それ以外に方法など、何一つ知らないから
テントウムシの体液を足につけながら、キコリは立ち上がる。
「来いよ。ぶっ殺してやる」
殺意が高まる。殺してやると、純粋に心の奥から湧き上がってくる。
再び反転し襲ってくるテントウムシたちに、殺意が膨れ上がる。
すうっと、息を吸って。放つ。魔力の籠らない、純粋なるウォークライ。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
叫ぶ。吼える。精神を切り替える。
ガタガタと余計なことを考える心を、相手への殺意だけで埋め尽くす。
そう、そうだ。怪我がどうした。リスクがどうした。
殺せば勝てる。ただそれだけを己の法として、キコリは1体のテントウムシへと襲い掛かる。
僅かに動きを止めたテントウムシはそれでも加速しようとして。けれど、それではトップスピードに届かない。
速さを武器にする者が速さを失えば、どうなるか。
キコリの放つ拳が、ミシミシとその外骨格の身体を抉る。体液をまき散らしながら落ちる仲間を前に、残るテントウムシはキコリへと攻撃しようとして。
「ファイアショット!」
完全に意識の外にあったオルフェの放つ炎の弾にジュウッと焼けて落ちる。
「ふうー……ようやく当たった。人間って、こんなの毎回やってるの……?」
「魔法士のことはよく分かんないな」
そもそもキコリが組んで一番長いのはオルフェなのだ。そのオルフェは人間の魔法士など遥かに超える魔法の達人なのだから、分かるはずもない。
「魔力も見えない魔力が少ない魔力の流れが悪い感覚も鈍くて肝心の魔法もへちょいし……」
「まあ、5階層の守護者を倒せばいいんだろう? どうにかなるって」
「なるか馬鹿。ここ1階じゃないの」
オルフェはふらふらキコリの前へ歩いてくると、その胸ぐらを掴む。
「ヒール」
「え? ああ、ありが」
「いいキコリ。あたしは今『この程度』なの。あんな虫如きにブザマ晒して、ヒール1回使うのにも魔力の残量を気にする有様なのよ。それがどういう意味か分かってる?」
「勿論」
キコリを掴むオルフェの手の力が、強くなる。その手が僅かに震えていることに、キコリは気付いていた。
「アンタが死にかけても治せるとは限らないのよ! アイツが言ってたでしょ、此処は元々敵を攻撃する為のものなの! なら、此処で死ねば向こうでも死ぬ! そして今のあたしは足手纏いも甚だしいのよ!」
「オルフェ……」
言われて、キコリはようやく思い至る。
オルフェは、最初から強かった。だから、弱かった経験などないのだ。
そんな状況で命を懸けた経験など無いし、だから不安でたまらない。
キコリは弱者であったから、そんなことすら理解できていなかった。
「どうしたらいいのよ……どうすれば5階までなんて行けるのよ……」
どう言えばいいかなんて、キコリには分からない。
誰かを慰めた経験なんてないからだ。そして慰められた経験にも乏しい。
だから、キコリは……オルフェを抱き寄せて、その背中を軽く叩く。
それ以外に方法など、何一つ知らないからだ。






