本の知識を過信しすぎた
「なんだ、これ。雪……!?」
「まーた妙なとこに繋がってるわね」
オルフェが「ウォームスフィア」と唱えると、オルフェを球状の透明な壁が覆う。
雪がその球体に近づくとジュッと溶けている辺り、暖かい空間がその中にあるのだとキコリにも予想できた。
試しに手を突っ込んでみると、ほんのり暖かい。
「オルフェ。これ俺にも使えないのか?」
「意味ないわよ」
「え?」
「だって寒さ、あんまり感じてないでしょ」
言われてみてキコリは気付く。
そういえば寒さをほとんど感じていない。
寒いとは思うが、ただそれだけだ。震えるわけでもない。
夜の寒さとはレベルが違う寒さのはずなのに、これは。
「……ドラゴンクラウン、か」
「そういうことね」
「便利だな」
「そーね」
踏み荒らした後がほとんどないのは、こんな場所を想定していない人間が多かったのかもしれない。
まあ、普通に考えて吹雪く雪原に好んで足を踏み入れたいという者はいないだろう。
ザクザクと歩いていても、視界が物凄く悪い。
とはいえ、逆に言えばそのくらいだ。戻る理由にはならない。
特にモンスターが襲ってくるわけでもない。
「此処には何も住んでないのか?」
「知らないわよ。こんな場所初めて来るもの」
「それもそうか」
オルフェだって、汚染地域の全てを知っているというわけでもないだろう。
迷宮化した今では尚更だ。
まあ、あまり長居はしたくない。
寒さを感じにくいとはいえ、こんな場所で一夜を過ごす度胸があるわけではない。
ザクザクと進んでも、やはりモンスターには出会わない。
となると、寒さ対策さえ出来れば此処は安全なルートと言えるのではないだろうか?
そう考えた、その瞬間。
ドウッと。雪の中から生えた「腕」がキコリの足を掴む。
「は?」
毛皮としか言いようがないもので覆われた腕。
キコリの首より太そうなその腕がキコリの足を掴んで、力一杯握りしめる。
「ぐ……!?」
とんでもない圧力にキコリの足の骨がミシミシと音をたて、砕けるような音が響く。
「があっ……」
「ファイアアロー!」
オルフェの放った3本の火の矢が腕に命中するその前に、腕はキコリを放り投げる。
火の矢はキコリに命中し、キコリは更なる苦痛の悲鳴をあげて雪原に転がる。
「うわごめん!」
慌てるオルフェにキコリが何かを言う前に、雪の中から何かが姿を現す。
それはホブゴブリンを思わせるような巨体の……ゴリラのような顔と真っ白な毛皮を持つ二足歩行のモンスター。
「イエティ……!? 雪の中に潜んで、たのか……!」
そう、それは寒冷地に住むというモンスター。
だが、こんな事をするなんて本には書いていなかった。
だからこそキコリは思う。
本の知識を過信しすぎた。
砕かれた足の痛みを感じながら、キコリはイエティを睨みつけていた。