俺は行きます
「ダンジョン……」
「そうです。調査隊を何度も出していますが、帰還率が非常に低い状況でした」
空間の歪みを潜ったら即座に戻ってくるように。
そう言い含めて送り出した調査隊が戻ってこない。
そういった状況が続いていたのだとアリアは説明してくれる。
「何故突然こんなことになったのか……理由は明確になっていませんが、空間の歪みに影響を与えるような何かがあったのではないかという推測がされています」
「その何かっていうのが何なのかは」
「分かっていません。ですが常識外れに強い魔力の影響であるだろうとは推測できます」
それが何なのかはまだ分かっていないのだろう。
けれど、きっと良くないモノなのだろうということは想像できた。
この世界には、神様も悪魔もいる。
だからダンジョンとかいうモノを作ってしまうような何かも……確かに存在するのだろう。
そしてそれが高い確率で人間の味方でないことくらいは、キコリにも分かっていた。
「……って、あれ? そういえば『状況でした』ってことは」
「そうです。ダンジョンはある程度の安定期に入ってきた可能性があります」
空間の歪みは、それ自体が正常な現象ではない。
異常に異常を重ねた結果、もっと異常になったといった類の話なのだ。
「元に戻ったっていう話ではないんですよね?」
「勿論です。そしてその結果、空間の歪みの向こう側の生態系にも大きく変化が発生することになります」
当然だろう。今まで上手く住み分けていたモンスターたちが、バラバラにされたのだ。
彼等の中の指揮系統すら引き裂かれている可能性がある。
それが何を引き起こすか、分かったものではない。
「私としては、キコリにはこの状況が落ち着くまで休んでいてほしい気持ちがあります」
それは、アリアにしては遠回しな言い方だとキコリは思う。
だからこそ、その裏にある何かを感じ取ってしまう。
「俺が行かなきゃいけないような、状況なんですね」
「はい。クーンさんが獣人の国に向かったように、キコリにも冒険者ギルドから指名依頼が来ています」
「ダンジョンの探索ですね」
「そうです。冒険者ギルドはダンジョンで生き残ったキコリを高く評価しています」
でも、とアリアは言う。
「キコリが嫌なら断って構いません。お偉方は煩いでしょうが、私が拳で黙らせます」
「いえ、やろうと思います」
キコリはそう言って、アリアをしっかりと見つめる。
それが自棄になったわけではない真剣なものだと気付いて、アリアは目を見開く。
「どうして……」
「やがて挑まなきゃいけない場所なんです。なら、俺は行きます」
冒険者として生きるなら、そのダンジョンからは逃げられない。
なら、前向きに生きていくしかないのだ。