだもの」
そうキコリに囁くと、オルフェは大きくなって。キコリを抱えて飛ぶ。
その行先はフレインの町。キコリが得た、キコリのいるべき場所である。
これにて第8章「誰も知らない英雄」は終了です。
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