大丈夫ですよ
そして、4週間が経過した。
眠ることすら恐ろしく、心が休まる暇など何処にもない。
3日過ぎれば心が麻痺して、1週間を過ぎると身体が効率的に動くようになった。
此処が完全に敵地であること。自分たちを狩りに来るモンスターの中に明らかに人間の部品を使った装備をしている者がいることも、もはや気にならない。
そういうものだと分かるからだ。負けたら、自分たちも「ああ」なるというだけの話だと、そう割り切ることが出来た。
倒して、倒して。空間の歪みを潜って。また、倒して。
そうして……今日もキコリたちは空間の歪みを潜り、知らない場所に居た。
「ミョルニルッ!」
電撃纏う斧がオークへと投げつけられ、その頭部を砕きキコリの手元へと戻る。
襲ってくるオークの群れを効率的に倒す方法は、すでに学習できていた。
「チャージ! ミョルニル!」
投げて、砕き、戻り、時としてオークに抱き着くようにして魔力を直接奪う。
そうやって戦っていれば、敵がいる限りは魔力切れを起こさない。
そして「倒れれば死ぬ」という恐怖心は、本来であれば限界を超えているはずのキコリを未だ「もたせて」いた。
倒れれば死ぬ。
戦えなければ死ぬ。
動かなければ死ぬ。
その強迫観念だけがキコリを動かし、クーンとエイルを動かしていた。
だが、それでも限界はある。
オークを斬って、斬って、砕いて。
もう何度目か忘れたチャージの直後。キコリは、糸が切れたように地面に膝をつく。
「キコリ!?」
「え、何が……!」
手が、足が、動かない。
動かなければと分かっているのに、動かない。
キコリの身体の中で、何かが壊れようとしている。
でも、此処で動かなければ。
でも動かない。どうすれば。どうすれば動く。
この身体に力があれば。
オークの大剣が迫る。あれが届けば真っ二つになる。
動け。力がない。
ないなら、力が足りないなら。
「ミョルニル」
力が足りないなら、強化すればいい。
魔力という筋肉を身に纏って。動かせるようになるまで底上げすればいい。
バヂンッと。スパークするキコリに、それでもオークは大剣を振り落として。
しかし、そこにもうキコリは居ない。
「ギッ……!?」
そしてオークは驚愕した。
そこにいるのは、今まで居たボロい人間ではない。
全身に稲妻を纏い、両手のマジックアクスにまで稲妻を纏う、その姿。
まるで翼を広げた怪物のような、その姿。それは、まるで……まるで。
「ドラ、ゴン……」
英雄譚にのみ謳われるようなその名前を、エイルは口にする。
伝説に謳われる怪物の如きソレが「翼」を広げる。
高く跳ぶその姿は、まるで飛び立ったかのようで。
一撃で切り裂かれ黒焦げになり絶命するオークのその姿が……エイルにはまるで、ドラゴンに食い散らかされた哀れな「何か」にすら見えていた。
……無論、そんなはずもなく。地面に落下したキコリは、やがて「チャージ」と呟いてゆっくりと立ち上がる。
「……出来るもんだな。自分を強化して、動かす。名付けて『アシスト』ってとこ、か」
キコリはゆっくりと振り返って。
ビクッと後退った2人に疑問符を浮かべる。
「行こう、2人とも。今のうちに次の空間の歪みに……」
ゆっくりと、キコリは歩いて。
その先の空間の歪みから「何か」が現れる。
反射的に構えたマジックアクスは、けれど手から滑り落ちる。
「……キコリ!」
其処に居たのは、武装したアリア。
荷物を背負っているところを見ると、かなり本格的な探索仕様のようだが……その荷物も投げ出し、アリアはキコリへと駆け寄る。
「アリア、さん」
「ようやく見つけましたよ!」
倒れそうになるキコリを抱き留め、アリアはそのまま抱きしめる。
「帰りましょう、キコリ。それと……えー、お仲間? たちも」
疑問符になったのは、キコリと2人の微妙な距離を感じ取ったからだろうか。
けれど、此処まで一緒に居て「仲間ではない」などというわけもない。
事実、この4週間で結んだ絆は本物のはずだった。
「けど、アリアさん。戻るといっても……」
「大丈夫ですよ。とっておきの道具があります」
アリアはそう言うと2人を手招きし、丸まった紙のようなものを広げる。
「そ、それって……!」
「契約の地へ導け……帰還!」
紙が光となって分解されるように消えていき……広がった光は4人を包み、消失させた。